運慶仏をつくる【第14話】 ギリシア・ローマ彫刻も極彩色だったとは
「復元彩色」バージョンから「海住山寺風彩色」バージョンへ
この連載の前々回、アカデミア美術館(フィレンツェ)のミケランジェロの《ダヴィデ像》は、つくられた当時からほとんど変わっていないのではというようなことを書いた。
その裏付けをあれこれ調べていたところ、(筆者にとって)驚くべき事実が明らかになってしまった。
2022〜2023年にかけてメト(ニューヨークのメトロポリタン美術館)で、「Chroma: Ancient Sculpture in Color(クロマ:古代彫刻の色彩)」が開催され、こんな大理石像(レプリカ)がいくつも出展されたようである。

ギリシアやローマの古代彫刻はこんなふうに彩色されていたらしい。うかつにも、こんな展覧会が開催されたことも、古代の大理石像が極彩色だったこともまったく知らなかった。
なぜ古代彫刻は白いものだと思いこんでいたのだろうか?
理由はルネサンス時代に発掘された古代彫刻は彩色がほとんど落ちていて、その地肌の白を彫刻家たちは彫刻の理想と考え、自らが彫った大理石像にも彩色しなかったため、「彫刻は白」が常識になったということらしい(例外もあるようだが)。

ということは、筆者が学生時代にお世話になった石膏像にも、極彩色派と白派があったことになる。
古代彫刻であるラオコーンやヴィーナス、マルス、ヘルメスあたりが極彩色派で、ルネサンス以降のジョルジョやブルータス、ダヴィデが白派というわけだ。

前置きが長くなった。ここからが本題だ。
メトに出展された彩色復元像の評判は、おおむね芳しくなかったらしい。
奈良・薬師寺の西塔を東塔より好む筆者にしても、さすがに極彩色のギリシア・ローマ彫刻は違和感がありまくりだった。
仏像にも、同じことがいえる。
以前紹介した東京藝術大学の「東大寺法華堂執金剛神像完全復元プロジェクト」における復元彩色の執金剛神像についても、その鮮やかな色彩にしっくりこないものがあったのだが、制作中の「復元彩色」バージョンの持国天像も「ちょっとな」という感じだった。
けばけばしいとは言わないまでも、あまりにも派手な原色の輝きは、当時の人々はそれに荘厳さを感じたんだろうが、いまを生きる筆者としては仏像のイメージからかけ離れていてたじろいでしまう。
感覚的にどうもなじめないのである。
そんなときこそ、
"Use the Force, Luke. Let go, Luke."
そうだ、その感覚を信じるんだ。
ということで、「復元彩色」バージョンを、感覚的にもう少ししっくりするように塗りなおすことにした。
造立からときがたって彩色がほどよく落ちついた状態、すなわち海住山寺の持国天の彩色に寄せたいと思う。
とりあえず頭部を塗りなおしてみた。

なかなかいいじゃないか。
原色を使わずに、全体に彩度を落としたほうが仏像らしいありがたみが出てくるように思えるのだが、どうだろうか。
もうちょっと彩色を調整したほうがよさそうだが、こんな感じで像全体を塗りなおしていくことしよう。
そうなると、従来の「復元彩色」バージョンという言い方はできなくなるし、かといって「造立からときがたって彩色がほどよく落ちついた」バージョンでは長すぎる。
そこで、従来の「復元彩色」を「海住山寺風彩色」バージョン、「古色彩色」を「興福寺中金堂風彩色」バージョンと呼び変えて作業を進めていくことにする。
【第15話】繧繝彩色をあきらめて につづく
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