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生きるを整える。「先生」と呼ばれた伯父が教えてくれた、こころの居場所。

先日、法事があり、伯父の話になりました。


伯父は若い頃はどこへ行くにも車で出かけていました。


年を取って免許を返納した後、家からスーパーなどの商店まで離れている場所に住んでいたため、わざわざバスに乗ってまで出かけることはないかと家にばかりいたそうです。


連れである伯母は、長年家族の介護に奔走し、トイレの介助なども懸命にこなしていました。


誰かのために力を尽くすことが、彼女の日常であり、役割でもあったのです。
しかし、その家族を亡くしたあと、張り詰めていた糸が切れたのか、急激に認知症の症状を見せるようになり、施設での生活が始まりました。


認知症は徐々に進み、今では自身の子どもの顔もわからなくなっています。


歩くことも施設に入って程なくして、ほとんど歩けなくなったそうです。


伯父は伴侶である伯母が認知症と診断されて施設に移ってから、ますます無気力になって引きこもり傾向となり、ついにはうつと診断されるに至りました。


家で一人暮らしの生活を続けることは困難であるとの診断を受け、施設で暮らすことになりました。


そんな伯父が、施設に入ってから意欲を取り戻したといいます。


もともと学校の先生だった伯父は、施設で働く外国人のスタッフに日本語を教えるようになりました。


周囲から「先生」と呼ばれ、頼りにされることで、かつての快活さを取り戻していったそうです。

そんな話を聞いた翌日、実家で換気扇の取り付けを行っていたときのこと。


何気なく点いていたテレビから、

「意欲の低下は、脳の衰えのはじまり」

というようなニュアンスの言葉が、不意に耳に飛び込んできました。


その一言をきっかけに、次々と家族の顔が思い浮かびました。


口紅を引いてデパートへ出かけ、表情を取り戻した母。


「選ぶ」機会が減り、以前のような生き生きした姿が少しずつ見えにくく
なった義母。


「ワシャ〜、もうだめなんだ」とつぶやくようになった父。


施設で体が衰え、認知症の進行が目立つようになった伯母。


そして、施設で再び「先生」という役割を得て、笑顔を取り戻した伯父。


それぞれ歩んだ道は違います。


でも、一つだけ共通していることがあるように思えました。


人は、自分のこころの居場所を感じられるとき、意欲が湧いてくるのではないか。



母にとっては、口紅を引き、自分を整える時間。


義母にとっては、自分で魚を選び、献立を考える時間。


父にとっては、台所に立ち、家族のために料理をする時間。


伯母にとっては、誰かのために力を尽くしていた時間。


伯父にとっては、「先生」と呼ばれ、誰かの役に立てる時間。


それぞれ形は違っても、そこには「自分はここにいていい」と思える場所がありました。


こころの居場所とは、整え、選び、「まだできる」を大切にしながら、誰かとつながる中で育まれていくものなのかもしれません。


いきいきと毎日を送り、健康寿命を伸ばしていくためにも、自分の「こころの居場所」を大切にしながら暮らしていきたいと思います。



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この場所は、
心や暮らしを、少しずつ整えるための小さな余白です。

今日の記事が、
あなたの毎日にそっと寄り添う
ぷちふく(小さなしあわせ)のひとしずくになればうれしいです。


あなたらしく過ごせますように。





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