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💟神武天皇の真陵を求めて④-日本一の⛰️茶臼山から⛩️桜井茶臼山古墳へ

🎀串呂哲学研究ノート 第520号

神武天皇の陵墓とされる畝傍山東北陵。しかし、地文と神話の照応を読み解く串呂哲学の視点に立つと、別の聖地 ── 奈良・⛩️桜井茶臼山古墳 ── が静かにその姿を現し、被葬者の素顔までもほのかに映し出してくる。 今号の起点は、日本一の⛰️茶臼山(長野県塩尻市)。前方後円墳の代名詞ともいえる“茶臼”の名を手がかりに、神話の舞台と地文の符合が織りなす「真の神武天皇陵」への道筋が、さらに鮮明になる。 歴史の深層へと降りてゆく、連載第4回。

🟡⛩️桜井茶臼山古墳から出土した玉杖
玉杖は、古墳時代前期の儀式用杖であり、権力者の呪術的・宗教的権威を象徴する副葬品です。

(奈良県立橿原考古学研究所附属博物館)

💞⛩️桜井茶臼山古墳は神武天皇の真陵

前号(第519号)までに示した三本の有効な串呂によって、神武天皇を特定する多くの地文の配置が明らかとなり、 「⛩️桜井茶臼山古墳こそ神武天皇の真陵である」 という命題は、もはや十分に立証されたと言ってよい段階に達したと考えています。🎌🎯🍀💝㊗️

🌺三本の串呂で確定立証

(1)神武天皇の真陵を求めて①-御正体山から桜井茶臼山古墳を鑑る
関西聖地霊園、神ガ丘、⛩️橿原神宮、日高山瓦窯跡ひだかやまがようあと、泉佐野市、上佐野

⛰️御正体山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map/縮尺192.3万分の1)

(2)神武天皇の真陵を求めて②-⛩️桜井茶臼山古墳と⛩️内宮からの道
神武東征史蹟、聖広場ひじりひろば、聖和台、神武橋、柏原池、橿原市

⛩️内宮と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map/縮尺47.6万分の1)
⛩️内宮と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map/縮尺192.3万分の1)

(3)神武天皇の真陵を求めて③-日本一の御在所山から導かれる桜井茶臼山古墳
日高川町ひだかがわちょう白橿町しらかしちょう白樫しらかし柏野かしわの小佐野町こざのちょう柏原かしわばら、聖高原・聖湖

⛰️御在所山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map/縮尺192.3万分の1)

🌺実証・論証・傍証の串呂

串呂哲学の創始者・三浦芳聖師は、ある命題を立証するためには、三つの視点からの「串呂」が必要だと説きました。それが「実証」「論証」「傍証ぼうしょう」の三本の串呂です。
 
🔶実証の串呂
これは、串呂線上に「実際にその人物が足を踏みしめた」と考えられる地文が含まれているもの。たとえば、⛩️桜井茶臼山古墳や神武東征ゆかりの地など、出生地・住居・隠棲地・陵墓といった実在の痕跡がある場所が該当します。
 
🔶論証の串呂
こちらは、理論的な意味を持つ地文を貫く線。たとえば、⛰️御正体山を起点に引いた串呂が、まさに「正体」を示す地文を通過した場合など、論理的整合性によって命題を裏付けるものです。
 
🔶傍証の串呂
さらに別の起点から引かれ、実証・論証を補強する「だめ押し」の串呂です。複数の視点から同じ結論に至ることで、命題の信頼性が一層高まります。
 
このように、実証・論証・傍証の三本の串呂が揃ったとき、命題は確定的に立証される──それが串呂哲学の核心なのです。

🍀🍀🍀🍀🍀

💞茶臼山は前方後円墳の象徴

今号では、これまでの三本の串呂に加え、さらに傍証となる新たな串呂として、日本一の⛰️茶臼山(長野県塩尻市奈良井)を起点とする線をご紹介します。

💠 起点:日本一の⛰️茶臼山(長野県塩尻市奈良井)
💠 至点:⛩️桜井茶臼山古墳(奈良県桜井市外山)

なぜ起点を⛰️茶臼山とするのか。 その理由は、前方後円墳の形状が“茶臼”に似ていることから、全国には「茶臼山」「茶臼塚」の名を冠する古墳が25基以上も存在し、地文学において“茶臼山”は前方後円墳を象徴する代名詞とみなせるためです。

🟢 茶臼の形状 ≒ 前方後円墳の形状
🟢 茶臼山=前方後円墳を示す代名詞

❇️茶臼山 - Wikipedia
茶臼山(ちゃうすやま)は、形状が茶の湯のてん茶を抹茶に挽く茶臼に似ているとされる富士山のような末広がりの形の山のことである。茶磨山(ちゃすりやま)とも呼ばれる。山の名前としては、通称を含め全国に200以上あるという。かつて戦で縁起を担ぐ武将に好まれ陣が張られた場所が多い。

茶臼(茶臼山 - Wikipediaより引用)
形状が、前方後円墳に似ている!

❇️茶臼山古墳 - Wikipedia
茶臼山古墳(ちゃうすやまこふん)は、日本の古墳の名称。前方後円墳の型が茶臼に見えることから名付けられた。各地に同名の古墳があるため字名あざめいなどをつけて呼称する。

Wikipediaにも示されるように、⛰️茶臼山は富士山型の末広がりの山容をもち、古来より武将が陣を敷いた縁起の良い山としても知られています。また「茶臼山古墳」という名称を持つ前方後円墳は全国に20基以上、さらに「茶臼塚古墳」などを含めると25基を超えます。

こうした背景を踏まえると、⛩️桜井茶臼山古墳という名称そのものが、前方後円墳の串呂を示す“地文のサイン”として構築されたのではないかと考えられるのです。

このような経緯から、今回は日本一の⛰️茶臼山を起点とする串呂を検証しました。 どうやら串呂主宰神・天照大御神は、「日本一」という象徴的な起点をお好みのようです。


🟡読者の皆様に!
【神風串呂】は、皇祖神・天照大御神が日本民族に授けられた、目に見える啓示であり、二千年の時を超えて今、私たちの前に顕れた「神の言葉」です。

このページに辿り着かれた貴方様とのご縁に、心より感謝申し上げます。 本記事は、天照大御神の御神意を体現し、地上に遣わされた神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が創始された「串呂哲学(神風串呂)」の真髄をお伝えするものです。

『神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言』が明かすように、我が国が「天皇を日本国および日本国民統合の象徴と仰ぐ王政」を未来に継承したいと願うならば、皇祖神の御神意に添い奉る道を選ばねばなりません。 さもなくば、我々はこのまま異民族の支配に甘んじ、日本民族本来の尊厳と特性を失い続ける危機に直面し続けるでしょう。

神風串呂には、日本民族が進むべき道が明確に示されています。今こそ、真実に目覚め、御神意に立ち返る時です。 この情報を一人でも多くの方に届けるため、どうか拡散のご協力をお願い申し上げます。

なぜ天照大御神は、長きにわたり神風串呂を構築し、神皇正統家を顕彰されるのか? この問いに真摯に向き合い、串呂哲学の核心を学ぶことで、我々が今なすべき第一義が明らかになります。 そこにこそ、日本民族の再生と未来が懸かっているのです。

神風串呂、そしてそこに示された神皇正統家は、日本民族の魂の根幹であり、かけがえのない宝です。 二千年の歳月をかけて神風串呂を築かれた天照大御神の御心と、命を賭してその真理を解き明かされた三浦芳聖師のご労苦が、今こそ日本国と国民の幸せの礎となることを、心より願ってやみません。

🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします。
🟡神風串呂を学びましょう!

🟡バックナンバー(総合)


💞日本一の茶臼山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂

🌺串呂の起点──日本一の茶臼山

長野県塩尻市と木曽町の境にそびえる⛰️茶臼山(標高2,653m)から、⛩️桜井茶臼山古墳へ向けて串呂を引いてみると、驚くべき地文が浮かび上がりました。

日本で一番高い『茶臼山2,652米』

🟢日本一高い⛰️茶臼山(標高2,653m)
🟢 茶臼山=前方後円墳の代名詞
🟢 住所の「奈良井」が、奈良県桜井市と“奈良”を共有

⛰️茶臼山 二串 -🔴-🔴-
奈良 二串 -🔴-🔴-

串呂の起点には、「日本一」「国内唯一」など、際立った特徴が付されることが多いのも興味深い点です。

⛰️茶臼山(長野県塩尻市奈良井/標高2,653m/Google.map)
⛰️茶臼山(長野県塩尻市奈良井/標高2,653m/国土地理院地図)

🌺串呂概観──⛰️茶臼山から導かれる神武の記憶

日本一の⛰️茶臼山から⛩️桜井茶臼山古墳へ線を引くと、 三重県亀山市加太の「神武じんむが見事に配置されていました。

しかもその線は、 「御所 二串 -🔴-🔴-」の確定立証の神風串呂で、その御所市柏原の神武天皇聖蹟伝説地を貫通しています。

🟢加太神武を貫通
西南から
🟡御所(和歌山県伊都郡かつらぎ町)-🟡御所市柏原(奈良県)-⛩️桜井茶臼山古墳(奈良県桜井市)-🎯神武じんむ(三重県亀山市加太)-🔴日本一の⛰️茶臼山(長野県塩尻市奈良井)

日本一の茶臼山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map/縮尺95.2万分の1)

🟢三重県鈴鹿市加太神武を貫通!

日本一の茶臼山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map)

🟢御所 二串 -🔴-🔴- の確定立証の神風串呂
「⛩️桜井茶臼山古墳=御所」と解読できます。

御所とは、天皇など高貴な人物の邸宅を指す称号。 その名が串呂上に連続して現れること自体、強い地文的意味を帯びています。

さらに御所市柏原には、 ⛩️神武天皇社・神武天皇聖蹟伝説地 が存在し、串呂の意味をいっそう深めています。

日本一の茶臼山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map/縮尺47.6万分の1)

🟢神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市柏原)を貫通!
御所市柏原に存在する、初代神武天皇の即位した場所であるという伝説地です。この伝説の当否はともかくも、今は、この聖蹟伝説地が、この串呂線上にあるという事実を強調したいと思います。

日本一の茶臼山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map/縮尺11.1万分の1)

🟢串呂概観まとめ
三重県亀山市の「加太(かぶと)」は“冑(かぶと)”に通じ、東征で名高い闘う大王・神武天皇にふさわしい地文です。🪲🪲🪲

加太神武=闘う大王・神武天皇

💌今回の串呂は、これまでの三本を上回る“超串呂”であり、 「神武」という贈り名そのものが線上に現れる 極めて重要な配置となっています。

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