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イエスを裁いた最高法院における裁判について(上)――神殿の「Lishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット:切り石の間)」と座席禁止規定の矛盾

*福音書が記すカイアファの屋敷での裁判。しかし当時のユダヤ教最高権威であるミシュナを紐解けば、律法で定められたのとは異なる、特殊な法廷の姿が浮かび上がります。神殿の聖域内に位置する「切り石の間(Lishkat HaGazit;リシュカット・ハガジット)」の特殊な構造と、そこに課せられた厳格な座席禁止規定。建築と律法の両面から、イエス裁判の真の姿を背景から浮かび上がらせます。


はじめに:大祭司カイアファの屋敷と福音書の記述



 マタイによる福音書26章には、捕らえられたイエスが大祭司カイアファの所へ連れて行かれたことが書かれている。

 これから2回に分けて記事を連載する。

(本記事の考察にあたっては、新約聖書の記述だけを鵜呑みにせず、当時のユダヤ社会の最高権威である『ミシュナ(口伝律法)』およびエルサレム神殿の構造に関する専門資料を参照しました。福音書の描写が、当時の法廷運用や神殿の物理的構造と矛盾している点について解説します)

 まずは福音書の引用から。

 人々はイエスを捕らえると、大祭司カイアファのところへ連れて行った。そこには、律法学者たちや長老たちが集まっていた。ペトロは遠く離れてイエスに従い、大祭司の屋敷の中庭まで行き、事の成り行きを見ようと、中に入って、下役たちと一緒に座っていた。 さて、祭司長たちと最高法院の全員は、死刑にしようとしてイエスにとって不利な偽証を求めた。

(マタ26:57~59)

 これはイエスを裁判にかける場面であるが、59節に明確に「最高法院」と明記されている。ユダヤ教において極めて重要な審理は最高法院で行うことになっていた。

 最高法院は極めて神聖な、しかし微妙な場所に設置されている。

神殿の階層構造:聖性と立ち入り制限の境界線


 神殿の敷地はご存知の通り、東側が入口であり、西へ向かう程聖性が高くなる。

 「聖性が高くなる」とはあいまいな言い方であるが、具体的に言うと、一部の人しか近寄れない場所になる。

 神殿の敷地に入ると、そこは「女性の庭」と呼ばれる場所になる。文字通りユダヤ教徒であるなら、女性でも入れる。異邦人は入ることが出来ない。

 その奥が「イスラエルの庭」であり、ユダヤ教徒の男性なら入ることが出来る。しかしたとえユダヤ教徒であっても、女性は入ることが出来ない。

 更に奥は「祭司の庭」である。祭司のみ入れるかのように見えるが、同族であるレビ人も入ることが出来る。レビ人と祭司はイスラエル12部族ではレビ族に所属し、その中でアロンの子孫だけが「祭司」と呼ばれると思えば、取りあえず間違いない。

 写真において、ピンク色の領域が女性の庭、緑の枠線で囲んだ細長い領域がイスラエルの庭、黄色の領域が祭司の庭である。

3つの庭について

 以上を前提に、最高法院の正式な場所について問題にする必要がある。最初にトーラを参照する。

最高法院の法的根拠:申命記が定める「主が選ばれる場所」

 あなたの町で、流血、もめ事、傷害などの訴えを裁くのが極めて難しいならば、直ちにあなたの神、主が選ばれる場所に上り、レビ人である祭司およびその時、任に就いている裁判人のもとに行って尋ねなさい。彼らが判決を告げるであろう。あなたは、彼らが主の選ばれる場所から告げる判決に従い、彼らの指示するとおりに忠実に実行しなければならない。

(申17:8~10)

 地方の法廷では判断出来ない事案について、最高の権威で決定するのは最高法院である。それは「主が選ばれる場所」、つまりエルサレムということになる。

 これに関するより詳細な内容は、口伝律法ミシュナ「Sanhedrin(サンヘドリン)」11章に書かれている。読んだだけでは分からないと思うが、すぐに解説するので、取りあえず下を読んで欲しい。

 法廷の命令に従わないラビについて、次のように書かれている。「あなたの町で、流血、もめ事、傷害などの訴えを裁くのが極めて難しいならば、直ちにあなたの神、主が選ばれる場所に上りなさい。」(申17:8)3つの法廷がある。ひとつは神殿の丘の入口 。ひとつは聖域の入口 。ひとつはLishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット)にある。彼らは神殿の丘の入口に来て言う。「しかじかのようにわたしは解釈し、しかじかのように同僚たちは解釈します;しかじかのようにわたしは教え、しかじかのように同僚たちは教えます」。もし彼らが聞くなら、彼らは彼らに言う。もしそうでないなら、彼らは聖域の入口に来る。そこで彼らは言う。「しかじかのようにわたしは解釈し、しかじかのように同僚たちは教えます」。もし彼らが聞くなら、彼らは彼らに言う 。もしそうでないなら、彼らはLishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット)の最高法院に来る。そこからトーラの教えは出ているのである。

(Sanhedrin 11:2)

 1つずつ説明しよう。ここで取り上げられているのは、反抗的なラビに対する審理の進め方である。彼は地方の法廷の言うことを聞かず、律法に関する独自の解釈と判断を実行している。それが申命記において「(地方の法廷で)裁くのが極めて難しい」という、ここでの具体的な事案になっている。

ミシュナ『Sanhedrin(サンヘドリン)』が定義する三段階の法廷


 「3つの法廷がある」と書かれているが、エルサレムには3つの法廷があることが明記されている。箇条書きにすると、次のようになる。

①神殿の丘の入口
②聖域の入口
③Lishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット)

 最初に①へやって来て審理し、解決しないなら②、③へと進むという事である。日本の裁判制度は三審制であり、上級審の判断がより重くなる。それと比較すると分かりやすいだろう。

 ラビ側の発言「しかじかのようにわたしは解釈し、しかじかのように同僚たちは解釈します;しかじかのようにわたしは教え、しかじかのように同僚たちは教えます」とは、自分の律法解釈が周囲と異なっていることの証言になる。

 次の「もし彼らが聞くなら、彼らは彼らに言う」の表現があいまいだが、「もし判事たちがこの問題について正しい伝承や判例を知っているなら、それを被告であるラビ側に言う」という意味と、「ラビ側が判事たちの正しい解釈を聞いて納得するなら、解決する」という2つの意味を兼ね併せている。

 そこでここでは「もしその法廷に解決できる伝承や判例があり、被告がそれに従うならば、公式の回答が与えられて一件落着となる」という事になる。

 この審理を上記の法廷で行うのだが、場所も併記すると次のようになる。

①神殿の丘の入口:その名の通りの場所
②聖域の入口:女性の庭
③Lishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット):後述

 まず①の「神殿の丘の入口」とは、神殿の建っている山全体の入口になる。具体的にはフルダの門という門から入ったすぐの場所である。地方から問題を抱えて上ってきたラビや民が、エルサレムに到着して一番最初に行く権威ある場所になる。

 「女性の庭」については冒頭で解説した。ユダヤ教徒の女性が入れる場所である。その中の一角に位置している。より具体的には、より聖性の高い「イスラエルの庭」への入口周辺としていれば、取りあえずは構わない。

 問題は③であるLishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット)は日本語では「切り石の広間」と訳されているらしいが、その場所は微妙である。以下3つのエリアにまたがっている。

ⅰ、祭司の庭
ⅱ、イスラエルの庭
ⅲ、神殿の外

 この内、ⅰ、ⅱは神殿の敷地の内側になる。しかしそれはⅲにまで広がる。その空間は神殿の敷地内に収まらず、外側の部分にまで及んでいるイメージになる。下の画像の赤い四角で囲まれた部分である。じっくり見て欲しい。

最高法院の位置

 なぜこのような不格好な作りにしたのだろうか。これは理由のないことではない。

神殿建築の謎:なぜ「Lishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット;切り石の間)」は境界をまたぐのか


 上記の通りLishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット)は最高法院を開く場所であるが、神殿の敷地の中では座ってはならない決まりになっている。他方で裁判は座ってしなくてはならない。次のように書かれている。

 サンヘドリンは半円形に座るが、それはお互いの顔を見れるようにする為である。

(Sanhedrin 4:1)

 申命記では最高権威の法廷は「主が選ばれる場所」であると規定し、最高法院は神の臨在に近い場所であることが求められ、他方ではそこは「座ってはならない」という決まりがある。この両立し難いものを両立させる為に、「神殿の内側にも外側にも広がる空間を作った」という事である。

 以上を前提にもう1度最高法院の場所の写真をじっくり見て欲しい。

 神殿の外側の部分に置いて、判事や訴訟当事者が着席する。そこで審理が行われるのだが、ではなぜ祭司の庭とイスラエルの庭にもその空間は続くのであろうか。

 まずはなぜ祭司の庭にも広がっているのかについてである。口伝律法ミシュナ「Middot(ミドット)」5章には次のように書かれている。

祭司の適格性審査:黒い服と白い服の選別

 Lishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット)の部屋;サンヘドリンの議員たちがそこに座り、祭司職にある人々を裁く 。不適格事項が見付かった祭司は黒い服をまとい、頭を黒い布で包み、部屋から出る。不適格事項が見付からなかった祭司は白い服をまとい、頭を白い布で包み、神殿の庭に入って兄弟である祭司たちと奉仕する。

(Middot 5:4)

 これは最高法院で祭司の適性検査が行われている場面である。モーセ五書(トーラ)の中には祭司の不適格事項が記されている。それに引っかかってしまった者は、奉仕することが出来ない。以下、トーラの箇所を挙げる。

トーラが定める祭司の欠格事項:婚姻と身体的特徴


①婚姻に関わる不適格事項

 遊女となって身を汚した女、あるいは離縁された女をめとってはならない。祭司は神に属する聖なる者だからである。

(レビ21:7)

 これについては「遊女」の意味を知る必要がある。現代人の感覚では、不特定多数の男性と関係を持つ女性や、風俗業に従事する方を指すが、トーラの場合はより具体的、法的な定義がある。

 まず次の箇所を読んで欲しい。

 母を犯し、父を辱めてはならない。彼女はあなたの実母である。彼女を犯してはならない。父の妻を犯してはならない。父を辱めることだからである。姉妹は、異父姉妹、異母姉妹、同じ家で育ったか他の家で育ったかを問わず、彼女たちを犯して、辱めてはならない。・・・(以下、後略)・・・ 

(レビ18:7~18)

 ここでは性的関係を持ってはならない女性を列挙している。これらの女性は律法上「eruvah(エルヴァ)」と呼ばれる。申命記21章の「遊女」は取りあえず、禁止された男性と関係した女性という例で考えると分かりやすい。

 母が息子と関係したら、母はeruvahであるにも関わらず関係したのだから、遊女になる。

 この「遊女」と翻訳されている単語はzonah(ゾナー)と言う。

 zonahは祭司と結婚することが出来ない。祭司は聖なるものであるからである。もしも祭司がzonahと性行為したなら、彼は欠格事項に該当し、以後神殿における奉仕を禁じられる。

 zonahについて正確には次の記事で書いている。気になる方はこちらから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Kiddushin(キッドゥーシン)』の法理 第2回:祭司の純潔性とzonahの再定義

https://note.com/mishnah/n/naaa933bd97c4

 eruvahとzonahの関係であるが、図式化するとzonahの方が広い。なぜならeruvahは近親相姦など絶対に性的な関係を持ってはならない間の女性を指すが、zonahは例えば異邦人と性行為した女性なども含むからである。

 図式化すると、次のようになる。

zonah  > ・・> eruvah

 eruvahとの間で生まれた子はmamzer(マムゼル)と呼ばれる。

 mamzerは父親が祭司であったとしても、祭司としての適性を欠いていると判断される。

 最高法院で祭司の適性検査が必要に応じて行われるとは、この種の事柄、特に系図が問題視された場合と思われる。

②身体的な特徴に関わる不適格事項
 これについては、トーラの箇所を挙げるに留める。

 だれでも、障害のある者、すなわち、目や足の不自由な者、鼻に欠陥のある者、手足の不釣り合いの者、手足の折れた者、背中にこぶのある者、目が弱く欠陥のある者、できものや疥癬のある者、睾丸のつぶれた者など、祭司アロンの子孫のうちで、以上の障害のある者はだれでも、主に燃やしてささげる献げ物の務めをしてはならない。

(レビ18:18~21)

 より詳細な内容は口伝律法ミシュナ「Bechorot」7章に書かれているが、ここでは立ち入らない。

 以上が祭司の欠格事項の概要である。祭司の適格性を最終的に審査し、その系譜や身体的条件を判定することは最高法院であったので、このような広間の配置になったと思われる。また、適性が再確認されるなら、そのまま神殿奉仕に携わることが出来た利便もある。

 【結論に入る前に、神殿の構造と祭司たちの奉仕に関して、以下の記事から参照いただけます】

◉祭司ザカリアの真実――ミシュナ『Tamid(タミッド)』が明かす「5000分の1」の奇跡と沈黙の祝福

【次回はこちらから】
◉イエスを裁いた最高法院における裁判について(下)―ミシュナ『Beitzah(ベイツァー)』『Sanhedrin(サンヘドリン)』が暴く「三つの不法」と夜間裁判


結論:公開性の保証と「密室裁判」の決定的矛盾

 次に最高法院はイスラエルの庭にも広がっていることについてである。それは裁判の公開性を保証するもので、祭司ではない一般のユダヤ人が「被告」や「証人」として裁判に参加し、あるいは傍聴する為である。

 これは最高法院が裁判の公開性を守っていたことを示すものである。しかしマタイによる福音書では、大祭司カイアファの屋敷で行ったことが明記されている。これは密室裁判と言わざるを得ない。

 今回はここまでとし、続きは次回にする。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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