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トルコは素敵で高かった 西の彼方も物価高

【連載】アジア人は今 第6回

ジャーナリスト 室橋 裕和

東洋と西洋を分かつトルコの都、イスタンブール――。まさにその境目、ボスポラス海峡を僕はシブく見つめていた。こちら側はヨーロッパ。対岸はアジアなのだ。幅2キロ足らずだが、古代から東西の文化が行き交った海である。そう思うと無性にロマンをかき立てられる。


名物サバサンドもうまいのだが1000円近くする(筆者提供)

旅人はこのボスポラス海峡を眺めつつ、岸辺に並ぶ屋台で名物のBalik Ekmek(すなわちサバサンド)にかぶりつき、歴史に思いを馳せるのが習わしとされている・・・のだが、僕は釈然としない思いにとらわれていた。
 
サバサンド(焼いた魚のサバと野菜を挟んだパン)といえば、昔からバックパッカー御用達のB級格安グルメではなかったか。しかし、この屋台(というか接岸した屋形船)で売られているそれは、1つ260リラ。実に955円なのである。安い店でも190リラ(約700円)だ。
 
10年ほど前の旅行者のブログなどを見ると、200~300円ほどで食べられたという記述が散見されるから、3倍以上にハネ上がっていることになる。ちなみに、かの『深夜特急』には100円程度だったという記述がある。1970年代前半のことだから参考にはならないが。

サバサンドは格安が売りの店でも190リラ。700円くらいはする(筆者提供)

それならトルコ名物のケバブはどうかといえば、さすが本場だけあって種類はいろいろあるのだが、日本でもよく見るサンドイッチスタイルのものは150リラ前後だろうか。およそ550円である。
 
一方、僕が住む東京・新大久保はエスニック激戦区なこともあって、ケバブ屋は何軒かあるが底値は400円だ。今や、日本はトルコよりも安くケバブが食べられる国になっている。

ケバブにもいろいろな食べ方があって、サンドイッチは最も手軽なファストフード(筆者提供)
あまり肉が入っていないハーフサイズのケバブサンド。100リラ(約370円)。このくらいが底値か。日本なら、同じ値段でもっと肉もりもりのデカいのが食べられる(筆者提供)

西アジア最大の安宿街
値上げラッシュに悲鳴

「パンデミックの後くらいかな。物価がどんどん上がった。特に食料品が本当に高い」
 
イスタンブールの旧市街スルタン・アフメットで長年ホテルを経営しているトルコ人、メフメトさんはそう嘆く。
 
「この辺も昔は安いゲストハウスがたくさんあって、バックパッキングの旅行者ばかりだった。若い日本人もたくさんいた。でも、今では土地の値段が上がって安宿は経営していけない。うちもだけど、改装して値上げするところがほとんど」
 
かつて、西アジア最大の安宿街だったスルタン・アフメットは中級のホテル(だいたい1泊5000円から)が立ち並ぶエリアになり、安宿はドミトリーで500~600リラ(約1800~2200円)が最安値だろうか。そもそも安宿の数自体が減っている。

トルコ東部にて。バス・トイレ共同のシングルが、オフシーズン価格で1泊800リラ。約3000円(筆者提供)

メシを食おうと思ってもスルタン・アフメットは完全に観光地価格となっていて、レストランのメニューを見ても1品500リラ(約1800円)ほどの料理ばかりが並ぶ。
 
それならばと、少し離れて観光客が見当たらないエリアの路地裏にたたずむロカンタ(食堂)で、肉と野菜の煮込み、サラダを頼んだら370リラ(約1350円)だった。周りで食事を取っているのはどう見ても庶民だが、それでもこの値段。この国の麗しい伝統か、パンは問答無用で山ほど出されて、これが無料なのでありがたい。
 
メフメトさんは言う。「外食が高くなったから、家族で出かけることも減ったよ」。そして「ここ数年はインフレーションがひどい」と顔をしかめる。

ややお高めのロカンタでは1品100~200リラ、約370~740円だ(筆者提供)

物価上昇率8割
あらゆる物高く

2022年には物価上昇率が80%近くに達した。14年から政権を握るエルドアン大統領の失政が理由の一つと言われる。トルコリラは暴落し、加えて日本もそうであるようにウクライナ戦争以降のエネルギー価格の高騰が輸送コストを押し上げ、あらゆるモノが高くなる。ここ1、2年でいくらかインフレは抑制されつつあるようだが、それでもトルコは一気に物価の高い国となった。
 
加えて円安だ。トルコは一部でユーロを導入していて、ホテル代や観光地の入場料はユーロ建て。そこらのロカンタでも「リラで払うか、ユーロにするか?」と聞かれたりもする。リラに対してはいくらか優位な日本円も、ドルやユーロに比べるとどんどん安くなっている。そんなこんなでトルコを旅する日本人は「高え!」とビックリするのである。

具体的には、僕の出納帳を見てみよう。
もはや日本と大差ないのである。

カフェでカプチーノ 200リラ(約730円)
タクシーで15分ほど 300リラ(約1100円。メーター使用)
スーパーのミネラルウオーター(1.5リットル) 10リラ前後(約36円)
夜行バス(距離およそ300キロ) 900リラ(約3300円)
安ホテル(日本の地方のビジホ的な宿) 1500リラ前後(約5500円)
地下鉄やトラム 50リラ(約180円)
ガソリン(1リットル) 50~55リラ(約180~200円)
ピデ(トルコ風のピザ) 300リラ(約1100円)
チョルバ(スープ。パン付) 100~150リラ(約365~550円。具による) 

野菜や果物など小売りの食品はまだまだ安い(筆者提供)
肉団子のトマト煮込みとターメリックライス。すごくおいしかったのだが、これで850リラ(約3100円)は、日本人にとってはきつい(筆者提供)

安いイメージ
実はパンとチーズだけ

アジアを東から西へ横断してきた日本人バックパッカーにとって、トルコは「物価の安い最後の国」というイメージがあった。
 
ここから先、ヨーロッパに向かうとあらゆるものが高くなるので、旅人は格安のドミトリー宿に泊まり、スーパーマーケットとベーカリーでパンとチーズを買い込んで飢えをしのぐ(この二つはヨーロッパの暮らしに欠かせないから、どこでも安い)・・・なんてよく語られていたものだが、もはやトルコも同様だ。やっぱり安くてでっかいパンとチーズはあるから、安い予算で長旅をしようと思ったら、この手で頑張るしかない。

チーズは安くてうまい。こちらは1キロ 450リラ(約1650円)から(筆者提供)

パンといえば、トルコの国民食でもあるシミット(ゴマをたっぷりとまぶしたドーナツ状のパン)には僕もお世話になった。どこでも売っていておいしく、腹持ちも結構いい。1個20リラ(約70円)。2個ほど食べて、チャイ(紅茶。タダ~20リラくらい)でも飲めば十分に一食分となる。
 
しかし、これも「5年ほど前は3リラ(約11円)だった」と、シミット売りの屋台のおじさんはボヤく。

シミットの屋台はバックパッカーの救いかもしれない(筆者提供)

特にしんどいのが観光地だ。
 
例えば、イスタンブール観光のハイライトであるトプカプ宮殿の入場料は、何と2400リラ(約8800円)。鬼のような価格である。ちなみに、トルコ人は400リラ(約1500円)で入れる。
 
元はキリスト教の大聖堂だったが、オスマン帝国が征服してからはモスク(イスラム礼拝所)となったアヤソフィアは、25ユーロ(約4600円)。この値段設定に悔しさを感じた僕はどちらも行かず、タダで入場できるスルタン・アフメットモスクでお茶を濁したのであった。

スルタン・アフメットモスクは無料で拝観できる。天井のドームやステンドグラスが美しい(筆者提供) 

屋台、食堂、雑貨店
タッチ決済当たり前

では、トルコがこの高い物価に見合わない国かといえば、そんなことはない。先進諸国と同様にオンライン化とキャッシュレス化が進み、便利で旅しやすく快適であった(元バックパッカーとしては、ハードさがないので物足りなくもあるが・・・)。
 
特に印象的だったのは、広く普及している電子決済だ。
 
トルコ独自のカードやアプリもあるが、外国人にとってありがたいのはVISAカードのタッチ決済が極めて一般的であること。ホテルやレストランはもちろん、タクシー、そこらの雑貨店、安いロカンタ、シミットの屋台、それに地下鉄やトラムの自動改札もタッチするだけで通過できる。
 
海外でたまにありがちな「その国以外で発行されたクレジットカードが使えない」ということもない。博物館など観光地の入場料も同様で、中には現金不可という場所もちらほらとあった。特にイスタンブールでは、現金をあまり使わなかった。

VISAカード(タッチ決済対応)をかざすだけで会計が済む。至るところで導入(筆者提供)

レストランのメニューやオーダーは、日本でも増えてきたQRコードを用いた方式も多い。カフェでは当然のようにWiFi完備。各席に電源が付いている店もある。ノートPCやタブレットを広げてリモートワーク中の人や勉強している学生もいた(そして日本と違って一席ずつが広々としているのがうれしい)。
 
町のあちこちにスイーツショップがあって、甘いもの好きの僕としてはありがたかった。これまた日本と違い、おじさんも一人で普通に食べていて「若い女性とカップル以外は入りづらい空気」がないのだ。

イスタンブールは、どこを歩いてもおしゃれで絵になる(筆者提供)

イスタンブール街巡り
グーグルマップが強い

そんな店でバクラヴァ(トルコ名物のパイ)を食べていると、店主がQRコードのプリントされたポップを手に「おいしかったら、グーグルマップでウチをレビューしてくれ」なんて頼んできたりする。
 
そのグーグルマップは、とりわけイスタンブールでは極めて強かった。地下鉄11路線、トラム、無数のバスと、東京のように複雑にさまざまな公共交通が絡み合う街なのだが、グーグルマップを使えば目的地までの経路や乗り換え、所要時間がすぐに表示される。少なくとも、僕が使った範囲では正確で迷うことがなかった。
 
都市間を結ぶ長距離バスも、アプリで予約・支払い、座席指定もできる。ただ・・・こちらはいろいろと困った。キャンセルが実に多いのだ。客が少なく採算が合わないと見るや、すぐに運行中止するらしく「あなたの予約したバスは、今日は出ません」「時間が変わりました」「返金はカード会社を通じて行われます」とかショートメッセージ(SMS)で通知が来る。
 
なので、僕は途中から昔のスタイルに戻した。
行き当たりばったり、予約なしでオトガル(バスターミナル)に向かうのだ。
 
たくさん立ち並ぶカウンターでは、バス会社のおじさんが行き先を連呼して客を引いている。そうそう、こういう方が気楽でいい。バス便は豊富だ。それに、目的の町に直接行けなくてもどこかを経由して乗り継ぐ手もある。その辺をおじさんたちに相談すれば、旅はなんとでもなるのだ。

トラムはクレカ乗車で50リラ。事前チャージのイスタンブールカードなどだと、いくらか安くなる(筆者提供)
タクシーは、メーターを起動するとバックミラーの客側から見える角度に走行距離や値段などの情報が投影。なかなか近代的(筆者提供)

加えて、トルコ人の気質かイスラムの教えか、客人すなわち観光客に優しい。

道を聞いたら親切に教えてくれた学生たち。ロカンタの軒先に並ぶ料理が何だか分からず悩んでいると、招き入れてカタコトの英語で説明してくれた店主。バックパックのチャックが開いていると注意してくれた青年。チェックアウト後、次の街へ行こうとした時にバスターミナルまで一緒に歩いてくれた宿のおじさん・・・。こういうホスピタリティーやフレンドリーさは、きっと昔から変わっていないのだろう。世話になったと思う。 

治安の悪さを感じることもなかった。イスタンブールや観光地を旅している分には、危険な目に遭うことはそうそうないだろうと思う。

かつては、悪質なボッタクリじゅうたん売りの被害が多かったそうだが、日本人の観光客が減ってターゲットにされなくなったのか、それらしきヤカラが声をかけてくることもなかった。

コンニチワ減る
ニーハオ増える

インフレにあえぎつつ経済発展も続くトルコでは、ヨーロッパと変わらない生活スタイルや収入の人々も増えている。

イスタンブールでは、日本語を勉強しているという若い学生に話しかけられたが、彼は近いうちに日本へ旅行に行きたいという。
 
「歴史や文化に興味があって。本の町だという神保町がいちばん楽しみ」
 
彼いわく、日本を旅行するトルコ人は増えていて、その理由の一つはやっぱり「安いから」。すぐそばのヨーロッパに行くよりもはるかにリーズナブルに、自国と同程度の物価感覚で旅できる。

イスタンブールのグランドバザールを歩けば「ニーハオ」と声をかけられる(筆者提供)
イスタンブールではトルクメニスタン料理が多い。移民労働者がたくさんいるからだ。他、ウズベキスタンや、アフガニスタンのテュルク系民族なども出稼ぎに来ていると聞いた(筆者提供)

一方で、トルコにおける日本の存在感は薄まっている。
 
スルタン・アフメットで長年、日本人駐在員に御用達の店として親しまれてきたじゅうたん屋では「日本人は本当に少なくなった」「進出している日本企業も駐在員の数を減らしたり、撤退したり」と聞いた。

東南アジアではどこに行ってもある日本食レストランもわずかばかりで、たまに見かけても「寿司&麻辣&フォー」みたいな、アジアごちゃ混ぜの店だったりした。
 
観光地を歩いていても、客引きからはまず「ニーハオ」「アンニョンハセヨ」と声をかけられる。昔はきっと「コンニチワ」だったのだろう。
 
それでも、じゅうたん屋は「騒々しい中国人より、もっと日本人に来てほしい」と言ってくれたのだった。とはいえ、なんだか日本がどんどん取り残されていってしまうような時代の流れすら感じてしまうトルコの旅だった。

手前がアジア、対岸がヨーロッパ。文化の境目ボスポラス海峡(筆者提供)
イスタンブールはとにかく美しい街だった(筆者提供)

室橋 裕和(むろはし・ひろかず)
ジャーナリスト
1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイおよび周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のジャーナリスト、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。
現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に在住。外国人コミュニティーと密接に関わりあいながら取材活動を続けている。「外国人コミュニティーから見る多文化共生の実情や課題」といったテーマで、大学やメディア、トークイベントなどの講演多数。武蔵野大学非常勤講師。新大久保など多国籍タウンの街歩きフィールドワークも行う。
著書に『カレー移民の謎』(集英社新書)、『ルポ新大久保』(角川書店)、『エスニック国道354号線』、(新潮社)『日本の異国』(晶文社)など。

公式サイト https://murohashi.jp/
X     https://x.com/muro_asia


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