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コーチングスクールの旅が完了 コーチング出来ない相手

あたたかいクライアントさんと出会うを実験中のなほです。

毎日楽しいが向こうからやって来るし、もっと楽しいを私にさせちゃう。

楽しくすぐに幸せになっていいよって私が私をぎゅってする。

先月、コーチングスクールを修了した。
こんなに毎日書いている私が閉じて意味を持たせたり、言葉にすることで完了させていなかったのは、完了していなかったから。

ぎゅうぎゅう感があって、じっくりと向き合う余裕がなかったのも事実だけど、どこかでこのことが引っかかっていたのだと思う。

内的な意味で完了していなかった。

昨日、同期のみんなと名古屋で会いました!関西のみんなとは会ったことがあって、東京圏のみんなとはリアルで初めて会った。

私の内的な旅の完了について、語る。
授業の中で閉じた記録は、こちら(希望あふれる側面)。

コーチング出来ない、そのこと自体も課題ではあったけれど、私の人生で繰り返される困難さと向き合ったプロセスでもある。


私はこの人にコーチング出来ない

私は、コーチングを出来ないと思う相手に初めてクラスで出会いました。

コーチにも相性があるし、完全な人間ではないので、扱えないテーマがあったりする。

それは大前提にあるんだけど、「出来ない」を明確に感じた。

私の中の見たくない私を相手に投影していたから。
なのに、授業内の練習も授業の間で組まれている練習も当たる確率が多すぎた。

初日から、私は相手に対して印象が良くなくて、なんとかその認識を修正しようとしていた。

私とあなたは大事にしているものが違うだけ。
だけど、おそらくそれは出来ていなくて、コーチングをするとなった時に私がぐらぐらする感覚になった。

コーチング以前に、コミュニケーションがとれないと感じた。理解力は高い方だと思っている私が、相手の言っていることが分からない。
日本語としては分かるのに、どうしたら良いのか私が私でいられない。ぐらぐらする。

コーチは本質的なことさえ掴めていれば、クライアントの話を全部理解しなくて良い。

頭でそう分かっても困っていて、まともにコーチング出来なかった。
けれど、誠実にフィードバックしてもらった。

相手は何も悪くない。私の問題だ。

その後にまた練習する機会があり、分からないなら聞いてみようをすると決めて、臨んだ。
ぐらぐらしちゃうは分かっていたから、分かろうとした。

だけど、確認したいにそれは傾いていて、前よりは進んだ感があったけど、的確にそれもフィードバックしてもらった。
コーチの私のための質問が多いよ。

やはり誠実にフィードバックしてもらっている。

完全に壁と感じていて、困っていた。

中間振り返りで、「次々と壁が現れるんです」と語ったのだけど、半分以上がその相手の存在でした。

全力で向き合う

この投影(相手の中に私を見ること)、私は繰り返していると理解していた。だから、その時に向き合うを選択した。

いつも怖いな、威圧的だなと感じる人と仕事をしなければならないが起きていた。

クラス外の人と3人で組む練習に私は少なくとも2回はこれに関連したテーマを持ち込んだ。

メンターコーチに相談した。
見たくない私を相手に投影していると思うことを伝えていて、1人では向き合うには限界があるというようなこと、コーチとしての切り替えについてアドバイスをもらった。

プロコーチにクラスにコーチング出来ない相手がいると、相談した。

マイコーチとのセッションでテーマとして持ち込んだ。

マイコーチとのセッションで、見たくない私を掴んだ。
人より優位に立ちたい私、人を見下す私。
そんな私は、看護師的にもいちゃダメで認められていなかった。
患者さんを見下してるのか、って話になる。
こんなに対等でいたいって言ってる私がいるのに。

だけど、その私がいるから何も肩書きのないほんとはあんまり価値がない私がバレないように、周りからの評価を得ていた。

出来る私でいたら、出来ない私は隠せる。

見たくない私を相手にコーチングしてもらう

マイコーチとのセッションの後に、テーマを設定されている練習があった。

その見たくない私を扱うテーマだったので、投影していた相手にコーチングしてもらった。

もちろん、この見たくない私をあなたに投影していたとはその時は話していない。
過去にも起きていたから、そこで出会った私だと伝えてコーチングしてもらった。

私にとっては、意味のあることだった。

コーチング出来るの及第点

授業での練習ペアは、誰と当たるか分からないけど、これはもうセレンディピティで当たりました。

そんな流れがあって、コーチング出来るになれたと思う。

私の成長をフィードバックしてもらった。
私のスキル的に強みな所を扱うテーマだったのも追い風で、出来たと思う。

この物語に名前をつけるなら?

この問いにスクールの旅の終わりに出会った。
思い浮かんだのは、『あなた(相手の名前)と私』。

『私とあなた』ではない。相手の名前が先。

そのくらい、大きなインパクトがあった。

この旅を伝えることで完了させる

本当に相手には関係のない話なんだけど、私の内的な旅を完了させるために、聞いてもらった。

ただただ感謝です!ありがとう。

困っていて、苦手と感じていて、コーチング出来ないと思っていたこと、このプロセスを聞いてもらった。

完了できた。

私1人ではここまで歩いてこれなくて、周りに助けてもらってここまで来れた!

何よりあなたがいたから、私はこのジャーニーを歩くことが出来ました!

初めてリアルで会って話せたことで、人となりにふれさせてもらったので、今は苦手も怖いもありません。

ありがとう。私はあなたが好きです。

まとめ

すべての人にコーチング出来るにならなくて良い。
だけど、私のこの旅においてそれは1つの側面でしかなくて、そこには私の人生において脅かすような人が現れると感じることに結びついていた。

それと向き合ったことで、私の全体性の一部は回復された。

私がこれからの人生を明るく歩けるに近づいた。

見下す私は、明らかに上下関係のある、私が引っ張っていく場で活躍させる。
そして、冷静に周りの評価を拾ってきてくれるので、外の世界との橋渡しのようなものとして活用することにした。

とってもクールなキャラだったんだよね。

人間関係でもやもやしちゃうがあれば、コーチングという場でお話ししてみませんか?

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これからも私の「コーチングの旅」について書いていくので、フォローして楽しみにしていて下さいね。

読んで頂き、ありがとうございました!

以下は私の備忘録。noteに書いてるこの旅のかけらたち。


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