ミシュナ『Sanhedrin』法理研究 第7回:背教の町の裁判管轄、指定可能な町の数と、最高法院(71人法廷)の聖書的根拠(1章5〜6節)
【免責事項】本稿はユダヤ教の古典法典である口伝律法ミシュナの法理研究を目的としており、刑罰(死刑等)の歴史的記述を含みますが、特定の思想の鼓舞や非人道的な行為を肯定するものではありません。
本稿は口伝律法ミシュナ第4部『Nezikin(ネジキン)』に属する『Sanhedrin(サンヘドリン)』の第7回目の解説である。
今回は『Sanhedrin(サンヘドリン)』1章5節後半から6節を取り上げる。町全体が偶像崇拝に陥った「背教の町(申命記13章)」を裁く最高法院(大サンヘドリン)の独占的管轄権、背教の町として指定可能な上限について、中世の高次な法理論争(MaimonidesとRavadの説)を交えて深く掘り下げる。またモーセと70人の長老(民数記11章)に由来する、最高法院の「71人」について解説する。
前回の振り返り:大サンヘドリンの管轄(部族の偶像崇拝・偽預言者・大祭司裁判)と国家運営・聖性境界の承認規定
前回は『Sanhedrin』1章5節を取り上げ、エルサレムに設置された大サンヘドリン(71人法廷)のみが裁くことの出来る訴訟事件と、国家の根幹に関わる承認事案について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】71人法廷の管轄
大サンヘドリン(最高法院)は、以下の3つの特殊なケースにおいて、その司法管轄権を独占的に行使する。
①部族全体の偶像崇拝
個人の偶像崇拝は地方法廷で裁かれるが、ある部族の大部分が偶像崇拝に陥った場合は、国家的な危機と見なされ、最高法院で裁く必要がある。
②偽預言者の審判
神の名を騙り、受けてもいない預言を述べる「偽預言者」の判定と死刑の手続きは、71人法廷で行われる。彼らは独自の律法解釈を強行する「反抗的なラビ」とも比較される。
③大祭司(コーヘン・ガドール)の刑事裁判
出エジプト記にある「大きな(ガドール)事件」という記述と「大祭司」の語法的共通性に基づき、大祭司が関わる死刑相当の刑事事件は最高法院で扱われる。ただし、金銭訴訟については一般市民と同様の法廷で裁かれる。
【2】国家の根幹に関わる承認規定
司法判断だけでなく、国家の運営や聖性の境界を決定する際にも71人の法廷の承認が必要とされる。
①「任意の戦争」の開戦認可
律法で命じられた義務的な戦争(カナン入植など)以外のすべての戦争(任意の戦争)を開始するには、最高法院の賛同が不可欠である。これは、ダビデ王が最高法院の長であったベナヤに相談していたという先例に基づいている。
②エルサレムの町と神殿敷地の拡張
エルサレムや神殿の敷地(azarot:アザロット)を拡張することは、聖なる献げ物を食べることが出来る範囲(聖性の及ぶ領域)を変えることを意味する。
そのため、単なる都市計画ではなく、最高法院の認可に加え、王、預言者、および「ウリムとトゥンミム」による神託を経て決定されるべき重大事案とされている。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Sanhedrin』法理研究 第6回:大サンヘドリン(71人法廷)の管轄権――偽預言者の死刑、大祭司の刑事裁判、およびエルサレムの町・神殿敷地(azarot)の拡張(1章5節)
https://note.com/mishnah/n/ne96271607eaa
「背教の町」における大サンヘドリンの管轄権と地政学的除外法理(1章5節)
今回は口伝律法ミシュナ「Sanhedrin」1章5節の続きである。まずは本文を引用する。
背教の町は71人の法廷によって裁かれる。聖地と他国の境界線の町は背教の町として指定されない。
「背教の町」とは、町全体が偶像崇拝に陥った場合、町全体を焼き、住民は殺さなくてはならないというものである。申命記13章13~17節で扱われている。その裁判は71人の判事で構成する最高法院(大サンヘドリン)で行わなくてはならない。
この原則は部族全体が偶像崇拝に陥った場合と同じ論理で考えられている。すなわち個人の偶像崇拝の場合は23人の法廷で審理し、部族全体の偶像崇拝は71人の法廷で裁くという論理である。
なお、背教の町については、本稿の以前の記事で詳しく扱っている。不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。
◉イエスを裁いた『最高法院』への道(5回目):旧約聖書の裏に隠れている71人判事の法廷①
https://note.com/mishnah/n/n815f06f57953
国境都市(境界線の町)除外における語法的解釈:「midst(あなたの中から)」の限定性
続きには次のように書かれている。
聖地と他国の境界線の町は背教の町として指定されない。3つの町が指定されることもない。1つか2つである。
聖地イスラエルと他国の国境にある町は「追放された町」とはされない。これはトーラの次の箇所に拠っている。
14あなたの中からならず者が現れて、「お前たちの知らなかった他の神々に従い、これに仕えようではないか」と言って、その町の住民を迷わせているということを聞いたならば、 15それを尋ね、探り、よく問いたださねばならない。それが確かな事実であり、そのようないとうべきことがあなたたちの中で行われたのであれば、 16その町の住民を剣にかけて殺し、町もそこにあるすべてのものも滅ぼし尽くし、家畜も剣にかけねばならない。
この内14節で「あなたの中から」と書かれている。英語で言うとは「from your midst」である。他と隣接している所からではなく、「あなたの中から」である。従って国境の町は含まれない。
安全保障上の防衛合理性と異教徒侵入リスクの回避
国境の町を背教の町に指定しないもう1つの理由は、国境の町が壊滅した場合、敵対する異教徒が侵入する機会を与えることになるからである。
申命記13章13節の原文分析と指定上限「最大2つ」を巡る時空間的解釈論争
次に「3つの町が指定されることもない。1つか2つである」についてであるが、背教の町が指定されるのは、多くても2つまでである。
申命記13章13節では「あなたの神、主があなたに与えて住まわせるどこかの町のうわさとして」(申13:13)と書いている。翻訳には表れていないが、「どこかの町」は原文では単数形と複数形両方が使われている。つまり「あなたの町(複数形)の1つの町」と書かれている。
そこで2つまでは背教の町として指定してよいが、3つは不可であると解されている。
さて「2つまでは背教の町として指定してよいが、3つは不可である」において、具体的にどのように制限されているのか、幾つかの説がある。大きく2つに分類される。
(1)時間的な制限
①1つの最高法院に限定されるという見解
最高法院の1つの任期中に適用される制限である。新しい任期になり議員たちが交代すれば、別の町を背教の町として指定することが出来る。
②同じ時期に累計2つを越えてはならないという見解
たとえ後の任期の最高法院であっても、累計で(あるいは同時に)制限数を超えて背教の町を指定することは出来ない。
(2)空間的な制限
①1つの地域に限定されるという見解
1つの地域に2つを越えて背教の町を指定してはならない。この場合の「地域」とは、ユダヤ、ガリラヤ、ヨルダン川東岸地域の3つを指すと思われる。
これら3つの地域それぞれにおいて、背教の町は2つまで指定出来ることになる。
②聖地全体に関わるという見解
イスラエルの聖地全体で、2つを越えて背教の町を指定してはならないことになる。
中世ラビ法学における巨頭論争:マイモニデス(Rambam)とラヴァド(Ravad)の法意解釈比較
中世の偉大な学者たちは、次の見解を示している。
【Maimonides(Rambam)の見解】
「1つの法廷が、1つの地域において3つの町を背教の町として指定することは出来ない」としている。すなわち法廷と場所の両方に制限を設けている。
【Ravadの見解】
「この制限は複数の法廷にまたがって適用され、かつイスラエルの全土に及ぶ」と主張している。最高法院の議員たちが変わっても、イスラエル全土で2つまで背教の町の指定が可能であることになる。
以上で「Sanhedrin」1章5節の解説を終えた。
最高法院「71人」および下位法廷「23人」の構成員数における聖書的・数理的根拠(1章6節)
続いて次節に入る。まずは本文を引用する。
大サンヘドリンは71人の判事で構成される。下位は23人である。どこに71人という人数に根拠があるのだろうか?なぜなら次のように書かれている。「民の長老およびその役人として認めうる者を七十人集め、臨在の幕屋に連れて来てあなたの傍らに立たせなさい」(民11:16)。そしてモーセは彼らを束ねた者である。そこで71人になる。
大サンヘドリン(最高法院)は聖地における最も高い権威の法廷である。神殿時代にはLishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット)に置かれていた。
Lishkat HaGazitの特殊な構造については、以前の記事で詳しく扱っている。興味のある方は確認して欲しい。
◉イエスを裁いた最高法院における裁判について(上)――神殿の「Lishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット:切り石の間)」と座席禁止規定の矛盾
https://note.com/mishnah/n/nfdd178d93af0
さて、最高法院の人数が71人である根拠について、トーラには次のように書かれている。
16主はモーセに言われた。
「イスラエルの長老たちのうちから、あなたが、民の長老およびその役人として認めうる者を七十人集め、臨在の幕屋に連れて来てあなたの傍らに立たせなさい。 17わたしはそこに降って、あなたと語ろう。そして、あなたに授けてある霊の一部を取って、彼らに授ける。そうすれば、彼らは民の重荷をあなたと共に負うことができるようになり、あなたひとりで負うことはなくなる。」
イスラエル共同体を率いる重荷は、モーセ1人で負うことは出来なかった。モーセはそのことで神に嘆き、訴えている。
そこで神はモーセに対して、70人の長老を選ぶように命じられた。その70人とモーセを合わせた71人が、その後の大サンヘドリンの議員数の起源となっている。
下位サンヘドリン(23人判事法廷)の構成根拠
この後の箇所には次のように書かれている。
どこから下位のサンヘドリンは23人と言えるのだろうか?
最高法院よりも1つ下位の審級の法廷は、23人で構成されている。「Sanhedrin」1章6節ではその理由が細かく記されている。しかしこれに関しては以前の記事で既に詳細に扱った。不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。
◉イエスを裁いた『最高法院』への道(4回目):旧約聖書の裏に隠れている23人判事の法廷
https://note.com/mishnah/n/n2f6ef3d336ed
以上でミシュナ「Sanhedrin」1章の解説は終了した。次回から2章に入る。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Sanhedrin』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8cf87c1bb399
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
