「がんです」と言われたあと、最初に調べたこと・決めたこと
「がんです」と言われた直後の方が、もしこれを読んでいたら——これは、同じ場所を通った私が、告知から入院までの間に「何を調べ、何を決めたか」を書いた記録です。
先に断っておくと、私は医療の専門家ではないので、医療のことは書けません。治療の判断については、主治医や専門家に相談してください。ここにあるのは、ひとりの患者の「実務の記録」です。
がんと言われた日のこと
がんと告げられた日、先生からはこう言われました。表層近くでとどまっている可能性が高く、恐らくステージ1くらいでしょう、と。
その日に何を感じ、家族にどう伝えたかは、別の記事に書きました。
この記事はその続きです。あの日から入院までの間、私は「調べること」と「決めること」に時間を使いました。以下はその記録です。
まず、生存率を調べた
告知の前から、がんに関係する情報を調べること自体は始めていました。
診断が出てから最初に調べたのは、5年生存率です。自分のがんの、ステージごとの数字。ステージ1ならそれなりに高い。それが分かって、少し心に余裕が生まれました。
(実はこの「ステージ1くらい」という見立ては、のちに覆ります。その話はまた別の記事で書きます。)
続けて調べたのは、手術の具体的な内容です。手術のあとにどういう状態になるのか。術後の体調はどうなるのか。気を付けるべきことは何か。食生活や、普段の生活への影響——等々。
いま振り返っても全部有用な内容で、「見なければよかった」というものはありませんでした。むしろ知らないことの方が不安でしたので、事実として納得がいくまで、徹底的に調べました。
思うに、あれは「不安を無くすために調べた」という行動だったのだと思います。
お金の現実を調べた
次は、お金のことです。
まず、がん保険。入院・手術・通院でいくらもらえるのか。万が一死亡したときは、いくらか。……お恥ずかしい話ですが、保険にはいくつか入っていたのに、健康であるうちは自分が入っている保険の内容なんてほとんどチェックしていなかったんです。世間の多くの方も、案外そうなのかもしれません。だから、そこは徹底的に調べました。
公的な制度も。医療費には月ごとの自己負担の上限があって、それを超えた分は払わなくてよい「高額療養費制度」があります。これを知っているかどうかで、お金の不安はだいぶ違ってきます。制度の中身は変わっていくものなので、金額や条件はここには書きません。もしものときに備え、ご自身が加入している健康保険(会社の健保組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険)で、最新の情報を確認してみるのも良いと思います。
それから、住宅ローンの団信(団体信用生命保険)です。自分の団信が「がん団信」でないことは、ほぼ分かっていました。それでもわずかな可能性にかけて契約書を調べ、さらに銀行にも確認しました。結果は、やはり非がん団信。「がん団信に入っておけば……」という後悔は、少なからずありました。ただ、家を買った頃の自分を思い返すと、たとえ入れたとしても選んでいなかった気がします。うちはがん家系ではないですし、がん団信のための金利上昇分を考えたら、入ってなかっただろうなと。いまさら時間は巻き戻せないですし、後悔しても仕方ありません。そういう意味であきらめはつきました。
「私がいなくなったら」の情報を、妻に渡した
調べているうちに、はっきり見えてきたことがありました。うちの家庭、お金や契約まわりの管理は基本的に私がやっていたのです。私が急にいなくなったら、妻は途方に暮れるだろう、と。
だから、銀行口座の情報、電気などインフラの契約先、サブスク関連、iPhoneやその他のアカウント情報……それらを調べ上げてファイルにまとめ、妻に渡しました。
じつは、この行動には原体験があります。数年前、身近な先輩であり友人でもあった方が突然倒れて、そのまま帰らぬ人になりました。私は奥様に頼まれて、保険関係や各種サービスの名義引き継ぎといった手続きをお手伝いしたのですが——彼は、そういう情報を几帳面にすべてまとめて、奥様と共有していたのです。自分が死ぬことなんて、想像もしていなかったはずなのに。彼のその行動に、家族への愛情をとても感じたのを覚えています。そのときの経験が、私の背中を押しました。
ひとつ、技術的な話も。iPhoneには万が一のとき、事前に指定した人にアカウントのデータを開示できる公式の仕組みがあります(「故人アカウント管理連絡先」といいます)。私はこれも設定して、妻を開示先として指定しました。ただ、あとから調べて分かったのですが、この仕組みではパスワードの類(iCloudキーチェーンの中身)は引き継がれません。公式の仕組みを設定しても、それだけでは足りなかった。手で書き出したあのファイルが、結果的にその穴を埋めていました。
この「もしもの整理」をした話は、デビュー記事にも書きました。中身の詳細は、別の記事に書きました。
会社には、こう伝えた
会社には、すぐに報告しました。
最初に伝えたのは、一番付き合いの長い上司です。実はその前から「ひょっとすると、がんかもしれません」とにおわせてはいたので、悔しそうに「そうか……」と言ってくれつつも、ひどく動揺した感じではありませんでした。
チームのメンバ、特に同じお客様に携わっているメンバには、がんであることを正直に伝えました。病名を伏せることもできましたが、私自身には隠す理由がありませんでした。正確に伝えれば、相手も今後の展開を予想できます。手術のあとは無理がきかなくなる私にとって、ありのままを伝えることで理解を求めたい、という気持ちもありました。
引き継ぎは、できる限りやりました。幸い、お互いの状況は普段から共有していたので、「あとは任せてください。何も心配しなくて大丈夫です」と言ってくれたのは、本当にありがたかったです。私からも、何かあれば入院中でも遠慮なく聞いてください、と伝えました。結果的にベッドの上で何度か仕事の相談を受けましたが、かなり少なかったです。
会社からは「治療優先で。仕事は残ったメンバでカバーするから、気にするな」と言ってもらえました。良いメンバに恵まれたな、と思いました。
当時の自分に、言うことは
調べて、決めて、渡して、伝えて。そうやって、入院の日を迎えました。
この記事を書くにあたって、考えてみたんです。いまの私が、当時の私に何か言ってやれることはないだろうか……
「大丈夫。心配しすぎたところで何も変わらない。まずは治すことだけを考えて動けばいい」——と、言いたいところですが、
その時の自分は、すでにそう思っていました。そういう意味では、当時の自分に特に言うことはありません。しんどい状況の中、自分なりによく頑張っていたと褒めてあげたいくらいです。
入院してからの話は、また別の記事で書きます。
※コメント欄を開けています。
同じ時期を通っている方、通った方の言葉が届いたらうれしいです。
ただ、私は医療の専門家ではないので、治療に関するご相談にはお答えできません。主治医や専門家にご相談ください。
返信は遅くなることがありますし、できないこともあります。それでも、ちゃんと読んでいます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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