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カルノタウルスの前足はなぜあそこまで小さくなったのか?│「淘汰と惰性」の進化の原理

はじめに

カルノタウルスは白亜紀後期の南アメリカに生息していた全長8mほどの大型肉食恐竜です。Carnotaurus(肉食の牛)の名前の意味が示す通り、牛のような頭の2本角がトレードマークの人気の恐竜です。
しかし、カルノタウルスにはもう一つ気になる特徴があります。前足が異常に小さいのです。

本記事ではカルノタウルスの奇妙な前足に焦点を当てて、生物の進化の本質に迫っていきたいと思います。



第1章:カルノタウルスの前足の特徴

早速カルノタウルスの姿を見てみましょう。以下の復元図の前足の部分に注目してみてください。体に対してとても小さく、しかも4本指で、まるで赤ちゃんの手を取ってつけたような違和感があります。一瞬、復元図のパース疑ってしまいそうですが、これが正確な姿です。
その違和感の原因は、①前足の大きさそのものと②指の数に分けられると思います。

カルノタウルスの復元図。初見では目を疑うほどの前足の小ささ。

・前足の大きさ

カルノタウルスの手の小ささが分かりやすくなるように、こちらも前足の小ささには定評のあるティラノサウルスと比較してみましょう。
体の大きさが違うので同じ土俵で比較するために全長に対する前足の長さの比率で考えると、

  • ティラノサウルス:全長=12m, 前足の長さ=0.8m, 前肢/全長比=6.7%

  • カルノタウルス:全長=8m, 前足の長さ=0.25m, 前肢/全長比=3.3%

なんとカルノタウルスは体に対する比率として、ティラノサウルスの約半分の前足の大きさしか無いのです。

・指の数

カルノタウルスの前足の違和感の原因は指の数(4本指)にもあります。
一般的に大型の獣脚類は時代が進み巨大化するにつれて、前足の縮小とともに指の数が減少する、という傾向が見られます。
たとえば、ヘレラサウルス(三畳紀)は5本指(うち2本は退化傾向)、アロサウルス(ジュラ紀)は3本指、ティラノサウルス(白亜紀)は2本指といった具合に。またティラノサウルスの祖先とされる種も3本指だったとされています。
ところがカルノタウルスはその流れに従っていません。前足が比率的にティラノサウルスよりも縮小しているにもかかわらず、指の数は4本のままでした。

・用途は?

カルノタウルスの肩関節の可動域は極端に狭く、肘も曲げることができず、また指は4本あるものの、関節が癒合していてほぼ動かせなかったとされています。
その用途については求愛行動に使われた、体温調節に関わっていたなど、さまざまな仮説が提唱されていますが、いずれも決定的ではなく、すでに用済みになった痕跡器官と見る説が有力です。


第2章:なぜ奇妙な前足になったのか?

カルノタウルスの前足はなぜこのような奇妙な方向に進化したのでしょうか?
前足を縮小しつつも、指の数が維持された理由について順番に考察してみましょう。

・前足が小さくなった理由

カルノタウルスの前足が異様に小さくなった背景として、その狩猟スタイルが考えられます。カルノタウルスの顎は短くて深く、かつ可動性が高い、小型の獲物に素早く噛みついて捕らえるのに適した構造をしていました。
カルノタウルスは進化の過程で、このような前肢を必要としない狩猟スタイルを確立した可能性があります。その結果、必要性を失った前足は急速に縮小していったと考えることができます。

・4本指が維持された理由

先の章で、一般的な大型獣脚類は前足の縮小とともに指の数が減っていく傾向がある、ということに触れました。
これは前足の縮小が進む過程で、指どうしの間で競争原理が働き、必要性の低い指から順に「淘汰された」とも解釈できます。
例えばティラノサウルスは第3指が退化し、2本指だけが残りました。これは残された2本が捕食や把握など何らかの役割を担い続けていたために「淘汰されずに生き残った」と解釈できます。

逆にカルノタウルスの指にはこの競争と淘汰の原理が働かなかったと考えることができます。

ではその理由は何でしょうか?
単純に「発生学上の制約でそうなっていたから(そういうものだった)」と考えることもできますが、それだけでは面白くないのでもう少し進化の合理性の観点から理由を考えてみましょう。

ここでカルノタウルスの前足の縮小が、他の獣脚類よりもかなり急激に進んだと仮定してみましょう。
前足が役に立たないぐらい小さくなったのなら、末端のパーツである指も全てが同時に等しく役に立たなくなったという状況が発生したはずです。その結果、指どうしの間で淘汰競争が起きず、4本指全てが生き残ったと考えることが出来ます。
例えるなら、就職面接でどの応募者も同じ程度の評価だったとき、採用側が誰を採用/不採用とするか決められない、という状況に似ています。


第3章:不要な前足はなぜ残ったのか?

ここでまたしても疑問が湧いてきます。
前足や指がもはや不要なら完全に無くしてしまえばいいのに、なぜ中途半端に残すようなことをしたのでしょうか?
どんなに退化していてもそこに前足がある以上、骨や血管等の組織を維持するためには少なからずエネルギーが必要です。なぜ働きを失った器官に無駄飯を食わせ続ける必要があったのでしょうか?


「進化とは最適化の過程であり、必要のない器官は自然選択により極限まで退化していく。」
⋯そんなふうに考えていた時期が私にもありました。

この考えは間違いではありませんが、一つの観点を欠いています。
それは「既にあったものを無くす」ことにもコストがかかるということです。
生物の体は複雑なシステムのようになっているため、ほんの少しの変更でも、発生の過程の順番、他の器官との連携、遺伝子の変更等、様々に影響する可能性があり、それら全てを見直して再構成するのは非常に大きなコストがかかることなのです。
そのため、多少の無駄や不都合があっても、生存や繁殖に支障がなければそのままにしておく、という惰性的な結果に落ち着くこともよくあるのです。

「本当は変わりたくない。今のままでいたい。」
これが生物の本音で、そこに強力な淘汰圧がかかったときに否が応でも変化を迫られる、というのがより正確な進化の見方です。
カルノタウルスも前足も、淘汰圧(狩りの効率など)と惰性(変化にかかるコスト)のせめぎ合いの結果、あのような形に落ち着いたと考えることができます。

なお、このような惰性の原理によって残されている器官は現在の生き物にもよく見られます。
例えばヘビの脚の骨の痕跡や、クジラの骨盤や後ろ脚の骨の痕跡、人間の尾てい骨もその一例です。


第4章:社会に残る惰性の構造たち│進化と文化のアナロジー

興味深いことに、このような「形骸化していたり、非効率な構造がなんとなく残される」という惰性的な現象は、生物進化に限らず人間社会の中にも多くの例が見られます。例えば、

①ハンコ文化

一昔前、重要な書類ならまだしもとりあえず何でもハンコという文化が根強く定着していたと思います。しかし近年ではコロナ禍という外圧によって一気にその意義が見直され、サインや電子認証技術に置き換えられた(淘汰された)ケースが多く見られるようになりました。

②キーボードのQWERTY配列

キーボードのQWERTY配列も本来はタイプライターの機械的な構造上の都合から生まれた配列で、本当は人間の指にとって効率的な配列ではありません。もっと効率的な配列も考案されてはいますが、人々の慣れや既存のシステムとの互換性といった惰性的な理由により、100年以上前の構造が今日でも採用され続けています。

③物理学上の定義

より大きなスケールの話になりますが、「これは失敗だったのではないか?」と言われている科学・物理学上の定義はよくあり、下に挙げるの3つはその代表例です。
これらは見直した方が理論的に美しかったり合理的なのかもしれませんが、社会や学問体系全体に浸透しすぎていて今更変えられない、そして実用上それほど困らないということでそのままにされています。

  • 電流の向き(+から−):実際の電子の流れとは逆向きに定義されており、物理的直感とずれている。当初は正(+)と考えられていた電子の電荷が、のちに負(ー)であることが判明したことによる。

  • 電子殻の命名(K,L,M,…):最初に発見された電子殻の内側にさらに電子殻が存在する可能性を考慮してアルファベットの「K」から命名したが、結局それより内側に電子殻は無く、その必要は無かった。

  • 円周率(π):自然現象などを記述するときπよりも2π(=τ)の方がよく現れるため、πよりもτの方が本質的ではないか?という考え方がある。最も美しい数式と言われるオイラーの等式:e^iπ+1=0も、τを使うとe^iτ=1とよりシンプルに。

このような人間社会との対比からも、すでにあるものや、構築されている仕組みを変えることが、どれだけ大変なことなのかイメージいただけたのではないでしょうか。


まとめ:惰性のなかにある進化の本質

カルノタウルスの異様に小さな4本指の前足。その理由は、急激な前足の機能喪失と、それに伴い指どうしの競争原理が働かなくなったことにあったと考えられます。そして淘汰圧と惰性の狭間で、あのような奇妙な形に落ち着いたのではないでしょうか。

進化とは単なる最適化の結果ではありません。
惰性と淘汰圧のせめぎ合いのなかで、変化するものと変わらないものが取捨選択されていく──それが進化の本質です。
そう理解すると、奇妙に思えたカルノタウルスの姿にも、不思議と親しみが湧いてきます。


惰性は自然の摂理であり、私たち人間にとっても例外ではありません。
始めたことを継続できない、挑戦したいのに動き出せない──そうしたことは個人の資質云々の前に、自然の原理であり、抗うことが難しいのは当然なのです。
別の言い方をすると、今とりあえず生きていられるなら下手に動かずそのままでいよう、という強力な本能が働いているのです。

自然界で惰性を打ち破って進化を起こすには、外部からの強力な淘汰圧と気の遠くなるような時間が必要です。
しかし人間には知性という武器があります。意思と工夫によって、自らを少しずつですが着実に変えることができる存在であると信じたいです。


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■カルノタウルスのリアルなフィギュア。前足が少し大きめな気もしますが、質感やクオリティが高くて気に入っています。カルノ好きにおすすめです。


使用画像クレジット一覧

1.記事見出し画像
・ChatGPT(DALL·E)によるAI生成

2.カルノタウルスの復元図
・タイトル:Carnotaurus Reconstruction (2022).png
・作者:Fred Wierum
・出展:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Carnotaurus_Reconstruction_(2022).png

・ライセンス:CC SA 4.0
・改変の有無:無

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