私が凡人だからこそ気付いた音楽の真実(第一章)~挑戦と挫折~
まず、初めに重要なお知らせです。
記事<音楽は果たして「エンタメ」として考えて良いのか?>のタイトルを変更させて頂きます。
新しい記事タイトルは<「音楽」は果たして「エンタメ」なのか?~「アート」がなぜ「まなび」に?>と致します。
タイトル変更の理由は、この問題を継続して提起したいからです。ご了承頂きます様お願い申し上げます。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【記事本文】
私が凡人だからこそ気付いた音楽の真実について記載したいと思います。
私は日本大学芸術学部のピアノ科を首席で卒業し、名誉ある「読売新人演奏会」にも出演しました。
周囲の目には、プロの演奏家としてこれ以上ないほど華やかで、順調なスタートを切ったように映っていたと思います。
しかし、現実はそう甘くは無かったのです。
一見順調に見えるその足元で、私はプロとして生き抜くために、限界まで「演奏家になること」にしがみつき、必死に戦わなければならない過酷な日々に突入していたのです。
当時、作曲科の同期の友人から紹介してもらったのが『ステファノ・オペラ劇場』の仕事でした。 オペラ劇場という華やかな響きは表向きで、その内情は小中学校を中心とする学校の音楽鑑賞会の仕事(学校公演)でした。これは時期が春と秋に集中しているため、それ以外の時期は完全無収入となる過酷な現実が待っていたのです。
そこで、無収入の時期を補うための安定収入に繋がると思って引き受けたのが、深夜レストランでのピアノ弾きの仕事でした。 どこにいても、どんな環境であっても、音楽を決して手放したくないという強烈な執念が、私をおよそ正気の沙汰とは思えない激動の多重生活へと突き動かしたのです。
昼は学校公演の現場を駆け回り、さらにあの有名ミュージカル『アニー』の約1ヶ月の公演期間のうち、10日間ほどの代役ピアニストをも引き受けました。そこには一発勝負の「生ならではの緊張感」が張り詰めており、私の全神経を極限まで研ぎ澄まさせました。
他にも、学校公演の傍ら、東京ムジカクライスの『セビリアの理髪師』能登公演や東京アルテシェニカ研究所での活動といった本格的なオペラや伴奏の仕事をほぼ同時並行で行いました。
能登公演の際などは、東京での夜の仕事に穴を開けないよう、必死に自分の代役を立ててやり繰りするような限界の自転車操業だったのです。
しかし、そんな私の執念の演奏生活に、突如として時代の荒波が襲いかかります。風営法の施行によって、深夜レストランがラウンジと化してしまったのです。
ラウンジの客層の殆どは「女の子目当て」であり、私のピアノ演奏には殆ど興味はありません。音楽が大切にされない環境に直面し、私はラウンジでのピアノ弾きの仕事を継続することを諦めざるを得なかったのです。
ラウンジを辞め、他に移れるような類似の音楽の仕事を捜しましたが、簡単には見つかりませんでした。そこで生活を立て直すため、少しでも「音楽」に関係のあるオーディオを扱う会社でアルバイトを始めました。
しかし、そこは「音楽」を活かせる場ではなく、いつしか「電子技術習得の場」となってしまったのです。 誰もが遠回りだと思うような日々。しかし、人生のピースとは不思議なものです。
その電子機器のアルバイト先で、真面目な仕事ぶりが認められて「正社員に」というありがたい働きかけをいただきました。
しかし、正社員という安定の檻に入ってしまえば、本業である春と秋の学校公演へ自由に遠征することができなくなってしまいます。演奏家への夢を捨てきれなかった私は、頑なにアルバイトの立場を通し続けました。
そして、その自由を貫いたからこそ赴くことができたある学校公演の現場で、私はフルート奏者の一村誠也氏と運命的な出会いを果たします。
その後、一村氏から「うち(一村音楽企画)に来てみない?」と声を掛けられたのです。 「演奏家への夢を絶対に諦めない」 そのブレない覚悟の先に、ついに運命の扉が開いたと確信した私は、電子機器のアルバイトを辞めてお世話になることに決めました。
しかし、いざ働き始めたものの、現実はどこまでもシビアでした。一村音楽企画でのアルバイトという不安定な収入だけでは、物価の高い東京で日々の生活を成り立たせることなど、到底不可能だったのです。
しかし、ここで一つの貴重な経験をします。それはオーケストラ・マネージャーです。
限界までしがみつき、戦い抜いた末に立ちはだかった、生計という名の冷酷な壁。生活に立ち行かなくなった私は、ついに東京での生活に区切りをつけ、郷里へのUターンをするしかなかったのです。
華々しい首席卒業から、夜の街での演奏、そして東京との決別。夢破れて故郷へ戻るかのように見えた「凡人」の私が、なぜそこから、天才すら気付かない究極の(音楽の)真実にたどり着くことができたのか。
舞台は東京から私の故郷へ。怒濤の展開を迎える第二章は、次回のマガジンで、その真実を求めるまでの過程を詳しく紐解いていきたいと思います。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なお、マガジン『音楽の本質』内の記事を併せてお読み頂けると幸いです。
