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タイ物価高が暮らし直撃 駐在員もゴルフやめて魚釣り【アジア人は今】

ジャーナリスト
室橋 裕和

1年ぶりのバンコクである。僕はかつて、この街で10年を過ごした。2004年から14年までのことだ。30代をちょうどまるまるタイに捧げたわけだが、それだけ長いこと暮らせたのはタイ人の優しさやテキトーさがつくるおおらかな社会が性に合っていたからだと思う。それに、まだまだ物価が安かったことも大きかった。現地採用の安月給でも、それなりの暮らしができた。しかし、この数年のタイは物価上昇が激しい。僕は日本に本帰国してからも取材やプライベートでよく「渡タイ」しているが、そのたびに「また高くなった……」と感じる。そんな経済状況を、タイ人は、そしてタイに暮らす日本人駐在員はどう思っているのだろうか。

取材協力:Yinyom Online Media
https://www.youtube.com/@YINYOMTRIP


「これで900円か……」
僕はため息をついた。
 
そこらにあるイサーン(タイ東北部)料理の食堂だ。ラープペッ(鴨肉のサラダ)とソムタム(パパイヤのサラダ)、それにカオニャオ(もち米)のイサーン・ゴールデンセットを頼んでみたら、コーラと合わせて200バーツなり。日本円にすると約920円である。
 
僕がタイに住んでいた10年ほど前は、店にもよるがこの内容なら100バーツ前後だったように思う。その当時、1バーツはだいたい2.5~3円だったから、250~300円くらいで食べられたのだ。
 
しかし、この10年ほどでタイの物価は上がり、さらに日本円のレートがガッツリ下がったものだから、そのダブルパンチで「タイは高くなった……」と感じる。

ラープとソムタム、カオニャオのセットで200バーツ=約920円(筆者提供)

街角の屋台でクイッティオ(米麺)をすすって20バーツ、つまり60円で済んだ時代はもう遠い過去。今やどこでも最低50バーツ、下手すると70バーツはする。1バーツが4.5円と驚異の高さだから、225~315円にもなる。われらが大衆的ショッピングモール「ロータス」のフードコートでぶっかけ飯を注文したら、おかず2種盛りで75バーツ(約340円)だった。
 
日本国内で庶民の味方の格安チェーン店を見てみると「丸亀製麺」の釜揚げうどん370円、「富士そば」のもりそば430円、「松屋」の牛めし並盛り460円。タイと日本の物価の差は、ジリジリと詰まってきている。

フードコートのぶっかけ飯は75バーツ=約340円(筆者提供)

街の様相もずいぶんと変わった。地下鉄と高架鉄道(BTS)の路線は複雑に伸び、もう把握しきれない。主要な駅には大型ショッピングモールが併設され、高級さを競う。
 
試しに24年にオープンしたルンピニーの「ワン・バンコク」に行ってみると、やたらにラグジュアリーな空間で、デパ地下には三越が入り、リッツカールトンホテルやタワマンもそびえる。

最新の高級モール「ワン・バンコク」はがらがら。
大企業による長期投資、資産運用の面が強いともいわれる(筆者提供)

和食レストランも数多く、とんかつ屋のメニューを見てみれば、ロースかつ定食が690バーツであった。さらにサービス料とVAT(付加価値税)で17%追加されて計807バーツ、すなわち3630円なり。
 
一方で、10年前から変わっていないものもある。
 
地下鉄駅から定宿までのバイクタクシーは昔のまま20バーツ(約90円)だった。タクシー初乗り35バーツも同様。路上で焼いているムーピン(豚串)もまだ1本5バーツの店があった。
 
タイ人のみんながみんな豊かになっているわけではない、とも感じる。物価高に庶民があえいでいるのは、日本もタイも同様のようだ。

「ワン・バンコク」には三越のデパ地下も。日本より高い品もたくさん(筆者提供)

増える自炊派
出前も減らす

「あらゆる物が値上がりしていますよね」
 
そう語るのは、バンコク在住でサービス業を営む50代の女性レックさん(仮名、以下同)。
 
「食材を買う時は『マクロ』などの大型スーパーで大量に買うんです。親戚の分もまとめて。後で分ければ、3割ほどは安くなるかな。服なども、デパートではなくオンラインだったら10分の1で買えることもあります。もちろんブランド品じゃないですけど。使うのはオンラインショップのShopee(ショッピー)とかTikTok(ティックトック)。出歩かなくていいし、タイ人の性格に合ってますね」
 
食事は自炊が多くなったとレックさんは言うが、同様に外食を控える動きは広がっている。
 
東北部マハーサラカム県在住の40代、事務職の女性ノイさんもその一人だ。
 
「外食はやめました。以前はできあがった総菜を買ってくることも多かったですが、今は自炊するようにしています。それでも野菜などの食材が値上がりしていて、量も減ったと感じています」と話す。
 
タイといえば食事の持ち帰り文化が定着していて、そこらでご飯を買ってきて手軽に済ます人が多かったが、それも変わりつつあるのだろうか。
 
外食の代わりにGrab(グラブ)でデリバリーを頼むスタイルも一般的になっているが「配送代が上がってきたから」と、頻度を減らしているという声も聞かれた。

タイの料理宅配アプリ大手、グラブの配達バイク(右、NNA撮影)

タイの物価高の理由は、日本と似たところがある。
 
グラブで呼んだタクシー運転手が「ナンマン・ペーン・マーク(ガソリンがめっちゃ高いんだよ)」と嘆いていたが、ウクライナ戦争以降のエネルギー価格の急騰が大きな理由の一つだ。電気代や燃料費の値上がりはそのまま家計を直撃し、運送費の値上がりが全て商品に上乗せされていく。
 
さらに両国とも人手不足による賃上げが続き、その人件費が価格に転嫁される。そしてタイも日本もコロナ禍の入国制限が終わってから外国人観光客が大挙して現れ、観光地を中心に飲食、宿泊費などを押し上げている。

ただ、タイのインバウンド需要にとっては大きな存在だった中国人観光客は激減している。
 
今回の滞在でも、それらしき人々を見ることがほとんどなかったように思う。中国経済の冷え込みで、旅行に行くなら海外より国内という中国人が増えているからだとか。一方、日本は円安のため中国人観光客が押し寄せているのがタイとの違いかもしれない。

観光客で混雑する首都バンコク近郊のスワンナプーム国際空港(NNA撮影)

駐在員も節約不可避
外食控えて自宅飲み

バンコクに暮らしていた時によく訪れた場所の一つが、スクンビット通りのソイ(小路)33/1だ。
 
相変わらず日本の店が多いなあ、と思いながら歩く。日本人コミュニティーの中心地と言えるだろう。昔と同じたたずまいの店が残っていて懐かしくなる。知らない店もずいぶんとあって、時間の流れを感じる。

日本人コミュニティーの中心、スクンビットのソイ33/1(筆者提供)

ソイの奥にあるフジスーパーに入った。
 
入り口のラックには日本語のフリーペーパーがあるが、その数は昔より減った。紙媒体や、広告費で成り立つフリーペーパーという業態がこの数年でバンコクでも一気に廃れたのだ。

数多くの駐在員が利用するフジスーパー(筆者提供)

店内は日本のスーパーマーケットそのままで、日本にいるかのような雰囲気……だったはずが、今やお客のかなりの部分がタイ人なのには驚いた。平日の夕方は以前なら駐在員の家族連れでにぎわう時間帯だったが、日本食好きのタイ人の買い物スポットという色合いが濃くなっている。
 
日本食は僕が住んでいた時分からタイ人には人気だった。それにタイ人中間層や富裕層の間では日本旅行が流行し、今ではリピーターが主流になるほどだ。
 
「日本で食べたあの味を」という需要の下、さまざまなジャンルの和食レストランが乱立するバンコクだが、その波は「駐在員の台所」フジスーパーの様相も変えていた。

UFMフジスーパーの公式インスタグラム

そこには、物価高による駐在員の暮らしぶりの変化も背景にありそうだ。
 
「昔に比べると単身赴任の駐在員が増えた印象。それと、そもそも30代で若い独身の駐在員が多いですね」
 
タイ在住25年を超える会社経営のSさんは言う。タイ進出企業もなるべく支出を減らすため、経費がものすごくかかる家族連れではなく、単身で派遣するケースが目立ってきている。
 
かつては、バンコク中心部にそびえ立つ宮殿のごとき高級コンドミニアムで一家そろってリッチな生活……という駐在員像があったが、いまでは製造業の拠点があるバンコク郊外で、ひとり質素に暮らす人も少なくない。
 
他にも駐在員に聞いてみると、いろいろな話が寄せられた。
 
「日本食を食べる時も、値の張るスシローCoCo壱番屋つぼ八に行く回数は抑え、8番らーめんやよい軒などのリーズナブルな店を選ぶ」
 
「日本円の口座で決済されるクレジットカードは使わないようにしている。(円安バーツ高なので)円換算されて引き落とされると、金額が怖い」
 
「週末の外食は控えて、タイスキの具材を買ってきて家飲み」
 
駐在員もサイフのひもは固くなっているようだ。

高層ビルが立ち並ぶバンコク中心部のアソーク(筆者提供)

夜の店減るネオン街
ゴルフやめて魚釣り

バンコクは日本人向けの歓楽街タニヤ通りでも名高いが、久しぶりにネオンの中を歩いてみると、クラブ自体がだいぶ減った印象を受ける。夜遊びの店ではなく、居酒屋や日本食に業態を変えているところもある。
 
若い日本人は女性を侍らす遊びに興味がない人も多いし、会社にも余裕がなくなり、タニヤで経費をガンガン使っていた駐在員は、もう過去の遺物なのかもしれない。
 
駐在員の王道の遊びといえばゴルフもあるが、Sさんによれば「コロナ前に比べてグリーンフィー、キャディーフィーなど3割くらい上がっています。1ラウンドで総額5000バーツ(約2万2500円)くらいは当たり前」とのこと。
 
日本では1~1万5000円程というから、タイの方がずっと高い。
 
「だからゴルフをやめて釣りをする日本人が増えてますよ
 
バンコクからもタイ湾は近いし、日系製造業の拠点シラチャーは海沿いの街。安く手軽なレジャーとして釣りが人気になっているそうだ。

日本人歓楽街タニヤも往年のにぎわいからは遠くなった(筆者提供)

高くても食べるタイ人
「マイペンライ」精神

前述のレックさんは言う。「少し高くなっても食べたいものは食べる。それがタイ人気質かもしれません」
 
そうなのだ。物価が上がっても景気が悪くても、日本人ほどには悲観せず、節約に走り過ぎることなく、消費をするのがタイ人だ。だから極端に経済が落ち込むことはなく、それなりに回っていく。
 
レックさんも「大学生の娘にクルマを買い与えるつもりです。娘は80万バーツ(約360万円)のEV車を欲しがってるけど、20万バーツ(約90万円)の中古車にする予定」なのだとか。
 
Sさんは妻がタイ人だが、3人の子供たちの教育費にはお金を惜しまない。
 
「塾やダンススクールなどの習い事が合わせて毎月2万バーツ(約9万円)かかります」
 
日本に旅行へ行くタイ人は年間100万人を超えている。経済成長が続いているとはいえ、まだまだ日本ほどの所得がない人たちも海外旅行を楽しむ。
 
その反動か、月末になるとクレジットカードのマシンの前にキャッシングの列ができるのは昔と同じだが、ともかく「マイペンライ(なんとかなる、大丈夫)」のお国柄に、大きな変化はないのかもしれないと思わされた。

公共交通網が発達しても渋滞はひどいまま。自家用車の所有率が上がっているからだ(筆者提供)

室橋 裕和(むろはし・ひろかず)
ジャーナリスト
1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイおよび周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のジャーナリスト、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。
現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に在住。外国人コミュニティーと密接に関わりあいながら取材活動を続けている。「外国人コミュニティーから見る多文化共生の実情や課題」といったテーマで、大学やメディア、トークイベントなどの講演多数。武蔵野大学非常勤講師。新大久保など多国籍タウンの街歩きフィールドワークも行う。
著書に『カレー移民の謎』(集英社新書)、『ルポ新大久保』(角川書店)、『エスニック国道354号線』、(新潮社)『日本の異国』(晶文社)など。

筆者提供

公式サイト https://murohashi.jp/
X     https://x.com/muro_asia


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