私が凡人だからこそ気付いた音楽の真実(検証編)
まず、初めに重要なお知らせです。
記事<音楽は果たして「エンタメ」として考えて良いのか?>のタイトルを変更させて頂きます。
新しい記事タイトルは<「音楽」は果たして「エンタメ」なのか?~「アート」がなぜ「まなび」に?>と致します。
タイトル変更の理由は、この問題を継続して提起したいからです。ご了承頂きます様お願い申し上げます。
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【記事本文】
ここで私が凡人だからこそ気付いた「音楽の真実」の検証をしてみたいと思います。
つまり、私が凡人だからこそ気付いた「音楽を聴く能力」が本当に「能力」であるかどうかの検証です。期限は一切設けません。
出来る限り沢山の意見を求めたいと思います。遠慮は不要です。
※私が凡人だからこそ気付いた音楽の真実(全四章)の記事は以下のリンクからご覧頂けます。
私が凡人だからこそ気付いた音楽の真実(第一章)~挑戦と挫折~
私が凡人だからこそ気付いた音楽の真実(第二章)~想定外だらけの人生~
私が凡人だからこそ気付いた音楽の真実(第三章)~本当のスタートライン~
私が凡人だからこそ気付いた音楽の真実(第四章)~見落とされていた『音楽を好きになる能力』~
●私たちが「音楽」を聴くとき、まず何が行われているのでしょうか?
実は、私たちは無意識のうちに「音楽」を、周りに溢れる他の「環境音(雑音)」から明確に区別しています。これは、人間の脳が言語コミュニケーションを単なる物音や環境音と区別して『意味のある言葉』として聴き取っているのと同じ現象です。
では、私たちは「言葉」と同様に「音楽」を区別できているなら、それはいつどこで区別できるようになったのでしょう?
●一般的に音楽の3大要素(メロディ・ハーモニー・リズム)と言われますが、それを私たちはどうやって感じているのでしょう?
例えば「リズム」だけを考えてみましょう。
単にリズムだけで「音楽」を作る事は可能でしょうか?
それを行おうとすると拍子が必要になりませんか?
そしてそこにテンポを感じませんか?
そして音の強弱が欲しくなりませんか?
更に音程の違う音を使いたくなりませんか?
――では、そうして出来上がった「リズム」だけで、あなたは「音楽」の全てだと思いますか?
今度は「旋律(メロディ)」を考えてみましょう。全て同じ音の長さでメロディは作れますか?
もうお解りだと思いますが、メロディとリズムは切り離す事の出来ないものだと思いますが、いかがでしょう?
同様に「ハーモニー」を考えてみましょう。例えば「メロディ」も「リズム」も存在しない「ハーモニー」を想像(創造)できるでしょうか?
●プロでさえ見落としてしまう「音楽を聴く能力」の決定的存在
これ等を想像して考える事が出来るという事は「音楽を聴く能力」が「能力」として「育成」されているという事になるのではないでしょうか?
あとはご自身で結論を探してみて下さいね。何か疑問を感じたらコメントを頂ければ幸いです。
なお、参考になるかどうかはわかりませんが、下記の例で考えてみるのも面白いかも知れません。
<過去の大作曲家の例>
ヴィヴァルディやアルビノーニやマルチェッロはどうだったのでしょうか?
J.S.バッハやヘンデルはどうだったのでしょうか?
ラモーやクープランはどうだったのでしょうか?
ハイドンやモーツァルトはどうだったのでしょうか?
ベートーヴェンやフンメルはどうだったのでしょうか?
シューベルトやシューマンやブラームスはどうだったのでしょうか?
ショパンやリストはどうだったのでしょうか?
グリンカやチャイコフスキーはどうだったのでしょうか?
R.コルサコフやボロディンやムソルグスキーはどうだったのでしょうか?
スメタナやドヴォルザークはどうだったのでしょうか?
アルベニスやファリャはどうだったのでしょうか?
ドビュッシーやラヴェルはどうだったのでしょうか?
ガーシュウィンやコール・ポーターはどうだったのでしょうか?
等々
<現代指揮者の例>
カール・ベームやヘルベルト・フォン・カラヤンはどうだったのでしょうか?
セルジュ・チェリビダッケやレナード・バーンスタインはどうだったのでしょうか?
クラウディオ・アバドや小澤征爾はどうだったのでしょうか?
等々
<クラシック音楽以外のミュージシャンの例>
デューク・エリントンやカウント・ベイシーはどうだったのでしょうか?
フランク・シナトラやサミー・デイビスJrはどうだったのでしょうか?
チック・コリアやキース・ジャレットはどうだったのでしょうか?
エルビス・プレスリーやポール・アンカはどうだったのでしょうか?
ビートルズの4人はどうだったのでしょうか?
レイ・チャールズやスティービーワンダーはどうだったのでしょうか?
パーシー・フェイスやポール・モーリアはどうだったのでしょうか?
サイモンとガーファンクルやカーペンターズはどうだったのでしょうか?
ダイアナ・ロスやディオンヌ・ワーウィックはどうだったのでしょうか?
アレサ・フランクリンやロバータ・フラックはどうだったのでしょうか?
等々
<日本の伝統音楽の音楽家など>
八橋検校(筝・六段の調)や宮城道雄(春の海)はどうだったのでしょうか?
吉田兄弟や高橋竹山(津軽三味線)はどうだったのでしょうか?
世阿弥や観阿弥はどうだったのでしょうか?
東儀秀樹(雅楽・笙)はどうだったのでしょうか?
「狂言」の和泉元彌はどうだったのでしょうか?
等々
――もちろん、ここには書ききれない偉大な作曲家や楽器演奏者や声楽家、全ての音楽表現者たち等も含めて、彼等はどうだったのでしょうか?
最後に、この記事をご覧になられて「音楽を聴く能力」が本当に「能力」だと思う方は「スキ」をお願いします。コメントも大歓迎です^^
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なお、マガジン『音楽の本質』内の記事を併せてお読み頂けると幸いです。
