思ったより悪くなかったのに、がっかりしてしまった私
全国統一小学生テストの結果が返ってきた。
思ったより悪くなかった。
それなのに私は、結果を見た瞬間、がっかりしていた。
思っていたより、悪くなかった
算数は偏差値50を少し上回り、
国語は60に少し届かなかった。
正直に言うと、私は返ってくる前、
もっと低いと思っていた。
偏差値50もないかもしれない、とすら思っていた。
普段の息子は、ワークをなかなか始めないし、
ケアレスミスも多い。
だから、
全国統一小学生テストのような初めての外部模試で、
そんなに取れるとは思っていなかった。
結果だけ見れば、私の予想より悪くなかった。
むしろ、思っていたよりずっと良かったと
言っていいのかもしれない。
それなのに私は、ほっとするより先に、
がっかりしていた。
自分でも少し不思議だった。
だって私は、小学2年生のテスト結果がこの先ずっと固定されるものではないと、頭ではわかっている。
今後いくらでも変わることも、ここから伸びる余地があることもわかっている。
それなのに、結果を見た瞬間に先に出てきたのが「がっかり」だったことに、自分で少し驚いた。
私の中には、最初から二つの気持ちがあった
今思うと、私は最初から二つの気持ちを持っていたのだと思う。
一つは、普段の息子を見ている自分。
ワークをすぐ始めないことも、
ミスが多いことも、
受験っぽい問題に慣れていないことも知っている。
だから、
「そんなに高くは出ないだろう」と思っていた。
もう一つは、もっとできていてほしいと思っている自分。
息子は本を読む。
図書館で借りた小説も読むし、
登場人物の気持ちを考えながら話すこともある。
内容を説明したり、要約したりもできる。
登場人物の気持ちを聞くと、
自分なりの言葉で説明することも多い。
だからどこかで、
国語はもっと取れるはずだと思っていた。
算数だって、
考え方自体はそこまで悪くないと思っていた。
結果が返ってきた時、
私はその両方を同時に感じていたのだと思う。
「思ったより悪くなかった」
と、
「でも、思っていたほどではなかった」
を、同時に。
がっかりしたのは、偏差値より答案の中身だった
特に引っかかったのは、国語だった。
私はずっと、息子は算数の方が得意だと思っていた。
でも今回、結果だけ見れば国語の方が良かった。
そのこと自体は驚いたけれど、もっと気になったのは、読解を落としていたことだった。
本を読んでいるのに。
登場人物の気持ちを一緒に考えてきたのに。
内容を説明したり、要約したりもできるのに。
そこを落とすのか、と思ってしまった。
算数も同じだった。
考え方がまるでわからない、という感じではないのに、ミスで落としている問題があった。
だから私は、偏差値そのものよりも、
落とした問題の方に目がいってしまった。
「思ったより悪くなかった」のに、がっかりしたのは、たぶんそのせいだった。
もっと低いと思っていたはずなのに、
本当は私は、
国語はもっと取れていてほしかったし、
算数もミスで落としてほしくなかったのだと思う。
解き直しをしたら、見えていた課題が少し変わった
結果を見たあと、国語も算数も解き直しをしてみた。
ただ、その時に私が解説したり、
ヒントを出したりはしていない。
解説動画も見せていないし、
塾の解説も息子は聞かずに帰っていた。
つまり、答えを教えた状態でやり直したわけではなく、本人が自分で考え直した、ということになる。
すると、国語は満点だった。
おそらく、当日どの選択肢を選んだのか本人ももう覚えていなかったのだと思う。
でも少なくとも、改めて一人で考え直した時には、
正しい答えを選べていた。
問題文をきちんと最後まで読みきれていなかったり、
問われていることを少し早とちりしていたりしたようだった。
本文が読めていないというより、
設問の意図を急いで取り違えていた感じに近い。
算数も、最後の問題はやはり難しかったようだけれど、解答欄ミスはなくなり、
後半の問題を2問落としただけだった。
この解き直しを見て、私はまた少しわからなくなった。
「できていない」と思っていたけれど、
そういうことでもないのかもしれない。
国語が苦手というより、
問題の読み方が雑だったのかもしれない。
算数が弱いというより、
本番での精度の問題なのかもしれない。
そう考えると、今回見えた課題は、
私が思っていたものと少し違っていた。
周りは褒めていたのに、私だけが悲観していた
夫や父母は、国語は十分できていると言った。
塾に行っていないことや、
読解も解き直しでは取れていたことを考えれば、
かなり良い方だと。
算数も、解答欄の書き間違えをしなければ、
よいところまで行っていたと言っていた。
塾の先生にも、「十分できているので、たくさん褒めてあげてください」と言われた。
それは、頭ではわかる。
でも私は、結果そのものを見ていたようで、
実際には「私が思う息子の理想像」と比べていたのだと思う。
もっとできていてほしかった。
もっと取れると思っていた。
普段は期待しないようにしていたつもりだったのに、
実際にはちゃんと期待していた。
周りはみんな褒めていたのに、私だけが悲観していた。
そのことに、結果を見て初めて気づいた。
息子の答案より先に、私の期待の置き方を見直さないといけないのかもしれない
私はよく、息子のことを観察しているつもりでいる。
でも今回見えたのは、息子の実力だけではなく、
結果を見る私自身の癖だった。
低く見積もっておきながら、
どこかでは高く期待していること。
「思ったより悪くなかった」と「でもがっかりした」を、同時に持ってしまうこと。
そして、数字そのものよりも、
落とした問題の方に目がいってしまうこと。
全国統一小学生テストの結果を見て、
最初に動いたのは、息子への評価よりも、
私の中にある矛盾の方だったのかもしれない。
次に見直すべきなのは、息子の勉強法だけではなく、
答案を見る私自身の期待の置き方なのかもしれない。
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私は教育アカウントというより、わからないから観察している母です。
note全体のことはここに書いています。
📖 観察レポート
「もっと深く読みたい方へ」
息子を約8年間観察してきた記録を、テーマごとにまとめています。
ゲーム、読み聞かせ、ごっこ遊び、漫画、小説。
一見バラバラだった出来事を振り返ると、そこには一つの共通点がありました。
