スピノサウルスの帆は何のためにあった? │ 体温調節や飾り用じゃない「生体的トラス構造説」
はじめに
スピノサウルスは背中の帆が特徴的な史上最大級の肉食恐竜で、映画ジュラシックシリーズにも出演している大人気の恐竜です。
先日、子どもと恐竜のアニメを見ていたときのこと。スピノサウルスが海を泳いでいるシーンがありました。帆を水面から出しながら映画のジョーズのようにスーッと獲物に忍び寄る姿。最近はスピノサウルスは水生だったと考えられているんだよな、と思うと同時に、その描写にふと違和感を覚えました。
『あの大きな帆って水中でめちゃくちゃ水の抵抗になるんじゃないか⋯?』
気になって調べてみると、最新の研究ではスピノサウルスの水生説を疑問視する説や、背中の帆も「体温調整」や「ディスプレイ」のような従来の説ではなく、「支持構造」としての役割があった可能性が示されていることを知りました。
今回はスピノサウルスのその不思議な姿について、構造物との対比や、生活様式や体の構造などから考察してみたいと思います。
第1章:スピノサウルスの復元の変遷
スピノサウルスの姿は、もともとは非常に断片的な化石標本から復元されたものであったため、長い間その全体像は謎に包まれていました。
以下に、その復元像の変遷を簡単に示します。
初期(~1990年代前半)
顔:一般的な獣脚類と同様のティラノサウスっぽい形
体型:背中に帆がある以外は、後ろ脚が長い一般的な肉食恐竜の体型
備考:筆者の子供時代の図鑑の姿はこれ
中期(1990年代後半~2000年代初頭)
顔:ワニに似た細長い顔つきに
体型:まだ一般的な獣脚類体型(やや前傾姿勢に描かれることも)
備考:顔の変化はバリオニクス、スコミムスなど近縁種の発見による。「ジュラシックパーク3」のスピノサウルスはこの復元に基づいている
後期(2014年以降)
顔:完全に細長いワニ顔に
体型:胴長、短足、扁平な尾等の特徴から、半水棲、4足歩行の復元に
備考:2014年にモロッコで発見された新標本により、尾や骨盤、四肢などの形状が判明
※スピノサウルスの復元の変遷は以下のサイトが分かりやすいです。
このように、スピノサウルスは時代とともにその姿を大きく変えてきました。特に2014年の新標本の発見は画期的かつ衝撃的でした。

胴体が長く、後足が短い
扁平な尾を持ち、水中での推進力に使われた可能性
前足は長く発達し、歩行に使われていたかもしれない
2足歩行するにはバランスが悪そうな体型、水中への適用を示唆する特徴により、2014年以降はワニのように水中を泳ぎ回る恐竜としてその姿が描かれるようになりました。
これで一件落着かと思いきや、スピノサウルス一筋縄では行きません。
3Dモデル等を用いた最新の研究によると、
体の浮力が大きくて水中に深く潜れなかった
尾の構造や形状が水中で推進力を生むのに向いていない
目や鼻の位置が、ワニのような水棲適応の高い動物にしては中途半端
といった、従来の水生説を疑問視する説が出てきています。
つまり、スピノサウルスは「水中」を自在に動き回っていたのではなく、「水辺や浅瀬」に立って主食である魚を狙う、水鳥のサギのような狩猟スタイルだった可能性が示されています。
第2章:スピノサウルスの帆は「トラス構造」だった?
次にスピノサウルスの「帆」について考えてみましょう。
スピノサウルス(Spinosaurus)は「棘のあるトカゲ」という意味です。その名の通りスピノサウルスの背中には脊骨の突起(神経棘)が異様に長く伸びた棘状の突起が見られます。
この特徴的な構造は、これまでは「帆」として体温調節やディスプレイのために使われたと考えられてきました。
しかし、近年の研究では、これらの神経棘が体を支えるための構造的な役割を担っていた可能性が指摘されています。
分かりやすい研究例に、バリオニクスとの比較があります。バリオニクスはスピノサウルス科に属するより古い系統の恐竜です。
バリオニクスなどの大型獣脚類の背骨には、腱や靭帯が骨化してできた突起があり、これが脊柱を補強し、力を一点に集中させず分散する役割を果たしていました。
一方、スピノサウルスにはそうした突起はなく、代わりに神経棘そのものが極端に長く伸びており、これによって「トラス構造」のように脊柱全体で力を分散させていた可能性が指摘されています。
現代の建築や機械工学において、大きな荷重や曲げ応力を受ける構造体にはトラス構造がよく用いられます。スピノサウルスは神経棘に腱や靭帯、筋肉を張り巡らせ、柔軟性のある「生体的トラス構造」を実現していたのかもしれません。
トラス構造の例
・トラス橋
山型に並んだ垂直材(縦に走っている部材)は、スピノサウルス神経棘によく似ていませんか?各神経棘の間に腱や靭帯、筋肉が有機的に張り巡らされることにより、斜材のような役割を果たしたかもしれません。

・クレーンのジブ
クレーンは大型(およそ吊り能力80t以上、ジブ長40m以上)になると箱型構造ジブよりもトラス構造ジブが採用される傾向があります。
・一般的な大型獣脚類
体の前後でバランスが取れた姿勢:通常の脊椎構造≒箱型構造ジブ
・スピノサウルス
前重心で背骨に負荷がかかる姿勢:神経棘の発達した脊椎構造≒トラス構造ジブ
という対応関係が見られます。

それは人工物の話であって生物とは関係ないだろう、と思う人もいるかもしれませんが、生物の体にも人工構造物との類似構造は見られます。
・バイソンの背骨
以下はバイソンの骨格標本です。スピノサウルスほどではないですが、背骨の神経棘が長く発達しており、首を支える筋肉や靭帯の付着点として吊り橋の主塔のような構造材的な機能を果たしています。幅広な神経棘の形状的な特徴もスピノサウルスとよく似ています。

第3章:なぜトラス構造が必要だったのか?
しかしながらスピノサウルスほど巨大な支持構造体を持つ生物は他に例がなく、やりすぎにも思えます。
なぜここまでする必要があったのでしょうか?
それにはスピノサウルスの狩猟スタイルが関係していると考えられます。
スピノサウルスは魚食性で、同時代の河川や汽水域などに生息していた大型魚類を主な獲物としていたと考えられています。

当然ですが魚は地面より低い水面下に潜んでいるので、捕らえるに姿勢はできるだけ低く、つまり後ろ脚は短い方が有利です。
また、釣り人が長い釣り竿を使うように、リーチを伸ばしたり、自身の気配を察知されにくくするためには胴体は長い方が有利です。
また、スピノサウルスの前足は大きく発達し、非常に大きな鉤爪も持っていました。ヒグマが鮭を捕らえるときのように、獲物を押さえ込んだり、食べやすいサイズに切り裂いたりする際に役立ったと考えられます。
この便利な前足を最大限活かすためには前足を自由に使える体勢、つまり二足歩行が有効でした。
(実際スピノサウルスの前足は歩行には適していない形状に見えます。)
この胴長短足体型がもたらす片持ち梁状態(前のめり状態)は、腰や背中に大きな負担がかかり、バランスの維持も困難な体勢です。
それでも便利な前足は地面に着かず自由にしておきたい。
そんな無茶な要求に応えるための苦肉の策がトラス構造だったのかもしれません。
スピノサウルスの進化の系列を辿ってみてもその傾向が伺えます。
同じスピノサウルス科でより古い系統のスコミムスを比較対象に、復元骨格図から各部の寸法を計測して比較してみました。
下のグラフはスピノサウルスとスコミムスと対象に、上半身の長さに対する大腿骨の短さ(胴長短足度合い=片持ち梁傾向の強さ)と、神経棘の長さとの関係を示したものです。

横軸:上半身長 ÷ 大腿骨長(値が大きいほど片持ち梁傾向が強い)
縦軸:神経棘長 ÷ 上半身長(棘突起の発達度)
このグラフからは、スピノサウルスはスコミムスに比べて著しく片持ち梁傾向(胴長短足度合い)が強く、同時に神経棘も長く発達していることが読み取れます。これは、「体の支持構造として背骨の棘突起が発達した」という仮説を裏付ける一例と言えるかもしれません。
なお、今回のデータは実測値ではなく、最新論文に基づいた復元図からの簡易的な計算による比較です。そのため精密な検証とは言えませんが、大まかな傾向を捉える目安にはなると考えられます。また、他のスピノサウルス類については正確な復元データが見当たらなかったため検証不可能でした。
スピノサウルスのような「水辺や浅瀬で魚を主食とする大型動物」というジャンルは他に例がなく、その生態を想像するのは困難ですが、例えるなら、サギのように辛抱強く待ち伏せし、ワニのように素早く噛みつき、ヒグマのように鋭い爪で抑え込む、そんな狩猟スタイルだったのかもしれません。
スピノサウルスの進化は、獲物を狙うのに最適な姿勢と機能を維持するため、身体全体にわたる最適化の過程だったのかもしれません。
畑仕事とスピノサウルス まさかの共通点
先日実家の畑でジャガイモ掘りを手伝ったときのこと。
慣れない手つきで鍬を振るっていると、柄が長く先が重い鍬を地面に向けて振り下ろすという状況は、まさにスピノサウルスの片持ち梁体型と捕食動作に重なることにふと気づきました。
重い鍬を持ち上げ、狙った場所に正確に突き立てようとすると、体は自然と中腰の前傾姿勢になり、腰や背中の筋肉に大きな負荷がかかるのを感じました。

スピノサウルスは獲物を待ち伏せる間、上半身を支えたまま長時間静止状態を維持しなければならなかったでしょうから、筋力ではなく構造による支持の必要性は高かったのではないでしょうか。
スピノサウルスの帆がトラス構造という説を初めて目にしたときは半信半疑でしたが、それが「十分あり得る」という感覚に変わる体験でした。(炎天下で汗を流した甲斐がありました。)
おわりに
スピノサウルスの帆は、従来考えられてきたよう体温調節器や視覚的な飾りではなく、重い上半身を支えるための構造物だったのかもしれません。
2本足で立ち水辺から魚を狙うという独特の狩猟スタイルへの適応が、人間が発明したトラス構造と類似の構造を生み出したと考えると非常に感慨深いものがあります。
これまでに何度も驚くような変身を我々に見せてきたスピノサウルス。
これからも新たな発見や研究により、更なる驚きを我々に届けてくれることでしょう。
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使用画像クレジット一覧
1. 記事見出し画像
・ChatGPT(DALL·E)によるAI生成
2.スピノサウルスの骨格
・タイトル:FSAC-KK-11888.jpg
・作者:3blindMies
・出展:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=133051681
・ライセンス:CC-BY 4.0
・改変の有無:無
3.トラス橋
・タイトル:Yodogawa Bridge Pennsylvania (Petit) truss.JPG
・作者:User:手練
・出展:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Carnotaurus_Reconstruction_(2022).png
・ライセンス:パブリックドメイン
・改変の有無:無
4.タワークレーン
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5.バイソンの骨格
・タイトル:Bison skeleton at MAV-USP.jpg
・作者:Museum of Veterinary Anatomy FMVZ USP / Wagner Souza e Silva
・出展:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bison_skeleton_at_MAV-USP.jpg
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5.スピノサウルスと同時代の魚類
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・作者:Artwork by Joschua Knüppe. Article by Jamale Ijouiher.
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6.鍬を使う人
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