モディ首相のお膝元 インド発展エリアの気安い人々【アジア人は今】
ジャーナリスト
室橋 裕和
インド西部グジャラート。この州に今、注目が集まりつつある。何かと耳目を集めるナレンドラ・モディ首相の出身地でもあり、彼の肝入りの経済政策が奏功して発展が著しい。インド版・新幹線の工事が進み、日系企業の進出も続く。一方で人々は昔と変わらずフレンドリーで好奇心旺盛な気質。そして極めて親日的だ。訪れたその先々で歓待を受けつつ、グジャラートと日本の関係について考えた。
僕は困惑していた。
一体、このグジャラートという州はどうなっているのか。ただ歩いているだけで、やたらに声がかかるのだ。確かにインドはフレンドリーな人が多いが、それにしたってグジャラートはちょっと過剰な気が・・・。
「ハロー! どこから来たんだい?」
またである。今度はヒゲヅラのアニキだ。
日本だと答えると、アニキは目をキラッキラさせながら
「素晴らしい国だ! ツーリスト? ビジネス? デーモン・スレイヤー(※)は最高だったよ!」
※『鬼滅の刃』。日本でコミックやアニメ映画が大ヒットした
とか何とかまくしたて、力強い握手を一発カマして去っていく。
こういう人が次々に現れる。
すれ違いざまに「俺の写真を撮れ」と要求してくるおじさんもいるし、
「一緒に写真を撮ろう」と肩を組んでくる若者グループから
「WhatsAppでつながろうぜ」と言われたりもする。
これが北インドの観光地であれば、外国人狙いのボッタクリや詐欺師といった手合いの可能性が高いから僕も警戒するのだが、グジャラートではそんな気配は全くなく、純粋に好奇心からの行動であるようだ。

グジャラート州は近年、インドでの中でも特に経済成長が著しいと言われる。かの「インド独立の父」マハトマ・ガンジーや、モディ現首相を輩出した州だ。
モディ氏が州首相だった時に行ったインフラ整備や外資の誘致などの経済政策が奏功し、インドでも有数の豊かな地域になったそうだが、その発展は「グジャラートの人間は知らないことを知りたい。だから見知らぬ人がいたら、つい話しかけてしまう。そういう気持ちがインド人の中でも特に強い」
と、バスで隣り合った地元民が言っていたような好奇心や探求心も影響しているのかもしれない。
なお、モディ首相が日本の故・安倍晋三元首相と親しかったことも広く知られていて、日本人のイメージはずいぶん良いようだった。

バイク男に連れ去られ
床屋の無料マッサージ
とりわけ州中央部のハルバードという小さな町はスゴかった。
ちょっと寺院に立ち寄ったら、法事か何かをやっていた人々に大歓待され、チャイは出てくるわ、茶菓子は出てくるわ、写真はせがまれるわのスター扱い。ある少年は「Everybody love you!」なんて熱いことを言う。
2時間近くも寺院で過ごし、ホテルに帰ろうと歩いていたら、背後から爆走してきたバイクがやおら急停車。
「どこから来たんだ?」
運転していた、トッポい兄ちゃんが食いついてくる。
さすがに疲れてきたが、僕も律儀な方なのでつい「日本人だ」と言えば、兄ちゃんは満面の笑みで後部座席をばんばん叩く。
何だかよく分からないが促されるがままに乗ってみたら、しばらく走って小さな床屋の前で停まる。
「俺の店なんだ。日本人が来てくれるなんて嬉しい。カットしてってくれ」
なかなかの無茶振りだが
「ついこの前、切ったばかりだよ」と断ると、
「だったらヘッドマッサージだな。キモチいいぞ」と、あくまでサービスを諦めない。

だが、好意は好意である。
ありがたく受け取るのが旅人の作法であると信じる僕がバーバーチェアに座ると、何なのかよく分からない液体を頭にぶっかけられて、兄ちゃんが背後から両の指で丹念にマッサージをしてくれる。
なるほど気持ちがいい。コメカミとか目の回り、首筋などももみほぐされ、いつの間にやらパシリの小僧に買いに行かせたチャイまで届き、一体こんな田舎町で何をやっているんだろう・・・と、不思議な気分になるのだった。
施術が終わった兄ちゃんは、もちろん1ルピ―たりとも受け取らない。
それどころか、新聞紙に包まれたウイスキーの瓶をこっそり見せてきて、
「一杯やろうぜ」
なんて囁いてくる。
ドライ・ステ-ツ(禁酒州)であるグジャラートでは、これ違法なのでは・・・と思ったが、そもそも僕は酒を飲まない。
それならと、兄ちゃんは最後にハルバートの町をバイクでひと巡りして「見ろ、駅だ」「ここが市場」「バスステーションだ」などと案内しながら、ホテルまで送り届けてくれた。
一体、何という町だ。夕食後、そんなことを考えつつ夜のハルバードを歩いてアイス屋に立ち寄ったら、お客のおじさんがおごってくれて親指を立てるのだった。

西の都市ラージコート
地元民のタワマン訪問

グジャラート西部の中心都市ラージコートでは、地元のお宅にご招待いただいた。一緒に旅をしていた僕のパートナーが、街の商店主に誘われたのだ。
食品やお菓子や日用品を売っている、インドのどこにでもある小さな店なのだが、ご自宅は立派な高層マンション。20階以上はあるだろうか。
その2階にある部屋にお邪魔すると、20畳くらいはありそうな広々とした明るいリビングに案内された。どかんと並んだ大きなソファ、値の張りそうな置き時計、家族の写真・・・。豊かな暮らしぶりが、うかがえる。
やがて、続々とファミリーがやってきた。商店主の子供たちはそれぞれ出世し、弁護士や地元紙の新聞記者として勤める人もいる。

記者氏は、同業のはしくれである僕に大いに親近感を持ってくれたようで「今、グジャラートに投資をする日本企業がどんどん増えている。日本への関心は高まっているよ」と熱心に話す。
実際、モディ首相の誘致政策もあって、スズキやホンダといった自動車関連産業が既に州内の工業団地に根付き、ユニチャームや王子製紙、日立ハイレルなどの製造業も進出。2010年にはわずか29社だったグジャラートの日系企業の拠点数は、22年には358社を数えるまでになった。
これは、巨大商都ムンバイを抱えるマハーラーシュトラ州、ITビジネスの拠点カルナータカ州やタミルナド州、首都デリー近郊の国際ビジネス拠点グルガオンを持つハリヤナ州に次ぐ数字だ。
記者氏は当然、グジャラート州都のアーメダバードとムンバイを結ぶ高速鉄道の計画も知っていた。
「日本との共同プロジェクトだよね」
政府開発援助(ODA)によって日本の新幹線方式で建設される予定で、日本の鉄道会社も技術提供を行っている。しかし、工事は用地買収の難航やコロナ禍などによって遅々として進まず、開業予定の23年はとうに過ぎてしまった。

「インディアンタイムはフィックスタイムじゃないからね。いつできるのかって? 10年後かも」なんて肩をすくめる。
鷹揚(おうよう)としたインドらしさはありつつも着実に発展はしているようで、ラージコートのような地方都市でも郊外には立派なショッピングモールやタワマンが立ち並ぶエリアがあり、おしゃれなルーフトップレストランで食事を楽しむ家族連れやカップルの姿が見られる。
記者の一家は決して富裕層というわけではないだろう。
いわゆる中間層かと思う。
そんな人々がしっかりした教育を受けて、社会的地位のある仕事に就き、ゆとりのある生活を送るようになっている。そして今、インドではこの層がどんどん厚みを増している

州都アーメダバード
日本人会5倍に増員
州都アーメダバードの中心部には、迷路のような旧市街に人やバイクやオートリキシャがひしめき、いかにもインドといった喧騒があふれているが、やはり郊外に行くほどニュータウンの趣になる。
高層のオフィスビルやマンションが建ち、ハイブランドのテナントがいくつも入るショッピングモールが点在する。広い道路にはバス高速輸送システム(BRT)の専用レーンも設けられ、他の大都市より渋滞もいくらかましな感じだ。19年に開業した地下鉄は2路線が運行し、さらに延伸工事中だ。

14年に発足したアーメダバード日本人会は、日系企業の進出が増えたことから当初の47人から今は250人を超えるまでに拡大した。インド版新幹線が開通すれば、この数はさらに伸びていくだろう。
モディ首相は、その剛腕でグジャラートのみならずインド経済を大きく飛躍させたが、一方ではヒンズー至上主義者でイスラム教徒など国内の宗教的マイノリティーには差別的であるとも言われ、それが政治的な不安要因ともなっている。
しかし、彼が首相であるうちはグジャラートは注目を集めるだろうし、日本にとっても重要な地域としてあるだろう。そう強く感じる旅だった。

室橋 裕和(むろはし・ひろかず)
ジャーナリスト
1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイおよび周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のジャーナリスト、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。
現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に在住。外国人コミュニティーと密接に関わりあいながら取材活動を続けている。「外国人コミュニティーから見る多文化共生の実情や課題」といったテーマで、大学やメディア、トークイベントなどの講演多数。武蔵野大学非常勤講師。新大久保など多国籍タウンの街歩きフィールドワークも行う。
著書に『カレー移民の謎』(集英社新書)、『ルポ新大久保』(角川書店)、『エスニック国道354号線』、(新潮社)『日本の異国』(晶文社)など。

公式サイト https://murohashi.jp/
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