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コーチングできない相手 苦手な人はいる?

コーチングの学びとクライアントさんと出会うの両立を実験中のなほです。
毎日楽しいが向こうからやって来るけど、自分でも作ります!

苦手な人はいますか?
なんとなく苦手だったり、苦手なタイプは?

私には、「苦手な人」がいます。
普段のコミュニケーションにおいてもコーチングにおいても共通しています。

自覚しているだけまだましなのかも?
相手が悪いというのではなく、私が何かを相手に投影しているから苦手になっているのでは?と思っています。

5ヶ月前のnoteにも同じこと(苦手を感じる人がいる)にふれていて、目上の人が苦手、特に年上•男性という属性の人が苦手です。

苦手な人がいても良いと思っています。

ただ何度も出会うことと、今気づいたのではなくてつながっていて向き合うタイミングだと感じるので考えます。

対等でいたいへのこだわり、怖いと感じる、自分を守るために甘える、上司に当たる人物との重なり、父親の不在について振り返りました。
さらに、人より優位なポジションをとりたかったり劣等感を感じたくないがありそうでした。


コーチングするのが難しい相手との実際(私から見えた景色)

私が難しいと思った時点で、難しくしているのだと思います。
難しいということ自体がもう判断しています。コーチングのあり方でいくと、その判断自体も脇に置くことが大事です。

そして、相手の問題ではなく私の問題だ、というのも理解しているつもりです。

今回難しいなと感じている人は、男性です。
何度か練習する機会があったのですが、私が私でいるのが難しかったと思いました。

今考えると、余裕がなかった、と言えるし、私の安全があまり保てていなかったのだと思います。
コーチングマインドを持っている人だと頭では分かっても難しい。

まず、初回の練習の前に私はすでに印象として苦手がありました。

まっさらな状態、フラットにセッションに臨むのが大事たけど、それが出来ていない。

何が苦手か。
威圧感みたいなものを感じていたからだと思います。
実際に威圧的な態度を受けたのではなくて、正確には自由だと私には映るようなことがありました。私と価値観が違うだけです。

そして、コーチングをしてみたら話が通じないが起きました。
これも私の主観ですが、コーチングの前に意思疎通として私は相手の言っていることが理解できない。日本語だけど、何を言いたいのかが分からない。

私は、自分が相手の言っていることを理解する力は高いと思っていたので、分かんないが起きるだけで、どうしたら良いの?って困りました。
結局、分からないままに進めるというか、何を聞いたら良いのか分からないから成立していなかったと思います。
そして、私の言っていることも伝わらないが起きていたと思います。伝わってないから聞き返されている。

コーチングどころの話ではない。
そもそも意志疎通が難しいと思いました。
内容が私とは遠いと感じたもあると思います。そして、抽象的で言葉の定義が私と相手では違ったのだと思います。

この時に、私は振り返りをしていて
分からないならちゃんと分からないので教えて下さいって言って、まず理解する所からだ、と書いています。あまりにも分からなさ過ぎたからです。

ここで大事なのが、相手は全然出来ない私に対してあたたかく接してくれたことです。
迷惑をかけたと思うのですが、大人な対応をしてくれました。
だから、私の捉え方に問題があると思います。

コーチングでは、全てをちゃんと理解しなくて良い。自分の知らないジャンルの話をきいて、分からないや知らないが起きることはあるし、要点を理解できればコーチングは出来ます。

コンサル寄りになる

そんな感じで、全然コーチング出来ないを感じた後、再び練習する機会がありました。
やっぱり難しくて、解決するには?にめちゃくちゃ寄った話になりました。

分からないなと思ったので、その分からないをスルーしないで理解しようとはしましたが(分からないのに分かっている風にはしないし、分かろうとしようと出来たのは褒める)、私が理解したいなので、いわゆる情報収集になっていました。
これ、ある程度の所で止めておかないと、コーチが主体の場になります。
情報収集しがちは、私の傾向なので注意していましたが、分からないが多過ぎたし、不安だから情報をとりにいったのだと思います。

そして、難しく感じていて困っていて、それが出ていました。
コーチが困っている戸惑っているを出してしまうのも好ましい状態ではないと思います。

対等ではないし、言いたいことが分からないし、何を求めているのかも分からない。分かろうとはしたけど、共有は出来ていなかったのでは?と思います。
そして、私の思い込みが、相手は論理的に考えることが得意で、感情を扱うのは嫌なのでは?みたいなことがありました。その思い込みがあるからコンサル寄りになっちゃったのだと思います。
何よりも、相手は私よりもコーチングが出来る人だって思っているのも影響していると思います。
書いてみて思うのは、劣等感を感じるからイヤなのかな?と思います。対等でありたいではなくて、私は相手より優位に立ちたいのか?

相手は心を開いてくれているけれど、私が心を開けない。
パートナーシップ(信頼関係)も作れていないからだ、と思います。

練習でそういう機会を経験できる(ぶち当たる)ことはありがたいことだと思いますが、やっぱりへこみます。

この時も超具体のアドバイスをもらっていて、やっぱり私の問題だと思いました。
相手の態度に問題はないし、親切にしてもらっている。私が難しいものにしている。

対等でいられない

目上の人や年上•男性という属性の人が苦手なのは、対等にいられないからだ、と分析したことがあります。
そして、私は対等であることにこだわっています。
特に大事だと思う人、仲間のような人との関係が対等じゃなくなるかも、に私はすごく抵抗感があります。

自分が庇護される対象になることが、私は居心地が悪くて抵抗したくなるというのが分かった経験があります。
それは、自立することが良いことだと思っているので、ただ守られる存在になることがイヤなんだなーと、その時は思いました。
「私は1人で立てます。私もあなたを支えます。」みたいなことです。
素直に「ありがとう。守って下さい。」とならない。

頼って良いよって状況もイヤだってなっていて、受け入れられないがありました。その時は関係が変わってしまうことを恐れていて、根底には私が相手を信じきれていないがありました。

怖いと感じるから

単純に私にとって怖い存在だ、と感じるからというのもあります。
目上の人が怖い人ばかりではないし、年上•男性という人も同様です。
けれど自分から近づくというのはあまりしてきませんでした。
やはり怖いという気持ちがあるからだと思います。

この怖いと関連して見えたことは、甘えたい私が出やすいということです。
怖いのに甘えるって結びつかないかもしれませんが、結びつきます。

甘えた態度になるを考えた時に思い当たったのが、怖いが根っこにあることです。無意識に甘えた態度を取っていたと気づいたことがありました。
甘えた態度で対応することで、私はあなたに害をなす存在ではありません。というメッセージを私は相手に伝えていて、立場が下ですよ、と言っている。

だから、あなたも私を傷つけないで。

になります。
怖いから、自分を守るために最初から対等にあることが難しいなら、その立場を放棄して甘えているのでは?と思いました。
最初から甘えた態度が出やすいに気づいてからは、目上の人と接する時はそういう態度が出ないように気をつけています。

対等にいられないと思うからなのか、めちゃくちゃ甘えたいと思っているけれど出来ないと思っているからなのか、両方なのか。

そして、単純に甘えやすい相手だから。
これもあると思います。頼ること、甘えることが苦手に感じています。
そんな私にとって甘えやすい相手というのが、目上の人であり、年上•男性という属性の人だと思います。

職業的な影響

これは、当たっているのか分からないなーと思うのですが、働いていた時(看護師おやすみ中です)に私がストレスを感じていた相手というのが、年上•男性という属性の医師でした。

男性の医師の割合の方が多いし、指示系統が、医師の指示を看護師の私が受けるのでパワーバランスがもともと存在する状態です。
対等ではない。

必ずしも指示を受けるだけではなくチームで協力して仕事をしています。

けれど、精神的に参っていた時期があってそれは1人の苦手な先生がいたからでした。
いつもカリカリしていて、機嫌が良くない。手術が終わるまでその場を離れられないし(オペナースでした)、怖いから余計に私は頭が真っ白になってテンパるみたいなことが起きていました。
手術室って窓がなくて閉鎖空間で、逃げ場がありません。始まったら終わるまで同じメンバーで基本的には行います。

手術自体が難しい手技の手術で苦手な診療科だったし、私にも助手の先生にも怒りをぶつけていたので、しんどい時間でした。受け流せたら良かったのですが、受け流せませんでした。

トラウマとまでは思っていないけれど、ストレスレベルとしてはかなり高くて、当時は朝ごはんあんまり食べられないなー、吐きそうだなー、夜ちゃんと寝られないなー、酸素薄いなー、動悸がするなーみたいな身体症状はありました笑

この先生以外にも、威圧感のある医師というのは存在していたし、そういう感じは年上•男性という属性の医師が多かったと思います。
なので、チームの皆で患者さんの治療をしようって言ってくれる先生を私は心から尊敬しています。

父親の実質的な不在

これも関係するのかな?って本を読んだ時にちらっと考えました。
父親はいたのですが、家庭内では影が薄くて優しい父親だった、みたいに美化されていて、子どもが育つ中での父親の役割みたいなことはあまり果たされていなかったのでは?と思います。
年上•男性という属性は、父親に該当するなとは思っていて、けれど苦手とどう結びつくかまでは分かっていません。

父親が厳しかったから、年上•男性が苦手になるなら話は分かりやすいのですが、私は厳しかったという印象はまったくありません。

甘えたい対象としての父親があったけど、甘えられなかったは、あると思っていて、それは母親に対しても同様に甘えられなかったとは思います。
なので、父親の影が薄いことと、今苦手と感じる人との間に関係があるのかは、やっぱり分かりません。

劣等感を感じたくない

ここまで書いてみて、一番引っ掛かったのが劣等感です。

対等にありたい、怖い、甘えたい、仕事のストレス、父親の不在については考えたことがあって、劣等感は初めて思い当たったからです。

守られるだけの存在になるのがイヤなのも、自立心だけではなく自分が弱い人間だって認めるのがイヤなのかな?と思いました。

劣等感を抱えているから、自分より優秀に見える人と対面するのが苦手というか、拒否したいのかも。
論理立てて考えられるのは、私の長所だと思っているから、それが私よりも優れているって感じるから、イヤなのかもしれない。
まあまあ当たってそうな感覚。

さらに、対等にありたいってめちゃくちゃ私は言っているのだけど、本音は人の上に立ちたいのかもしれない。
黒い感情だと、私は人を見下しているのかな?と思いました。人より優位なポジションを常にとりたいのかもなーって思いました。

まあまあ闇だなーって感じます。

本当は全然自信がないからその私を脅かされないようにするため、気づかれないようにするための手段が、自分が優位なポジションを取りたいなのかな?と推測します。

推測だけど、ほんとっぽく思えます。

だから、自分が優位なポジションを取れない相手が苦手になる。

年上•男性でも苦手にならない時

これもあります。
明らかに苦手だなと思いながら私はスタートしているのですが、それが取り払われた場合です。

何回かあって、共通しているのは相手から歩み寄ってもらったということが大きいと思います。
歩み寄ってもらった結果、怖くないって分かると心を開けるとなりました。
目上の人、年上•男性という人は、私よりも人生経験があるので歩み寄ってもらえたのだと思います。

苦手だ、甘えた態度を出さないようにしようって気を張っていて、怖いも思い込みだけど確実に持っている。
だから、私から近づくことが厳しいです。

なので、相手から歩み寄ってもらえない場合、私も自分から距離を詰められないので全然関係が作られていきません。

実際、お互い話しかけないので、初対面から距離がまったく変わらなかったことがあります。
それは、仕事においてで、相手は年配の医師でした。業務上必要なことは話しますが、それ以外のコミュニケーションがなかったので、距離は遠かったです。
仕事なので必要以上に距離を詰めることはしなくても良いのですが、手術は密なコミュニケーションが必要です。それを考えると、私から近づく努力は必要だったと思います。
多分、名前すら認識されていなかったのでは?と思います。

まとめ

今回、コーチングが難しいってなったのは、それ以前の所ですでにつまずいたままにコーチングしようとしたから、というのが分かりました。

関係を作ろうよって言えないし、不安も出せない。そして、パートナーシップ(信頼関係)を作ろうとしていなかったからだと思います。
さらに、私の劣等感を刺激するようなタイプだったから、という仮説が立ちました。

相手の方が優秀だと思っているから対等な立場には立てないし、それを横に置いてフラットにみることも出来ない。
だからと言って、開き直るではないけれど、自分の出来なさを認めて自分の今出来ることをやろうとも出来ない。
怖いって思っているから自分を出せない。
怖いし、出来ない自分を見られたくない。

結果的には、ぼろぼろの私がいたのだけど…汗

見たくない私を見たように思います。
劣等感を抱えているは、そもそも自尊感情が低いのは分かっているのでつながります。

けれど、人より優位なポジションに立ちたい、人を見下している私については見ないようにしてきたと思うので、自分を守るためにそうしているのだとは思うけど、向き合わないといけないんだろうなぁって思いました。

1人で考えたにしては、深く考えられたと思います。

どんなクライアントさんにもコーチング出来るよ!
に必ずしもならなくて良いと思います。

けれど、その前に私という人間の内面で起きていること、何があるのかについて向き合うことは大事だと思います。
私がこれから生きていく上でも、人と関わる上でも大事だし、その土台が育ってこそコーチとしても成長出来ると思うからです。

私の現在地…。

ここから何を学ぶ?どうやってこの私と向き合う?
克服したいとは思っていなくて、乗り越えるもちょっと違います。

へこんでいたけれど書いて整理したことで、少しは何が起きているのか見えた感じがして、元気になりました!!

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アドバイスがあれば、教えて下さいね。

これからも私の「コーチングの学び」について深掘りしていくので、フォローして楽しみにしていて下さいね。

読んで頂き、ありがとうございました!


💡4/8追記

このままにしておくことは出来ず、自分で一旦考えたら、周りに相談だ。
自分で考えるをまずやった、そして1人で考えるには限界あるし、しんどそうだ、が分かりました。

ということで、①先輩コーチに相談する、②メンターコーチに尋ねてみる、③コーチングテーマに持ってくる、④練習会で相談をすることで、向き合うことをし始めました。

これ、暗い所につながっている話なので見たくない私を統合しようとすると相手を選ぶし、タイミングもちゃんとはからないといけない。

人は出会いたいタイミングで出会いたい私に出会う。

投影している私はどんな私か
これについてちょっと分かったのは、高校生くらいからはいたということ。そして今までは視界に入れないようにしていて、ちょっと頭を動かしてみた時に視界の端に入ってくる。そんな感じで、「初めて目が合いましたね」という感じで出会いました。横目でチラッと見る感じです。

前からいたけれど、私が見たくなかったからあえて視界に入れないようにしていた。

人っぽい感じがちょっとまだなくて、黒くて小さい。
これ、人っぽくなるのかな?人っぽくないサブパーソナリティに出会ったことはあるけれど、けっこう特殊な状態って私は思っていて、まだ会うタイミングじゃないのか?それとも私が向き合いたくなさ過ぎるからちゃんとした姿がないのか。

そして何かを訴えてきたり、私を脅かすような感じもない。言葉としては何も言ってこない。

ただ、オーラというかネガティブな煙みたいな質感のものを出していて、視界に入っていなくても存在を感じる。そんな感じでした。

そこにいるってことを私が視界に入れないようにしていた時は、感じていなかったけれど、「目が合いましたね」の瞬間から、多分存在を私は知覚したので、もう見ないことには出来ないし、視界に入っていなくても存在感は伝わってくる。

今まで会ってきた私ってけっこう怖かったり、侵食してくる、抵抗できないってなることが多かったけれど、そういう怖さはないけれど、何かドロッとしているというか、まだよく分からない感じだけど、存在感があります。
そこにいる感がめちゃくちゃします。

直接何かをしてくる感じはないけれど、そこにいる。

そして、私はどうしたいのか?についてもちょっと分かったことがありました。

「克服したいも、乗り越えたいもちょっと違う。」と書いていたけれど
私がしたいのは、成長。
これ、ここにつながるんか~っていう腹落ち感があって、私らしいって思います。今の学びの途中でこれを経験してる。なら、その学びから私は成長を持ち帰りたい。

さらに、
「どんなクライアントさんにもコーチング出来るよ!に必ずしもならなくて良いと思います。」

と私は書いているのですが、やっぱり私はこの相手に対してコーチング出来るようになりたいのが本音だと気づかせてもらいました。

ただ、努力して出来るになりたいではなくて、流れに任せたいと思っている。今の状態を受け容れたいって私はコーチングセッションで話していました。

能動的に努力して克服に近い形で出来るになりたいではない。

苦手な相手だと分かっているなら、無理にそこにエネルギーをかけないで、諦める。継続して受けてもらうという未来があるなら全然アプローチは異なるけれど、そういう未来はありません。

だったら、自分にとっての目的をクリアにして、その目的に照らして行動するのが良いでのは?のアドバイスをもらいました。
それはそれで1つ、とても建設的なアドバイスでした。

①見たくない私を投影している、②苦手な属性を持っている、③話していることが理解できない、など苦手の中身がいくつかあって、それが重なっているから対等になれないし、私の安全があまり保てない。

理解したいを捨てる、見たくない私を投影していると気づいたなら、私と相手は違う人間だ、が分かったので、それも捨てる。
この2つを捨てるというか脇に置きたいって話していて、
コーチから「出来そうですか?」って聞かれると、「分からない」と答えました。
多分、「捨てる」って表現をしているので、けっこう難しいって思っているから、「最終手段として捨てたい」だろうなって思いました。
捨てる位の覚悟というか気合いがないと、コーチとして対等にあることが出来ないと思ってそうです。

具体的な小さな一歩についても考えたのですが、その時に私が出したのが、相手に「苦手を感じている」を伝えるということ。自己開示するということです。これ、相手も私が困っているというのは察してるので、難しいんだろうなっていうのは感じていると思います。
なので、苦手だと思っているを伝えてもそこまで傷つけたりは起きないと思いますが、私はそれを本当に出来るのか、したいのかっていうと、ちょっと今の怖いっていうのがある状態では、厳しいのかもなって思います。

そして、流れに任せたいの私がいるしね。
「努力せずに成長出来るのか」、っていう声もあるのだけど、
しんどい、痛いに自分から近づくような努力ではなく、安心できる形の努力を探る。

とりあえず記録として書いておく。

▼4/12追記 苦手な人と自分から関係を作るについてのコーチングクライアント体験

💡4/14追記
「私を投影している」が分かったからか、話す機会があったのですが、フラットにというか純粋に好奇心を持って話を聞けました✨
私、冷静にというか落ち着いて話せたよ~、と思います。
やっぱり何が起きているの?が分かるだけでもだいぶ違うのかも、と思いました。

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