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タイ人なのに辛い物NG 健康ライフを目指す人々

【連載】アジア人は今 第5回

ジャーナリスト 室橋 裕和
カバー写真撮影 嶋 健雄

かつて10年ほど暮らしたタイ。今でも取材やプライベートで時々「戻る」わけだが、そのたびに「変わったなあ」と思わされる。高層ビルや大型ショッピングモールが次々に増え、地下鉄やBTS(高架鉄道)の路線が伸びて・・・といった表層的なことだけではなく、タイ人の意識そのものが転換期にあると感じる。子供の教育、環境や衛生などの社会課題に向き合う人々がずいぶんと増えた。そして「健康」についての意識も、今では大きく変わりつつあるようだ。

取材協力:Yinyom Online Media
https://www.youtube.com/@YINYOMTRIP


タイでもようやく砂糖を入れないブラックコーヒーが当たり前になってきた(筆者提供)

タイ北部パヤオ県の県庁所在地パヤオ市の象徴といえば、街の西岸に広がる湖だろう。なかなかに風光明媚(ふうこうめいび)である。
 
湖を見晴らすレストランなんかも並んでいるが、僕はとあるカフェに入ってアイスコーヒーを頼んだ。メニューにある、ごく普通のブラックコーヒーだが、オーダーしてから「あっ!」と思った。「砂糖は入れないで」と念を押すのを忘れていたのだ。
 
タイの場合、がっつり砂糖の入ったコーヒーが運ばれてくることがきわめて多い。ときには「砂糖なし」と注文しても「ええっ、無糖? それじゃおいしくないから少しだけ入れとくね」なんて、余計なお世話を焼かれることもあった。
 
しかし、杞憂(きゆう)であった。
運ばれてきたのは、すっきりビターな無糖のコーヒーだった。
 
ひと安心して湖畔を眺めれば、ジョギングしている男女がちらほら。若い人から中高年まで年齢もさまざまだ。
 
カフェを出て買い物に入ったスーパーマーケットのロータスではオーガニックの野菜も売られているし、ドラッグストアのワトソンズではサプリメントのコーナーが大きな棚を占め、実にさまざまな商品が並ぶ。
 
変わったなあ、と思う。僕がタイに通うようになった30年ほど前、健康に気を使うタイ人がどれほどいただろうか。
 
今ではコンビニの棚にもノンシュガーのドリンクやヨーグルトや、コエンザイムQ10配合の化粧水なんかが並び、街角でもジムをけっこう見かけるようになった。安くても月1000バーツ(約4900円)ほどはかかるそうだが、それでも通う人は増えているという。それはバンコクだけでなく、パヤオのような地方でも同様のようだ。

スーパーマーケットの棚にはたくさんのサプリメントが並ぶ(筆者提供)

外食は辛い物さける
酸味、塩分も控える

「外食の時には辛いものを避けるようにしています」
 
タイ人とは思えないことを、バンコク在住の30代女性Aさんは言う。
 
「それに、酸味や塩分の強すぎる物も控えていますね」なんて言葉に、辛さと酸っぱさが混然一体となったタイを代表する料理トムヤムクンを思い浮かべたが、Aさんは健康のために身体に優しい食材や料理を選んでいるそうだ。

砂糖なし、人工着色料や保存料も使っていないと表示されたチリソース(筆者提供)

ハーブをたっぷり使うタイ料理を「ヘルシー」と捉えている日本人は結構多いように思うが、実際のところはそうでもない。砂糖や塩や油を多用した味の濃いものばかりだし、意識しないと野菜は取りにくい。
 
ゲーン(タイカレー)には、高カロリーなココナツミルクがふんだんに使われている。東北部のイサーン料理にぴったりのカオニャオ(もち米)は、普通の米よりも糖質量が高めだ。屋台や安食堂では、味の素をドバドバ入れたりもする。
 
そのあたりに注意して、食生活を送るタイ人が増えてきている。
 
タイといえば「屋台文化が盛んだから自分で料理を作らない」なんて語られることもあるが、実際のところ誰もがそういう食生活を送っているわけではないし、さらに健康志向もあって最近では自炊する人も多い。
 
Aさんもその一人で「なるべく新鮮で無農薬なオーガニック食材を使うようにしています。バランスの良い食事を心がけ、時にはビタミンC、B、亜鉛などのサプリも飲みますね」というこだわりよう。

グリーンカレーの素も「MSG(グルタミン酸ナトリウム。味の素の主成分)、防腐剤、人工着色料なし」をうたう(筆者提供)
「減塩60%、MSGなし」と表示された、野菜炒めの素(筆者提供)

そんな意識の高いタイ人たちが好むのは、日本食だ。
緑茶や豆腐、納豆といった食品を、在タイ日本人のコミュニティーになっているわけでもないローカルなスーパーマーケットでも見るようになった。
 
バンコク在住でタイ人と結婚している、40代の日本人男性Sさんは言う。
 
「妻は緑茶を毎日のように飲んでいるし、義母や義姉は納豆を食べるようになったんです」
 
一家で外食する際にも、注文の時に「減塩してとか、あまり甘くしないでとか伝える」のだとか。「化学調味料を入れないで、と頼むタイ人もいますね」。
 
また近年では「味の素などの化学調味料は使っていません」と、メニューやSNSでアピールするレストランも増えている。

まるで日本のような緑茶コーナーだが、タイ全土に展開しているスーパーマーケット「TOPS」にて(筆者提供)

コロナから一変
高まる健康志向

背景にあるのは、言うまでもなくタイの経済発展だ。豊かになったことで、健康に気を使えるだけの余裕を持つ人が増えたのだ。急速に厚みを増す中間層の間で、ライフスタイルや価値観が大きく変わりつつある。
 
運動をする人も目立つようになった。
 
僕がタイで暮らしていた10年ほど前、ある女性から「地下鉄駅までの200~300メートルの距離を毎日バイクタクシーに乗って移動する」という話を聞いて驚いたことがあった。当時は決して珍しい例ではなかったと思う。タイ人とは何とものぐさな人々かと、あきれたものだ。
 
熱帯の国なので無理に歩けば逆に健康に良くないという面もあろうが、それが今では朝晩のいくらか涼しい時間帯になればジョガーをよく見るようになった。マラソン大会もよく開催されている。

バンコク中心部のルンピニー公園でジョギングする人々(嶋健雄 撮影)

前出のAさんは自宅でヨガをしていると言い、やはり30代でバンコク在住のBさんは「毎日、ユーチューブの動画を見ながら10~15分ほどダンスする」と話す。
 
「年齢を重ねてきたので、定期的ではないけれど運動を心がけています」と話すのはバンコク在住の40代女性Cさんで「時々ランニングと、エアロビをしている」のだとか。
 
タイでは夕方18時頃になると、全国各地の公園でエアロビクスを楽しむ人々を見ることがある。僕もタイ在住時はよく参加していた。ステージ上のコーチの動きに合わせて見よう見まねで踊るのは、なかなかに爽快だった。
 
これは、タイ保健省が2000年代の初頭から始めた健康促進のための啓発活動がきっかけになっているが、今でも続いている。ジムの普及などで選択肢が豊富になったこともあって一時より参加者は減っているように見えるが、今に至る「健康ブーム」の下地を作ったことは確かだろう。
 
日本人男性のSさんは言う。
「コロナ禍をきっかけに、タイ人の健康意識は明らかに変わった」
 
感染を防いだり、免疫力を高めたりするための取り組みがそのまま習慣化した人もいるし、身体に気を使うことが極めて身近になった。
 
元々、都市化と産業構造の変化に伴ってオフィスワークが増え、運動の必要性を感じていた人も多かったのだろう。そして経済力のアップによって、いくらかお高いオーガニック食品にもジムの会費にも手が届くようになった。
 
カシコーン・リサーチセンターが2024年に行った調査によれば、定期的に運動するタイ人は全体の44.4%で、年々増加しているという。さらに、25年のフィットネス産業の経済規模は前年比18%増の120億バーツ以上に達するだろうと推測している。

我慢せずに食べる
実は「肥満大国」

一方で、だ。メタボな人もやたらに増えた。
 
コンビニで売られている緑茶は、砂糖入りの甘い味のものが圧倒的に多い。食の欧米化も影響しているだろうし「我慢せずに、食べたい物を食べたいだけ食べる」というタイ人の(古くなりつつあるが)気質も大きいだろう。丸々と肥えている子供もよく見る。

タイの公園では夕方18時からエアロビが始まる。誰でも参加自由(嶋健雄 撮影)

経済力を持った人々が「食」を楽しめるようになったのはいいことだが、2024年に行われたタイ国民健康調査によれば、15歳以上のタイ人で糖尿病を患っている人は610万人。糖尿病予備軍は570万人。どちらも上昇の一途だ。人口約6600万人のうち5分の1ほどが糖代謝の異常に悩む。
 
なお、人口約1億3000万人の日本は糖尿病の患者数が552万人、予備軍は1000万人を超えているからタイのことをとやかく言えないのだが(僕も健康診断のたびにビビッている)、タイも経済成長ゆえの健康問題を抱える国になってきたということだろう。
 
こうした数字が将来的に国の保険財政を圧迫していくことは確実なので、タイ政府は17年から「砂糖税」を導入。砂糖を多量に含む甘い飲み物に課税する仕組みで、25年に増税されて現在は1リットル当たり3バーツ。こうした取り組みも、国民の危機感や健康意識につながっているのだろう。
 
Sさんは言う。
「最近では『クリーンフード』という言葉も聞くようになりました。多少、値段が高くても体にいい食材やサプリを取りたいという人は増えています」
 
タイのヘルスケア産業に参入する日本企業も、たくさん出てきそうだ。

魚のすり身から作ったタイの定番スナック「TARO」も、タンパク質、DHA、コラーゲン、オメガ脂肪酸などの含有量をアピール(筆者提供)

室橋 裕和(むろはし・ひろかず)
ジャーナリスト
1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイおよび周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のジャーナリスト、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。
現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に在住。外国人コミュニティーと密接に関わりあいながら取材活動を続けている。「外国人コミュニティーから見る多文化共生の実情や課題」といったテーマで、大学やメディア、トークイベントなどの講演多数。武蔵野大学非常勤講師。新大久保など多国籍タウンの街歩きフィールドワークも行う。
著書に『カレー移民の謎』(集英社新書)、『ルポ新大久保』(角川書店)、『エスニック国道354号線』、(新潮社)『日本の異国』(晶文社)など。

公式サイト https://murohashi.jp/
X     https://x.com/muro_asia


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