「音楽」は果たして「エンタメ」なのか?~「アート」がなぜ「まなび」に?
【記事本文】
6月上旬のある日。ふと、noteのカテゴリを見て「あれっ?」と思った。
それは「音楽」が「エンタメ(エンターテインメント)」のカテゴリにある事だ。
私は長年「音楽」は「アート(芸術)」のカテゴリだと思っていたからだ。
「エンタメ」は「アート(芸術)」か?と考えてみたが、「エンタメ」には「アート(芸術)」は殆ど感じられないのである。
正直、違和感だけしか感じられないのだ。note編集部にも声を大にして問いたい!「音楽は果たして「エンタメ」として考えて良いのか?」と。
※正直言うと、この記事を公開するかどうか、何日も悩みました。それでも、どうしても皆さんに、そしてnote編集部に問いかけたかったのです。
そもそも根本的に、noteの大枠カテゴリに「アート(芸術)」が存在しない事が大問題だと思うのですが…
さて、「エンタメ」と言えば真っ先にイメージされるのが「サーカス」ではないかと思います。
🎪 サーカス(エンタメ)が持つ本質
「ハラハラ・ドキドキ」の消費:綱渡りや空中ブランコを見て、「落ちるか、落ちないか」というスリルをその場で曲技を楽しむものです。
目的は「非日常の快楽」:観客を楽しませ、驚かせ、日常のストレスを忘れさせる事が最大の目的(サービス)です。
「終わったらおしまい」:拍手喝采とともにテントを出れば、その興奮は消費され、日常に戻ります。
🎹 一方で、アート(芸術・音楽)の本質
「技術の凄さ」の先にあるもの:もし音楽がサーカスと同じなら、「超高速でミスなくピアノを弾く(アクロバット)」だけで大絶賛されて終わりです。しかし、私たちが求めているのはそのスリルではなく、その先にある「歌心(音楽性・芸術性)」ですよね。
問いが日常に残る:アートは日常を忘れさせるものではなく、むしろ日常に戻った後に「印象と響鳴、そして余韻」が鳴り響いていませんか。
つまり自分自身に何かを問い続けさせる力を持っていると思います。
次に続く「エンタメ」の私のイメージとしては「手品」です。
手品(エンタメ)の本質を解剖すると、まさに「先入観の利用」と「仕掛け(タネ)の消費」にあります。
🎩 「手品(エンタメ)」が持つ本質
先入観の裏をかくゲーム:手品は、観客の「こうなるはずだ」という先入観(脳の錯覚)を逆手に取って驚かせる「トリック」のエンターテインメントです。
タネ(仕掛け)が分かれば終わり:観客の関心は「どういう仕掛け(トリック)があるのか」に向いています。そして、一度タネが分かってしまえば、その驚きや価値は急速に消費され、色褪せてしまいます。
🎹 「音楽(アート)」との決定的な違い
もし、音楽が手品(エンタメ)と同じカテゴリなのだとしたら、音楽を聴く事は「仕掛け(技術や演出)に騙される快感」になってしまいます。しかし、本物の芸術(音楽)は全く逆ですよね。
タネ(内部・構造)が分かってからが本番:バッハのインヴェンションの内部(タネ)をどれだけ分析して知っていても、演奏を聴いたときの「左手の歌心」に対する感動は全く色褪せません。むしろ、内部を知れば知るほど、その奥にある言語外(音楽)のコミュニケーションに深く圧倒されてしまいます 。
先入観を「割る」のがアート、先入観を「使う」のが手品:手品は先入観を利用して人を騙しますが、音楽(アート)は先入観の邪魔を粉砕・払拭し、剥き出しの生身の感性と向き合わせる力を持っています。
これら2つと「音楽」を同列で並べる事に大きな違和感を感じませんか?
※音楽は全ての音楽ジャンルでお考え頂いて構いません^^
あとは、是非、皆さんの自問自答でお考え下さいね^^
💡「音楽」は果たして「エンタメ」なのか?~noteカテゴリの問題と解決策
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