💟天子ヶ岳と神武聖蹟を結ぶ“建国の串呂”――八紘一宇の地文を読む

🎀串呂哲学研究ノート 第534号
💞はじめに――天子ヶ岳から神武聖蹟へ
静岡県富士宮市―― 霊峰 ⛰️天子ヶ岳の山頂に立つと、 まるで大いなる存在が地上を見渡すかのような静寂が広がる。 この山は、古来「天子(天皇)」を象徴する地文として知られ、 皇統の真実を照らす“光源”として、 串呂研究において特別な意味を持つ。


その⛰️天子ヶ岳から、 初代・神武天皇が国見を行ったと伝わる ⛩️神武天皇聖蹟伝説地(御所市柏原) へ向けて、 一本の光のような串呂が走っている。
この串呂は、 人が引いたものではない。 天が引いたもの である。
この串呂上に、いったい何が置かれているのか。 誰が、何のために、この配置を刻んだのか。 その謎を追う旅が、今号の物語である。
初めての方は、下記の頁を先に読まれることをお勧めします。

💞天子ヶ岳と⛩️神武天皇聖蹟伝説地(御所市)の神風串呂
調査の発端は、佃収(つくだ おさむ)先生の著書にあった。 「⛩️桜井茶臼山古墳こそ神武天皇の真陵である」 ――この一文が、私の心に火をつけた。

2026年2月、私はその真偽を確かめるために動き出した。
そして翌月、日本一の⛰️茶臼山から⛩️桜井茶臼山古墳へ串呂を引いた瞬間、 一本の線が、思いもよらぬ“聖蹟”を貫いた。
🔴御所市柏原の神武天皇聖蹟伝説地(⛰️国見山)

まるで「こちらへ来なさい」と呼ばれたかのようだった。
私は⛩️桜井茶臼山古墳の研究を中断し、その声に導かれるように柏原の調査へと舵を切った。 今回の串呂は、その第八線目である。


⭕起点
⛰️天子ヶ岳(てんしがたけ、静岡県富士宮市)標高1330m
国内唯一の「天子」を名に持つ山。
三浦芳聖師は、この山を 「神皇正統の皇位継承を鑑定する重要串呂起点」 と断じた。
天子ヶ岳は、ただの山ではない。 “天皇とは何者か”を照らし出すために置かれた、 巨大な地文である。

⭕至点
国見山の山頂付近に「神武天皇聖蹟伝説地」の石碑が静かに佇む。 そこには「嗛間丘(ほほまのおか)」の名も刻まれ、 初代王が国を見渡した瞬間の記憶を、今も風が運んでいる。


💠串呂概観
⛰️天子ヶ岳から御所市柏原へ向かう串呂を引いた瞬間、 私は息を呑んだ。
徳島県美馬郡 ―― つるぎ町・一宇(いちう)
神武天皇の建国理念「八紘一宇」 を象徴する地名が、 串呂線上に、まるで待ち構えていたかのように現れたのだ。


🎯つるぎ町一宇(徳島県美馬郡)
神武建国の理念 八紘一宇
⬇️
⛩️神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市)
⛰️国見山 高御座就任
⬇️
⛰️天子ヶ岳(静岡県富士宮市)
天子、大王、天皇
偶然 ―― そんな言葉では片づけられない。 むしろ、 「ここを見よ」 と示されているようだった。
さらに驚くべきことに、 一宇 → ⛩️神武聖蹟 → ⛰️天子ヶ岳 この三点の距離比は、ほぼ 1:2。
これは、もはや“配置”ではない。 演出 である。
調査を進めると、 神武天皇の幼名を示す 上佐野(山梨県南部町) が、 串呂線上に貫通していることが判明した。


🎯つるぎ町一宇(いちう/徳島県美馬郡)
神武建国の理念 八紘一宇
⬇️
⛩️神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市)
⛰️国見山 高御座就任
⬇️
🔴上佐野(かみさの/山梨県南巨摩郡南部町)
神武天皇の幼名
⬇️
⛰️天子ヶ岳(てんしがたけ/静岡県富士宮市)
天子、大王、天皇
⛰️天子ヶ岳のすぐ西に、初代王の幼名を象徴する「上佐野/かみさの」が寄り添うように配置されている。 これは偶然ではない。 串呂主宰神の深い配慮を感じざるを得ない。

神武天皇の即位日を祝う唱歌の一節に「空にかがやく 日のもとの よろずの国に たぐいなき 国のみはしら たてし世を 仰ぐ今日こそ たのしけれ」とあるのを思い出した。
八紘一宇を象徴する地名が、 ⛰️天子ヶ岳から神武聖蹟へ向かう串呂上に 厳然と存在する国。
それが日本である。
先人が「よろずの国に たぐいなき」と詠んだ誇りを、私たちは取り戻さねばならない。
それは日本のためだけではない。 人類全体の幸福のためである。
💠重要地文の考察
この串呂は、⛰️天子ヶ岳を起点として初代王⛩️神武天皇が国見をしたと伝承される⛩️聖蹟伝説地(⛰️国見山)とを結ぶ神風串呂です。
串呂主宰神は、この串呂を重要串呂として構築しておられるようで、神武天皇に関連した地文がたくさん配置されています。
時間の制約のある中で研究活動をしていますので、全てを取り上げることが出来ないのは残念ですが、この串呂の主旨に合う地文を厳選して考察しました。

🔶重要地文の列記
❇️⛰️中津明神山(なかつみょうじんさん/高知県吾川郡仁淀川町上名野川)
明神 三串 -🔴-🔴-🔴- 明津神(あきつかみ)
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❇️つるぎ町一宇(いちう/徳島県美馬郡)
建国の理念 八紘一宇
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❇️神成(かみなり/徳島県徳島市南二軒屋町)
神である。神武天皇の「神」だ!
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❇️明神町(みょうじんちょう/徳島県徳島市)
明神 三串 -🔴-🔴-🔴- 明津神(あきつかみ)
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❇️神通(じんづう/和歌山県紀の川市)
神聖政治 神と一体 神通力
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⛩️神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市柏原地区)
⛰️国見山 嗛間丘(ほほまのおか)神武即位地
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❇️神宮司(じんぐうじ/愛知県額田郡幸田町坂崎)
神聖政治 祭祀王
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❇️⛰️明神山(みょうじんさん/愛知県北設楽郡東栄町本郷)
明神 三串 -🔴-🔴-🔴- 明津神(あきつかみ)
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❇️上佐野(かみさの/山梨県南巨摩郡南部町)
神武の幼名
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⭕天子ヶ岳(てんしがたけ/静岡県富士宮市佐折)
高御座 鑑定起点
🔶重要地文解説(地図)
これらはすべて、 「神武天皇とはいかなる存在であったか」 を語る“地上に刻まれた文字”である。
明神 三串 -🔴-🔴-🔴- の明神(みょうじん)は、明津神(あきつかみ)すなわち現人神(あらひとがみ)をあらわす地文です。
この地文の意義は、人間でありながら、同時に神である天子(スメラミコト)の尊厳を示すものであります。
その意義は神成(かみなり)の地文がよく示しています。
その権能は、神通(じんづう)であらねばなりませんし、神に仕える祭祀王(神宮司)であらねばなりません。
神武の真陵と思われる⛩️桜井茶臼山古墳の副葬品の中に玉杖が存在したことからも窺われるように、神武天皇は霊能力(神通力)を有する神聖王であったことが拝察できるのであります。
地文解説
❇️⛰️中津明神山(なかつみょうじんさん/高知県吾川郡仁淀川町上名野川)
明神 三串 -🔴-🔴-🔴- 標高1541m
明津神(あきつかみ)、現人神(あらひとがみ)
【参照】
明神池、明神湖は女性天皇を示す
❇️つるぎ町一宇(いちう/徳島県美馬郡)
建国の理念 八紘一宇
神武建国は「つるぎ」(武力)でなされたと明言されています。神武東征譚には、神武天皇に霊剣 布都御魂をもたらした高倉下の故事が語られています。

❇️🔴神成(かみなり/徳島県徳島市南二軒屋町)
天子(天皇)は神である!
天子(天皇)は、神と一体となれる霊能者でなければならない。
🟡串呂哲学では、神は天皇を示すと解釈する場合が多い。
神戸は天皇を戸で隠した…皇陵
神が丘…皇居、皇陵
神尾、神末…皇族
❇️明神町(みょうじんちょう/徳島県徳島市)
明神 三串 -🔴-🔴-🔴-
明津神(あきつかみ)、現人神(あらひとがみ)
❇️神通(じんづう/和歌山県紀の川市)
神聖政治 泉佐野市に隣接
神通は、霊能力(神通力)をあらわす。
⭕⛩️神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市柏原地区)
⛰️国見山 嗛間丘(ほほまのおか)神武即位地
❇️神宮司(じんぐうじ/愛知県額田郡幸田町坂崎)
神聖政治 祭祀王
❇️⛰️明神山(みょうじんさん/愛知県北設楽郡東栄町本郷)
明神 三串 -🔴-🔴-🔴-
明津神(あきつかみ)、現人神(あらひとがみ)

❇️上佐野(かみさの/山梨県南巨摩郡南部町)
神武天皇の幼名
上佐野…⛰️天子ヶ岳の西側に隣接
下佐野…天子湖の西側に隣接

⭕天子ヶ岳(てんしがたけ/静岡県富士宮市佐折)
高御座就任
天皇を鑑定する串呂起点でもある。
【参照】天子ヶ岳の神風串呂
🟡読者の皆様に!
【神風串呂】は、皇祖神・天照大御神が日本民族に授けられた、目に見える啓示であり、二千年の時を超えて今、私たちの前に顕れた「神の言葉」です。
このページに辿り着かれた貴方様とのご縁に、心より感謝申し上げます。 本記事は、天照大御神の御神意を体現し、地上に遣わされた神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が創始された「串呂哲学(神風串呂)」の真髄をお伝えするものです。
『神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言』が明かすように、我が国が「天皇を日本国および日本国民統合の象徴と仰ぐ王政」を未来に継承したいと願うならば、皇祖神の御神意に添い奉る道を選ばねばなりません。 さもなくば、我々はこのまま異民族の支配に甘んじ、日本民族本来の尊厳と特性を失い続ける危機に直面し続けるでしょう。
神風串呂には、日本民族が進むべき道が明確に示されています。今こそ、真実に目覚め、御神意に立ち返る時です。 この情報を一人でも多くの方に届けるため、どうか拡散のご協力をお願い申し上げます。
なぜ天照大御神は、長きにわたり神風串呂を構築し、神皇正統家を顕彰されるのか? この問いに真摯に向き合い、串呂哲学の核心を学ぶことで、我々が今なすべき第一義が明らかになります。 そこにこそ、日本民族の再生と未来が懸かっているのです。
神風串呂、そしてそこに示された神皇正統家は、日本民族の魂の根幹であり、かけがえのない宝です。 二千年の歳月をかけて神風串呂を築かれた天照大御神の御心と、命を賭してその真理を解き明かされた三浦芳聖師のご労苦が、今こそ日本国と国民の幸せの礎となることを、心より願ってやみません。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします。
🟡神風串呂を学びましょう!
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
著者 鈴木超世志のプロフィール
中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ75才。
串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
著 書
「神風串呂入門」
「ここまで解った元伊勢伝承」
「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
「神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言」
「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
など多数
ブログ
串呂哲学研究ノート
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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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神武天皇の神風串呂――神皇正統家極秘伝
ヤマト王権の初代王 神武天皇の神風串呂をご紹介しています。これまで投稿した15本の記事に加えて、今後投稿する「神武天皇の神風串呂」の続編を…
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