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運慶仏をつくる【第12話】 東塔もいいけど、やっぱり西塔が好き

持国天(復元彩色版)の制作再開

唐突だが、まずはダビデ像を見てほしい。

ミケランジェロ《ダビデ像》フィレンツェ・アカデミア美術館。(撮影:筆者)

この像、腕が折れたり手足の指が損傷したりと、散々な目にあっているのだが、その度に修復されていまは元通りになっている。
完成してしばらく間は、シニョリーア広場で風雨にさらされていたというから、それなりに光沢が失われたり、変色はしたりしているのだろうが、ミケランジェロが彫ったころとさほど大きな違いはないはずだ。

では、われらが持国天はどうだろう?

興福寺中金堂の持国天立像。実物は撮影できないので、筆者がつくった模型(古色彩色版)を載せておく。

この像、当初の彩色がほとんど落ちているから、雰囲気は造立時と大きく異なるはずだ。

では、どんな色彩だったのだろう?
想像するしかないのだが、たぶんこうだったんじゃないだろうかと思わせる建物が、奈良・西ノ京 にある。

薬師寺の境内にそびえ立つ東塔と西塔だ。

東塔は、天平二年(730)の創建当初からの建物であり、1300年もの風雨に耐えてきた。一方、西塔は昭和五六年(1981)に宮大工の西岡常一棟梁の下で再建され、比較的新しい。50年近く経過したとはいえまだまだ色鮮やかだ。

どちらが好みかと聞かれれば、だんぜん西塔だ。
もちろん東塔も風情があるのだが、色彩が美しく、背が高く、屋根の勾配もゆるやかで軽やかな感じの西塔はとても好ましい(500年ほどたつと、東塔と同じくらいの高さや屋根の勾配になるらしい)。
白鳳時代ならではの高揚した気分を体感できるのがうれしい。

まぁ、両塔そろっているからこそ、あっちがいい、こっちがいいとやれるかな。とにかく、薬師寺にさえ行けば、古色彩色と復元彩色の塔を見比べることができるわけだ。

東塔の解体修理が終わり、久々に西塔(左)と東塔(右)が再び並び立つようになった。うーむ。この写真だと西塔と東塔の彩色の違いがあまりよくわからないかな。(撮影:筆者)

となれば、持国天像についても、古式彩色と復元彩色の像を並べてみたいものだ。

ただ、海洋堂のキットの組立説明書は古色彩色の塗装指示のみだから、復元彩色で塗るとなると、自分で調べるしかない。

四天王像で、当時の彩色がよく残っているといえば、なんといっても海住山寺の四天王立像だろう。
しかも慶派だ。創建当初の東大寺金堂(大仏殿ね)の四天王像のひな型という説もある。
東京国立博物館の「運慶展」(2017年)にも出展されていて、長い歳月を超えて残った鮮やかな彩色には驚かされものだ。

ただ、残念なことに、造立当時の彩色というわけにはいかない。彩色がよく残っているといっても、長い年月を経て当初の彩色に比べればずいぶん色が落ちているし、細かな文様がどうなっているのかもはっきりしない。
いい画像もない。東博の「運慶展」の図録には正面からのきれいな写真が掲載されているのだが、側面や背面がどんなふうに塗られているのかはわからないのである。

海住山寺の四天王立像は撮影不可なので、彩色が比較的残っている南山城・浄瑠璃寺の広目天を載せておく。(撮影:筆者。東京国立博物館の常設展にて)

さぁ、どうしよう。

そんなときに見つけたのが、東大寺の執金剛神立像の復元彩色像だ。
この像は、長年にわたり年に1日しか開帳されない秘仏のため、やはり彩色がよく残っている。そのうえ、東京藝術大学の仏さま研究室(大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室)がクラウドファンディングで「東大寺法華堂執金剛神像完全復元プロジェクト」を立ち上げ、2021年には完成した復元彩色の像を公開している。

これはいい。
ネット上でも資料や画像が拾えるので、それらも参考にしながら、復元彩色版の持国天像の制作を進めていくことにしよう。

現状の持国天像(復元彩色版)。

既にここまで出来ているのだが、今後さらに手を入れていくことになる。
まずは黒目を入れよう。


【第13話】玉眼との戦いは終わらない 後補編 につづく
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【第1話】まずは「持国天 古色彩色」の修復を に戻る


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