伏拝所。神道は、神様の道だった
山と水の気配を辿る|戸隠五社参拝記 その2
前回の記事はこちら。
▶ 緑と信仰、そしてやさしさの宝光社|戸隠五社参拝記 その1
戸隠神社・宝光社の参拝を終え、
私は「神道(かんみち)」を経由して、火之御子社へ向かうことにした。
最初は、なだらかな山道だった。
木々の間から光が差し込み、鳥のさえずりも聞こえてくる。
「あ、これなら歩いて行けそうだ」
そんな軽い気持ちで歩き始める。
しかし――
ものの五分もしないうちに、道は登りへと変わっていった。
軽自動車が一台通れそうな細い道が続いている。
「片道15分」
その表示だけを頼りに、とりあえず歩き続けた。
けれど、不思議なほど人が来ない。
誰もついてこない。
少しだけ、不安になる。

途中には、「熊注意」の看板も立っていた。
それはそうだ。
ここは山道なのだから。
そう気づいたのだが、こちらは熊鈴すら持っていない。
「これはちょっと弱ったな……」
そう思いながらも、とりあえず歩き続ける。
すると、遠くから鈴の音が聞こえてきた。
やはり皆、ちゃんと準備をして歩いているらしい。
そんなことを思いながら山道を進んでいくと、やがて道の分岐点へ辿り着いた。
そこが、「伏拝所(ふしおがみしょ)」だった。

立て看板によれば、1058年(平安時代後期)、天表春命(あめのうわはるのみこと)がこの地に飛来し、
「四季を通じて参拝できる社を建て、我を安置せよ」
と宣旨されたという。
それによって建立されたのが、宝光社なのだそうだ。
なるほど――。
宝光社へ続いていた、あの長い石段。
あれは単に「登るため」の道ではなく、戸隠山そのものへ向かう祈りの道でもあったのかもしれない。
そう思いながら、静かに手を合わせた。
そこからさらに火之御子社へ向かおうとしたのだが、ここから先の道は、それまで歩いてきた「神道」とは少し様子が違っていた。
藪の中へ続く、細い山道。
しかも、こちらは熊鈴も持っていない。
道にも不案内。
「これは、無理をする場所ではないな」
そう判断し、ここで一度引き返すことにした。

下山しながら、ふと思った。
もしかすると――。
私は火之御子社へ向かったのではなく、宝光社の「奥」へ導かれていたのかもしれない。
伏拝所。
あの場所で手を合わせた時間こそ、今回の道の意味だったのではないか。
そんなことを考えながら、私は再び宝光社へ戻っていった。
次回、
「小さきながらも美しき、火之御子社」へ続きます。
《補足》
戸隠神社・宝光社(ほうこうしゃ)
ご祭神は、天表春命(あめのうわはるのみこと)。
奥社に鎮まる天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)の御子神とされ、信濃阿智祝部らの祖神とも伝えられている。
伏拝(ふしおがみ)
宝光社から火之御子社・中社へ向かう「神道」の途中にある旧跡。
近くには「小鳥の声記念碑」もあり、昭和8年(1933年)、NHK長野放送局が日本で初めて野鳥の鳴き声を全国中継した場所とも伝えられている。
《関連リンク》
ながの観光 net
戸隠古道ウォーキング拓本集印
【関連投稿】
牡牛座新月によせて
戸隠神社・中社参拝の様子を一足先に投稿しました。
緑と信仰、そしてやさしさの宝光社|戸隠五社参拝記 その1
小さきながらも美しき、火之御子社|戸隠五社参拝記 その3
中心としての風格、中社|戸隠五社参拝記 その4

✍️ この記事を書いている人が気になったら──
筆者ふじけんのことが、少しずつわかる自己紹介noteも置いておきます。
投稿を続けてきた節目ごとの記録です。
→ So作家宣言|連続投稿444日目(2026-06-10)
→ 🎰 777の日に、自己紹介してみた(100日投稿を超えて)(2025-07-07)
→ 気づけば続いてた。40,000views、ChatGPT1周年、そして256日連続。(2025-12-04)
#戸隠神社 #戸隠五社参拝記 #神道 #伏拝所 #戸隠古道 #宝光社 #山歩き #神社巡り #長野 #初夏 #静かな時間
いいなと思ったら応援しよう!
読んでくださってありがとうございます。
最後までお付き合いいただけて感謝です。
いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます! 