神社の先にあったもの|戸隠神社・奥社と九頭龍社
山と水の気配を辿る|戸隠五社参拝記 その5
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▶ 中心としての風格、中社
戸隠神社五社参拝も、いよいよ終盤。
中社をあとにし、奥社と九頭龍社を目指す。

スクリーンショット
戸隠神社・奥社。
天照大神が天岩戸にお隠れになった際、天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)が岩戸を開き、その岩戸をこの地まで投げ飛ばした。
そんな伝説の舞台として知られる神社である。
入口付近の駐車場に車を止める。
そこから大鳥居へ向かって、ゆるやかな坂道を下っていく。
やがて視界が開け、その先に奥社の大鳥居が見えてきた。
しかし、大鳥居の前に立っても奥社の姿は見えない。
参道はまっすぐ奥へと続いているが、その先がどのような場所なのかはわからない。
ただ、道はよく整備されており、歩きやすそうにも見える。
案内板によれば、中間地点となる随神門まで約30分。
「それほど遠くはないだろう」
その時の私は、そんなふうに考えていた。

しかし、歩き始めてすぐに困ってしまった。
そう、道に変化がないのである。
参道は広く整備されていて歩きやすい。
けれど、ひたすら同じような景色が続く。
しかも、その道はわずかに上り坂になっている。
気づけば足に少しずつ負荷がかかり始める。
そして、この道が随神門まで続くのである。
やがて周囲の木々が高くなり、参道の雰囲気が変わり始める。
杉並木が鬱蒼としてくると、その先に随神門が見えてきた。

「ここが中間地点か」
思わず見上げる。
朱色の門が静かに参拝者を迎えていた。
ここから先はいよいよ戸隠神社を象徴する杉並木の世界である。
ところが、この日は土曜日。
参拝者が非常に多く、杉並木を撮影しようとカメラを向けても、人々の姿ばかりが写り込んでしまう。
杉並木を撮るのか、人の波を撮るのかわからなくなってしまった。
結局、写真を撮ることはあきらめ、そのまま歩き続けることにした。
随神門をくぐると、それまでの舗装路とは景色が変わる。
足元は土の道となり、ところどころに杉の根が顔を出している。
いよいよ戸隠らしい参道に入ったのだと感じる瞬間である。
しかし、その頃になると、登り続けてきた疲れが少しずつ足に現れ始めていた。
そして、その先に現れるのが奥社へと続く石段である。
ところが、この石段がなかなかの強敵だった。
奥社のすぐ手前にあるわけではない。
むしろ、随神門と奥社の中間あたりから現れ、その後もしばらく続いていくのである。
案内図によれば奥社までは約15分。
数字だけを見れば短く感じるかもしれない。
しかし、ここまで歩いてきた身体には、その15分が実に長く感じられた。
一段一段、石段を登っていく。
しかし、いわゆる整備された「階段」ではない。
天然の山肌に石を並べて作られているため、高さも大きさも一定ではないのである。
歩幅を合わせることができず、一歩ごとに足元へ意識を向けなければならない。
さらに進むにつれ、参道は少しずつ狭くなっていく。
上りの人と下りの人が道を譲り合う場面も珍しくない。
ところが、不思議なことに、道幅が狭くなったからといって拝殿が近づいているわけではない。
「もう少しだろうか」
そう思っても、また坂道が続く。
少し平坦になったかと思えば、再び登り始める。
その繰り返しである。
気が付けば、景色を眺めるよりも、一歩ずつ足を前へ出すことに意識が向いていた。
そうして私は、ひたすらに奥社の社殿を目指して登り続けたのである。
奥社拝殿手前の手水舎にたどり着いた頃には、足はすっかり棒になっていた。
奥社まで来たという達成感よりも、まずは座りたいという気持ちの方が大きかったように思う。
手水の近くにある石のベンチへ腰を下ろし、しばらくふくらはぎと膝をマッサージする。
その間、私は何をするでもなく周囲を眺めていた。
登ってくる人。
下っていく人。
手水を使う人。
九頭龍社へ向かう人。
奥社へ参拝する人。
それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
私もまた、その流れの中でしばらく呼吸を整えていた。
ここまで来ると、不思議と急ぐ気持ちはなくなっていた。
ようやく奥社へ参拝しようと思ったのだが、そこにも多くの参拝者が並んでいた。
しばらく人の流れが落ち着くのを待ち、静かに手を合わせる。
何かをお願いするというより、
「ここまで来ることができました」
そんなご挨拶に近かった。

長い参道を歩き、何度も足を止めそうになりながら、それでもたどり着いた場所である。
だからこそ、この時ばかりは願い事よりも、まず感謝の気持ちの方が先に浮かんできた。
奥社での参拝を終え、隣に鎮座する九頭龍社へ向かった。
その途中、
「虫歯の神様?」
「なんかすごいね~」
という子どもの声が聞こえてくる。
思わず笑ってしまった。
長い参道を歩いてきた私とは対照的に、子どもたちはまだまだ元気である。
そんな声を聞きながら、私も静かに手を合わせた。

参拝を終え、ふと社殿を振り返る。
すると、先ほど参拝した拝殿の奥に石段が続いていることに気が付いた。
その先には九頭龍社の本殿。
「あれ?」
「神様にご挨拶していなかっただろうか」
一瞬そう思った。
しかし、本殿のさらに後ろを見て納得する。
そこには九頭龍山がそびえていた。
九頭龍社の本殿は、まるでその山へ向かって祈りを捧げるために建てられているようにも見える。
神社の建物そのものではなく、その背後にある山。
九頭龍社は、まさに山をご神体として仰ぐ信仰の姿を今に伝える神社なのであろう。
戸隠神社。
その名は、天照大神が天岩戸にお隠れになった際、天手力雄命が開いた岩戸をこの地まで投げ飛ばし、その岩戸が山となったという伝説に由来している。
では、その岩戸はどこにあるのだろうか。
奥社だろうか。
九頭龍社だろうか。
実は、探す必要はない。
奥社や九頭龍社が鎮座する戸隠山。
その山こそが、岩戸なのである。
神社を巡ってきたつもりだった。
しかし最後に出会ったのは、神社ではなく山だった。
それが、戸隠という場所なのかもしれない。
ということで、戸隠神社五社をすべて巡ることができた。
五社それぞれで御朱印をいただくと、五社参拝の記念として栞を頂戴することができる。
こうして無事に五社巡りを終えた。
・・・と思ったのだが。
当然ながら、ここは戸隠山の中である。
ここから先は、今歩いてきた参道を再び下っていかなければならない。
長い石段。
杉並木。
随神門。
そして、まだまだ続く参道。
五社を巡り終えた達成感と引き換えに、足はすっかり悲鳴を上げていた。
それでも、無事に帰ってこられてよかった。
山の中で迷子になっていたら、それこそ神隠しである。
そんなことを思いながら、私は戸隠の山をあとにした。
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