《超適当雑記151》2025年12月5日(金)【父親の命日に思うこと】
〚2206文字〛
おはようございます。入谷です。
まず感謝とご報告についてお伝えします。前回までの記事について、マガジンにてご紹介していただいた方々へお礼申し上げたいと思います。
■感謝とご報告〚654文字〛
明日見健作 青春の旅 さま
ももさま
花〜ただ咲く日常~さま
コツコツさま
clutch0105さま
カオリ│星詠み✕アートさま
メルト&クリエイトさま
ミツコさん|自分育てラボ所長さま
ペリン🍡さま
より、8名の方から、以下の記事、
について、
マガジンへ追加していただきました。
だらだら書いた長文の過去の回想録にも関わらず、取り上げてくださり、感謝しております。皆様のご好意がとても励みになっています。
どうもありがとうございます。今後とも宜しくお願いしたします。
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りこ@一生養生さま
カオリ│星詠み✕アートさま
からは、こちらの記事、
について、マガジンに追加していただきました。
いつも取り上げてくださり、ありがとうございます。大変感謝です。どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。
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ミツコさん|じぶん育てラボ所長さま
からは、こちらの記事、
について、マガジンに追加していただきました。
いつも取り上げてくださり、ありがとうございます。大変感謝です。どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。
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さとりのさとりさま
からは、こちらの記事、
について、マガジンに追加していただきました。
いつも取り上げてくださり、ありがとうございます。大変嬉しく思います。どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。
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りこ@一生養生さま
からは、
こちらの記事を紹介していただきました。
いつも取り上げてくださり、誠にありがとうございます。大変励みに感じております。どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。
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■父親の命日に思うこと〚1312文字〛
早いもので父親が亡くなって今日で26年が経ちました。
命日である12月5日には、過去2回、父親について思うことを書きましたが、今回も記していきたいと思います。
何度も書いていることで恐縮ですが、父親は39で大腸がんのステージ4が見つかり、その後肺や脳に転移して、42で亡くなりました。
仕事は真面目でしたが、それ以外はギャンブルまみれの生活で、最終的に親族に金を借りてのめり込み、依存症のようになっていきました。
仕事の後はパチンコに直行の人でしたから普通の家族サービスや、一家の大黒柱としての認識も、おそらく他の父親とは違っていたのでしょう。
家族旅行も、前日に夜遅くまでパチンコをしていて寝坊し、当日キャンセルなんてこともありました。
家では無口で、僕に勉強するように言う時だけ一瞬親の顔になる、何を考えているか分からない、存在感の薄い人。
パチンコ以外には野球が好きで、応援している球団が勝っていると静かに喜んでいる、そんな父親でした。
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葬儀の後で遺品整理をしていると、父親の若い頃の写真が出て来ました。
社内運動会のリレー種目で走っている姿や、会社の草野球チームでピッチャーを務める場面が写っていました。
母親曰く、父親は、本当は子供と野球観戦に行ったり、キャッチボールをしたり、一緒に運動したかったらしいのですが、あいにくスポーツが不得意な息子だったので、その夢は叶わなかったようです。
なので、もしかすると、僕が運動好きであったら、父親も自分の良いところを見せる機会があって、パチンコ狂いにならずに済んだのかもしれません。
在るか無きかの思い出の中には、父親に連れられてカブトムシを探しに行ったことや、プールで泳ぎを教わったことがあります。
プールのことはあまり覚えていませんが、虫取りに行ったのは小学校低学年の頃で、夏休みの自由研究の題材に困っていた僕を見かねてか、夜に突然連れ出されました。
何かそう言った穴場を知っているのかと思ったら、行き先も適当で、到底カブトムシがいるとは思えない場所の、見知らぬ雑木林をウロウロして10分で帰って来るという、ちょっとした肝試しになりました。
結局毎年恒例のアイス棒で工作をすることになりますが、父親は指導や口出しをするために、作業する僕の横にずっといました。
今考えると、父親は、何でもいいから子供と関わって、思い出を作りたかったのではないかと思うのです。
しかしそうした思いを、無意識のうちに、悉く打ち砕いていたのが僕で、息子に父親らしいところを披露するチャンスを奪っていたのも、また僕だったのかもしれません。
父親はよく勉強を見てくれました。
早くパチンコに行きたいのと、僕の呑み込みが悪いことで、いつもイライラしていましたが、義務感からか、答え合わせと、間違った所の解説だけはしっかりしてくれました。
野球もそうですが、僕は父親の働き掛けにあまり興味が持てず、蘊蓄に関心を示して素直に喜ぶような、気の利いた子供ではありませんでした。
一緒に過ごせる時間が短いと最初から分かっていたら、子供時代の僕はどう父親と関わっていたでしょうか。もし、父親の気持ちを推し量ることが出来たなら、思い出はもっと増えていたのかもしれません。
自分が子を持つ身になってみて初めて解る、父親という存在の悲哀。
子供とのコミュニケーションを大切にしているつもりではいますが、きっと彼女たちの捉え方も様々なのでしょう。
26年越しに申し訳なさを感じる今日この頃です。
ここまでお読んでいただき、誠にありがとうございます。それでは、皆様の今日と明日が素晴らしきものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
