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💟神武天皇の真陵を求めて②──⛩️桜井茶臼山古墳と⛩️内宮からの道

🎀串呂哲学研究ノート 第518号

神武天皇の陵墓とされる畝傍山東北陵。しかし、地文と神話の照応を読み解く串呂哲学の視点からは別の陵墓が浮かび上がる。起点は伊勢の⛩️内宮。そこから導かれるのは、奈良の桜井茶臼山古墳。神話の舞台と地文の符合が示す、真の「神武天皇陵」とは──。歴史の深層に迫る、連載第2回。

はじめに

ヤマト王権の初代王「神武大王の真陵研究」の第二回目です。

研究対象の「⛩️桜井茶臼山古墳」については、昭和24年(1949年)、平成21年(2009年)の二回にわたって発掘調査が行われ、副葬品からは3世紀後半~4世紀初めに築造された大王墓であることが分かります。

桜井茶臼山古墳 副葬品の鏡 量・質・種類すべて「傑出」

今回(2009年)の調査では新たに、竪穴式石室を取り囲むようにして建てられていた「丸太垣」と命名された柱列(推定約150本)の痕跡見つかりました。又、1949年の調査で取り残したと思われる銅鏡の破片が多数見つかり、およそ81面以上の鏡が副葬されていた事が判明しました。(1949年の発掘では王者の権威たる玉杖の他、銅鏡、玉、剣、玉葉等が出土し、橿原考古学研究所附属博物館でその一部を見ることができます。

桜井茶臼山古墳(桜井市外山) - 桜井市観光協会



✨こうした考古学的な視点での研究にも興味が有りますが、本稿では、前号の串呂に配置されていた⛩️橿原神宮(奈良県橿原市畝傍町)や泉佐野市(大阪府)・上佐野かみさの(山梨県南巨摩郡南部町)のような、地文学的に神武天皇の陵墓であることを特定する地文を探すことに注力して研究を実施しています。

🔶前号(第517号)のおさらい+補足

💟神武天皇の真陵を求めて①-⛰️御正体山から⛩️桜井茶臼山古墳を鑑る

関西聖地霊園(大阪府🔴泉佐野市土丸)-神ガ丘(大阪府河内長野市)-⛩️橿原神宮(奈良県橿原市畝傍町)-⛩️桜井茶臼山古墳初瀬はせ(奈良県桜井市)-国見山城跡(三重県伊賀市種生たなお)-古真立こまだて(愛知県北設楽郡豊根村)-🔴上佐野かみさの(山梨県南巨摩郡南部町)-⛰️御正体山(山梨県都留市大野)-堀之内(東京都八王子市)-大塚おおつか(東京都八王子市)

⛰️御正体山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map/縮尺192.3万分の1)
⛰️御正体山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map/縮尺47.6万分の1)

この串呂線上に新たに下記の3つの地文が配置されているのを発見したのでご紹介します。時間を掛けて丁寧に調査研究すれば、さらに関連地文が見つかると思います。

❇️関西聖地霊園(大阪府🔴泉佐野市土丸つちまる
この地文「聖地霊園」「土丸」は、大王の墓と解読できる。
泉佐野市は、神武天皇の幼名「狭野尊さののみこと」をあらわすと解読できる。

🔶聖地…大王の場所
🔶霊園…陵墓
🔶土丸…墳墓(円墳)
🔶泉佐野…神武天皇の幼名・狭野尊さののみこと

泉佐野市土丸「関西聖地霊園」-⛩️桜井茶臼山古墳-⛰️御正体山

大阪府泉佐野市土丸 関西聖地霊園(Google.map)

❇️日高山瓦窯跡(ひだかやま がよう あと/奈良県橿原市上飛騨町)
神武天皇の父親(天津日高日子)をあらわすか?

「天津日高日子 波限建 鵜葺草葺不合命(あまつひだかひこ なぎさたけ うがやふきあえず の みこと)( 『古事記』)

【参照】
天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々芸命 – 國學院大學 古典文化学事業

⛰️御正体山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map)

❇️連合(れんごう、愛知県新城市)
神武ヤマト王権は連合国であった。三輪地方の大物主の娘(媛蹈鞴五十鈴媛命)が神武天皇の正妃となっている。

この地文から、初期ヤマト王権は、諸豪族(王国)による連合国家であり、大王とは、連合国を束ねる「スメラミコト」であったという通説が立証されている。

⛰️御正体山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map)

🟢🟢🟢🟢🟢

🔶今号の串呂について

今号は伊勢市の⛩️皇大神宮内宮を起点として⛩️桜井茶臼山古墳を至点とする神武天皇の真陵探しの串呂を引いて見ました。
(⛩️内宮と表記する場合もある)

⛩️皇大神宮内宮

⛩️内宮は、串呂主宰神・天照大御神を主祭神とする神風串呂の最高・最重要拠点であり、記紀には神武天皇は天照大御神の五世の皇孫と記録されていますので、どのような地文が配置されているのか興味津々でした。

💞すると、まことに神秘的なことに、この串呂には、⛩️桜井茶臼山古墳が神武天皇の真陵であることを示す神秘的な地文が多数配置されていました。

その中で特筆すべき地文は、大阪府堺市中区土塔町どとうちょうのルナ・サクラ公園の柏原池(かしわらいけ)です。

❇️墳墓を示す土塔町どとうちょう+サクラ+柏原かしわら

🎯古墳を象徴する土塔(大阪府堺市中区土塔町・8世紀築造)

土塔 - Wikipedia(大阪府堺市中区土塔町)

古事記に神武天皇の御陵は「畝火山の北方の白梼かしの尾の上に在り」とあるように、柏原(橿原)は、神武天皇の御陵を特定する地文です。

土塔町は、墳墓(陵墓・古墳)と読み解けますし、サクラは、桜井市と共通しています。

土塔町…山陵をあらわす ―― 土を盛り上げて築造した古墳
サクラ…桜井(さくらい)―― ⛩️桜井茶臼山古墳の所在地
柏原池…橿原(かしはら)―― 神武天皇の御陵の所在地

サクラ(桜) 二串 -🔴-🔴-
土塔町柏原池(ルナ・サクラ公園)-⛩️桜井茶臼山古墳-⛩️内宮

⛩️内宮と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map/縮尺47.6万分の1)
大阪府堺市土塔町どとうちょうのルナ・サクラ公園の柏原池
⛩️内宮と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map)

❇️橿原市内膳町付近を貫通
上記で考察したように、神武天皇の真陵は「白梼かしの尾の上にあり」の古事記の記載により、「かしはら」の地にあるべきだとのことから、畝傍山東北陵の地は、1956年(昭和31年)2月11日、町村合併により橿原市となりました。

この串呂は、その橿原市の内膳町付近を貫線しているのであります。これを串呂哲学的に申しますと、『神武天皇の真陵を顕わすために、「かしはら」二串 -🔴-🔴- の地文として配置された』となります。

🟡土塔町 ルナ・サクラ公園 柏原池
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🟡橿原市内膳町付近を貫通
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🟡⛩️桜井茶臼山古墳(神武大王真陵)
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🟡⛩️皇大神宮内宮

⛩️内宮と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map)

❇️神武東征ゆかりの史跡が三ヶ所も配置されていた!
さらに特筆すべきは、神武東征ゆかりの史蹟」が🔴三ヶ所、⛩️丹生川上神社の史蹟を象徴する地名が🟢三ヶ所、計六ヶ所の地文が配置されています。(研究が進むと増加する可能性有り。)

❇️神武東征ゆかりの史蹟が三ヶ所も配置されている
🔴高嶋宮史蹟-⛩️桜井茶臼山古墳-🔴忍阪おっさかの大室-🔴⛰️伊那佐山⛩️都賀那岐つがなぎ神社-🟢川上-🟢丹生俣にうまた-🟢丹生にう-⛩️内宮

⛩️内宮と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map)
⛩️内宮と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂(Google.map)

❇️高嶋宮聖蹟(岡山市南区)……長期間逗留地(古事記8年)
❇️忍阪おっさかの大室史蹟(桜井市)
❇️⛰️伊那佐山⛩️都賀那岐つがなぎ神社(宇陀市)……八咫烏やたがらすの活躍
❇️⛩️丹生川上神社の史蹟を象徴する地名3ヶ所
*川上(三重県津市美杉町)
丹生俣にうまた(三重県津市美杉町)
丹生にう(三重県多気郡多気町)

🔴神武大王の真陵を立証
このように、一本の線上に、土塔町どとうちょうルナ・サクラ公園の柏原池、橿原市内膳町、神武東征ゆかりの史蹟が三ヶ所も配置されていることは、偶然とは思えません。

明らかに天地神明が「⛩️桜井茶臼山古墳は神武天皇の陵墓である事を示している!」と解読できます。このようなことは人為的に出来る事ではないからです。

🟡関西聖地霊園(🔴泉佐野市土丸)-神ガ丘-⛩️橿原神宮(祭神・神武天皇) - 「⛩️桜井茶臼山古墳(古代大王陵・玉杖/鏡/玉/剣)」 -🔴上佐野- ⛰️御正体山

🟡高嶋宮史蹟(🟢神武東征逗留地)土塔町🟣柏原池(🔴ルナ・サクラ公園)-🟣橿原市内膳町-「🔴⛩️桜井茶臼山古墳(古代大王陵・玉杖/鏡/玉/剣)」-忍阪大室(🟢神武東征陣地)⛰️伊那佐山(🟢神武東征陣地)-⛩️内宮


🟡読者の皆様に!
【神風串呂】は、皇祖神・天照大御神が日本民族に授けられた、目に見える啓示であり、二千年の時を超えて今、私たちの前に顕れた「神の言葉」です。

このページに辿り着かれた貴方様とのご縁に、心より感謝申し上げます。 本記事は、天照大御神の御神意を体現し、地上に遣わされた神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が創始された「串呂哲学(神風串呂)」の真髄をお伝えするものです。

『神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言』が明かすように、我が国が「天皇を日本国および日本国民統合の象徴と仰ぐ王政」を未来に継承したいと願うならば、皇祖神の御神意に添い奉る道を選ばねばなりません。 さもなくば、我々はこのまま異民族の支配に甘んじ、日本民族本来の尊厳と特性を失い続ける危機に直面し続けるでしょう。

神風串呂には、日本民族が進むべき道が明確に示されています。今こそ、真実に目覚め、御神意に立ち返る時です。 この情報を一人でも多くの方に届けるため、どうか拡散のご協力をお願い申し上げます。

なぜ天照大御神は、長きにわたり神風串呂を構築し、神皇正統家を顕彰されるのか? この問いに真摯に向き合い、串呂哲学の核心を学ぶことで、我々が今なすべき第一義が明らかになります。 そこにこそ、日本民族の再生と未来が懸かっているのです。

神風串呂、そしてそこに示された神皇正統家は、日本民族の魂の根幹であり、かけがえのない宝です。 二千年の歳月をかけて神風串呂を築かれた天照大御神の御心と、命を賭してその真理を解き明かされた三浦芳聖師のご労苦が、今こそ日本国と国民の幸せの礎となることを、心より願ってやみません。

🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします。

🟡神風串呂を学びましょう!

🟡バックナンバー(総合)



⛩️内宮と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂

伊勢の⛩️皇大神宮内宮と⛩️桜井茶臼山古墳を結ぶ串呂をご紹介します。
この古墳が、神武天皇の真陵であることを立証するための調査研究ですので、線上にある関連地文を取り上げて考察を進めています。

串呂起点
⛩️皇大神宮内宮
三重県伊勢市宇治館町

⛩️皇大神宮内宮

🟣皇大神宮内宮の神風串呂

予備知識として、神武天皇と天照大御神のご関係を念頭に入れて置くことが必要です。

🟡神武天皇 - Wikipedia
(1)天照大御神の五世の皇孫
(2)神武東征を導いた天照大御神
(3)ヤマト王権の初代王(イワレヒコ、幼名 狭野尊さののみこと

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