今日のジャズ: 3月、1995年@オスロ “Oceans In The Sky”by Steve Kuhn
March 1995 “Oceans In The Sky”
By Steve Kuhn, David Finck & Joey Barron
At Rainbow Studio, Oslo for ECM (Remembering Tomorrow)
3月13日に紹介したブラッドメルドーの作品と同時期に収録された、個人的にECM録音の極みの一つでは無いかと思っているのが本作のピアノトリオ作品。ECM録音が多数ある、ほぼその本拠地と言って良いノルウェーのオスロ録音。
ピアノのスティーブキューンの演奏をマンハッタンで観に行った際に、たまたま隣に座ったフランス人夫婦と会話が弾んで住所を交換して東京に戻って来たら、そのご夫婦からCDが送られて来た、その内の一枚が本作でした。耳にして即、愛聴版になったのでここで紹介します。
北欧の春に向かうやや肌寒い3月の澄み切った空気感が特徴で、それを活かした繊細で透明感のある録音が、このアルバムジャケットの写真のような陰影感を帯びた雰囲気と共に収められています。中音でゴリゴリと東海岸の湿度ある空気感のブルーノート、フラットでカラッとした空気感で聴かせるコンテンポラリーに対して、静粛した環境の中で水滴がポトリと落ちた際に響き渡る水飛沫を繊細に捉えるような録音がECMの特徴です。
ブルーノートの後に聴いても、コンテンポラリーの後に聴いても、一貫して、透き通った静けさの中で動のコントラストが効いているのがECM。冒頭のドスの効いた木の鳴りと弦を弾く音がリアルなデビッドフィンクによる迫力のあるベース、一つ間違えたら割れてしまうようなガラスを絶妙なタッチで叩くような耽美なシンバルワークのジョーイバロンのドラムの捉え方を聴くと、1969年に創設されたECMの特徴が時を重ねると共に磨きが掛かっている事が分かります。
この演奏は、3月14日に取り上げたチックコリアによるトリオの進化系のスタイルで、三者がガッツリと緊張感を保って全力疾走しています。
録音はドラムの定位が明確で、その中央の位置を軸にして観客視点でステレオ録音されています。つまり、ドラムに対して正面を向いて左側中部にドラマーがフォービートを右手で「チンチキーン」とリズムキープするライドシンバル、右側にアクセントを「カシカシ」や「シャーッ」と入れるハイハット、同じく右寄りに「タカタカ」と効果的に鳴るスネアといった配置で、時折「ガシーン」と響くクラッシュシンバルが右上、「クワッシャン」と鳴るスウィッシュシンバルが左上に、「ドコドコ」と中域を埋めるタムタムが中央寄りの右と左に分離されています。ドラムソロのパートで右左中央と下のバスドラムが滑らかに繋がって、水飛沫が立つようなドラムのダイナミックな鳴りが、特に2分28秒以降と3分52秒以降のドラムソロで味わえます。
奥行きも含めて立体的にドラムが捉えられている点において、オーディオの再現力の真価が問われるし、再現出来たら非常に愉しみ甲斐がある作品と言えます。この立体感と皮膚で感じる音や音圧は残念ながらイヤホンやヘッドホンでは味わえない、スピーカーならではの鑑賞の醍醐味。鑑賞環境によっては、そこそこ大きな音を出さないと、これらは浮き彫りにならないかもしれません。
この録音を通してドラマーが右手左手を縦横無尽に駆使して時には交差しながら、細心の注意を払いつつ、音の強弱等で濁音と清音を両輪とし、巧みに使いこなして忙しく無心にドラムを叩いて演奏に貢献する姿が想像出来るリアル感が収められています。
では、ECMが環境の異なるアメリカの東海岸で録音するとどうなるのか。それは1月11-12日に取り上げたキースジャレットのトリオ演奏で確認できます。何故かというと、12年の時は経ているものの、共に録音技師がECMで700枚ものレコーディングに携わったというヤンエリックコングスハウクだからです。その相性の良い録音技師を起用し続けたECMレーベルの音に対する一貫した意図が両アルバムから感じ取れます。オスロとニューヨークのスタジオや空気感、時代の違いが、演奏の雰囲気から感じ取れますでしょうか。
本作がオスロ録音の背景には、コングスハウクが自ら立ち上げたスタジオがあるからで、解像度とSN比の高さが特徴です。SN比とオーディオ的に使うこの言葉が解り辛いのですが、Sは”Signal”でNが”Noise”を表していて、その数値が高いと雑音の影響が少ないことになります。この録音、SN比を意識して改めて聴いてみると、どうでしょうか。静けさと透明感の源泉であることが分かります。このスタジオでは、ECMの数ある名盤が生まれているので、追々紹介していきます。
アルバム名は”Remembering Tomorrow”、曲名は”Oceans In The Sky”と、共に矛盾するテーマに沿って回想しつつ模索するような演奏です。似たような題名で言うとキースジャレットの”Memories of Tomorrow”という名曲もありましたね(ケルンコンサートの”Part IIc”)
ドラマーのバロンは本作直前にデビッドボウイの隠れた最高傑作とも言われるアルバム『アウトサイド』に参加。「一糸乱れなさは、メトロノームが震え上がるほど」とバロンをボウイが評したそう。

九十年代にロックが行き過ぎた電化音楽の反動で、「アンプラグド」が席巻したように、ジャズもアコースティックに原点回帰しています。たぶん、皆、人工的なデジタル音で耳が疲れていたのかもしれません。
因みに、前述の1983年1月11-12日収録演奏と同じマンハッタンのパワーステーションスタジオで、同時期にデビッドボウイが名盤”Let’s Dance”アルバムを録音していたそうです。
デビッドボウイの”Let’s Dance”は、こちらからどうぞ。ECMとは、こういった形ですれ違ってまた、その後にボウイがECMつながりのバロンに巡り会うのも何かの縁のように感じます。因みに、”Let’s Dance”でドラムを叩いているのは、ジャズミュージシャンで、スティングのアルバムにも登場しているオマーハキムです。
キューンの作品に話を戻すと、別演奏の映像があるので、ご興味のある方はご覧ください。ベースが本作と入れ替わっていますが、キューンとバロンは同じ。バロンの繊細且つ大胆なドラミングに注目です。先ず冒頭の音源を目を閉じて聴いて、音だけでドラマーの叩く姿を想像してから、この映像をご覧になると一層楽しめます。
最後に、キューンの”Oceans In The Sky”については別バージョンの名盤があります。その紹介はこちらからどうぞ。本作はアメリカ人トリオ、別バージョンのベースとドラムは欧州人でパリ録音。趣が若干異なりますが、共に一貫したキューンの音の美の探求を堪能できます。
