イエスを裁いた最高法院における裁判について(下)―ミシュナ『Beitzah(ベイツァー)』『Sanhedrin(サンヘドリン)』が暴く「三つの不法」と夜間裁判
イエスの死刑判決を下した最高法院(サンヘドリン)の裁判は、当時の律法に照らして正当だったのか。本稿では、口伝律法ミシュナ『Sanhedrin(サンヘドリン)』および『Beitzah(ベイツァー)』の規定を厳密に参照し、当時の裁判手続きに潜む「三つの不法」を特定する。
ローマ当局と密着した大祭司(サドカイ派)による恣意的な運用と、律法が本来求めていた公正な裁きの乖離。福音書の記述が示唆する「夜間裁判」の違法性を、一次資料の視点から徹底的に検証した、手加減抜きの再解釈である。
これはマタイによる福音書26章における最高法院の裁判について扱うシリーズで、今回は2回目である。簡単に前回の内容を復習する。まずは問題の場面を再掲する。
人々はイエスを捕らえると、大祭司カイアファのところへ連れて行った。そこには、律法学者たちや長老たちが集まっていた。ペトロは遠く離れてイエスに従い、大祭司の屋敷の中庭まで行き、事の成り行きを見ようと、中に入って、下役たちと一緒に座っていた。 さて、祭司長たちと最高法院の全員は、死刑にしようとしてイエスにとって不利な偽証を求めた。
次に関連箇所として申命記17章から。
あなたの町で、流血、もめ事、傷害などの訴えを裁くのが極めて難しいならば、直ちにあなたの神、主が選ばれる場所に上り、レビ人である祭司およびその時、任に就いている裁判人のもとに行って尋ねなさい。彼らが判決を告げるであろう。
ここで確認したことは、聖地イスラエルでは町々に法廷が置かれていること、そこで係争の解決が困難である場合、「主が選ばれる場所」エルサレムに行くことであった。
エルサレムには3つの法廷があり、1つは神殿の丘の入口、2つ目はイスラエルの庭の入口(女性の庭)、3つ目は祭司の庭、イスラエルの庭、神殿外にまたがる領域の切り石の広間(Lishkat HaGazit:リシュカット・ハガジット)ということも確認した。
エルサレムでは3つの法廷が存在していたことになる。その中でも最も高い権威である最高法院は、最も聖性の高い場所において開かれなくてはならない。そこにおいては一般のイスラエルの人々も証人として、傍聴人として入ることが出来たことも見た。裁判の公開性が担保されていたのである。
(前回の記事については、次のリンクから確認することが出来ます)
◉イエスを裁いた最高法院における裁判について(上)――神殿の「Lishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット;切り石の間)」と座席禁止規定の矛盾
しかし上記福音書によると、イエスを審理した裁判は大祭司カイアファの屋敷と明言されており、私邸で行ったことになる。これは正式な仕方で最高法院を開いたとは言い難く、秘密裁判に他ならない。
今日はその続きである。
はじめに:カイアファ私邸での「予備審議」という妥協的解釈
このカイアファの私邸で行った裁判は、多くの学者の間では大祭司による「私的な取り調べ(予備審議)」であったと考えられている。
これは過越の祭りの最中であり、また夜間であったため、正式な議場を使わずに、私邸で腹心を集めて「根回し」や「容疑の確定」を行ったという解釈がされている。
というのも、口伝律法ミシュナ「beitzah(ベイツァー)」5章には次のように書かれている。意味は自分で取れないと思うが、取りあえず読んで欲しい。
祭日(ヨム・トーヴ)の禁忌:ミシュナ『Beitzah(ベイツァー)』の規定
ラビの禁止により慎むべきとされる如何なる活動も、それが安息日における命令的でない掟であろうと、掟であろうと、それはyom tov(ヨム・トーヴ)においても慎むべきである。
これらのものはラビが定めた為に禁止される掟である。木に上ってはならない、生き物の上に乗ってはならない、・・(中略)・・・
私たちは裁きをしてはならない・・(中略)・・全てこれらの事はyom tovについても公布された。それらは安息日に適用されている。yom tovと安息日に違いはない、食事の準備を除いては。
ここでは安息日とyom tov(ヨム・トーヴ)にしてはならないことが列挙されている。yom tov(ヨム・トーヴ)とは簡潔に言うと祝日であり、安息日に禁止されることは、yom tov(ヨム・トーヴ)にもほぼ同様に禁止される。
しかしもうyom tovについて、過越祭を例にとって具体的に説明しよう。まずは旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)から引用する。
第一の月の十四日の夕暮れが主の過越である。同じ月の十五日は主の除酵祭である。あなたたちは七日の間、酵母を入れないパンを食べる。初日には聖なる集会を開く。いかなる仕事もしてはならない。七日の間、燃やして主にささげる献げ物を続けて、七日目に聖なる集会を開く。いかなる仕事もしてはならない。
これは有名な箇所であるが、正確に理解するのは容易ではない。以下順を追って説明する。
ユダヤ暦では周知の通り、日没から翌日が始まる。「第一の月の十四日の夕暮れが主の過越である」とは、「第1の月の14日の午後から15日にかけて過越祭である」ことを言っている。これは過越のいけにえを14日の午後に屠り、日没後に食事をするからに他ならない。
混乱しやすいのは、ほぼ同義で使われる「除酵祭」との違いである。項目別に整理すると、以下のようになる。
トーラが定める「過越祭」と「除酵祭」の厳格な時間定義
・過越祭:第1の月の14日の午後、いけにえを屠る時から15日の食事にかけての時間。
・除酵祭:15日から7日間の祭りの期間全体。
ここで一つ注意したいのは、トーラには明記されていないが、7日間の祭りの期間は全て同じ聖性としては扱われない。7日間は次のように分類される。
「聖」と「俗」の境界線:yom tov(ヨム・トーヴ)とChol HaMoed(ホル・ハモエド)
①第1の月(ニサンの月)の15日に除酵祭1日目
②除酵祭2日目~6日目(16日~21日)
③除酵祭7日目:聖なる集会を開く。
この内、①と③がyom tov(ヨム・トーヴ)であり、祭日である。②はChol HaMoed(ホル・ハモエド)といい、「祭りの期間中の平日」くらいの意味である。この中間の日々にも仕事上の制約はあるが、yom tovに比べると格段に低い。
最も制約が大きいのが安息日であり、yom tov(ヨム・トーヴ)はほとんど変わらないくらいに厳しい。上記引用の口伝律法ミシュナ「Beitzah(ベイツァー)」5章を再掲する。
全てこれらの事はyom tovについても公布された。それらは安息日に適用されている。yom tovと安息日に違いはない、食事の準備を除いては。
安息日とyom tovの厳格さは、食事の準備の可否以外、違いがないことを述べている。簡単に言うと前者では禁止され、後者では認められる。
以上を前提に再び上記の「Beitzah(ベイツァー)」5章に戻ろう。間の分量が多かったので再掲する。
ラビの禁止により慎むべきとされる如何なる活動も、それが安息日における命令的でない掟であろうと、掟であろうと、それはyom tov(ヨム・トーヴ)においても慎むべきである。
これらのものはラビが定めた為に禁止される掟である。木に上ってはならない、生き物の上に乗ってはならない、・・(中略)・・・
私たちは裁きをしてはならない・・(中略)・・全てこれらの事はyom tovについても公布された。それらは安息日に適用されている。yom tovと安息日に違いはない、食事の準備を除いては。
まず「ラビの禁止により慎むべきとされる如何なる活動も、それが安息日における命令的でない掟であろうと、掟であろうと」とは、2つのことを指示している。
旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)によって直接禁止される行為について。
モーセ五書(トーラ)で禁止される行為を守る為に、補足的にラビが禁止した行為について。
これらはyom tovでも慎むべきであるとする。
「2.」が分かりにくいだろう。例えば文中の「木に上ってはならない」については、トーラでは安息日に禁止されていない。しかしもしも木に登ることを許容すると、安息日に禁止されている「収穫」を行う危険が高くなる。そこでラビたちはこれらの行為も補足的に禁止している。それが「2. モーセ五書(トーラ)で禁止される行為を守る為に、補足的にラビが禁止した行為」である
このリストの中に、「私たちは裁きをしてはならない」と書かれている。安息日やyom tovに裁判を開いてはならないのである。
裁判の開廷禁止:なぜ安息日と祝日に「裁き」は許されないのか
理由と思われるのは、まず裁判をするにあたっては、訴訟関係者を呼ばなくてはならない。しかし安息日に歩ける距離には制限がある。
そこでもしも訴訟を許容するなら、違反を招くことになる。しかしこの点を見過ごしたとしても、安息日には2つ以上文字を書いてはならないとされている。実務上裁判を開くことは不可能である。
さて、以上の前提で福音書に戻るが、大祭司カイアファたちが私邸で最高法院を開いたのは、除酵祭の1日目という祝日(yom tov:ヨム・トーヴ)であったことも理由と思われる。あからさまに律法違反にならないように人目を避けた訳だが、違反と言わざるを得ない。
もう1つ重要な点がある。口伝律法ミシュナ「Sanhedrin(サンヘドリン)」4章を見てみよう。
死刑に関する事案は日中に審理され、日中に結審する。民事事件は結審した日に判決を下してよい。死刑に関する事案は無罪の為にはその日に判決を下してよいが、有罪の為には次の日にする。従って審理は金曜日もしくは祭日の前日には開かれない。
ここでは死刑に関する裁判は、日中に開かなくてはならないことを述べている。その裁判は日中に結審しなくてはならない。
また、もし死刑に関する裁判を無罪と判決を下すなら、その日に判決を出してもよい。しかし有罪の判決を下すなら、翌日にしなくてはならないことも分かる。
従って裁判は安息日にもyom tovにも開いてはならないが、死刑に関する裁判はその前日も開けないことになる。なぜなら有罪判決を下すことが出来ないからである。
以上の原則に照らすと、大祭司カイアファの裁判は以下の3点で不法と言える。
法的検証:カイアファの裁判が孕む「三つの決定的不法」
①yom tovである過越祭の初日に裁判を開いている。
②死刑に関する裁判を日没後に開いている。
③即日に死刑判決を下している。
以上が彼らの裁判の枠組みと運用についての問題である。更により具体的な経緯について見てみよう。
マタイによる福音書では「祭司長たちと最高法院の全員は、死刑にしようとしてイエスにとって不利な偽証を求めた」(59節)とある。
ユダヤの律法においては、証人たちが告発者(原告)の役割を担い、なおかつ刑の執行まで責任を持っている。
トーラにおいては次のように書かれている。
証人の重責:偽証が許されない律法学的な「執行責任」
死刑の執行に当たっては、まず証人が手を下し、次に民が全員手を下す。あなたはこうして、あなたの中から悪を取り除かねばならない。
そしてよく知られているように、自らの証言によって有罪判決が下り、後になってそれが偽りであることが判明した場合、その求めた刑罰を自分の身に受けなくてはならない。
だから「覚悟があれば偽証でも何でもしてよい」というのでは勿論ない。律法では有罪を求める告発者(証人)への尋問は厳格で、「どこで見たか」「何時か」「何月何日か」といった具体的な事柄が、証人たちの間で1人でも、あるいは数分でも食い違えば、その証言は無効と判断される。
従ってこの原則に拠るならば、「偽証人は何人も現れたが、証拠は得られなかった」(60節)とあるので、本来ならその時点で審理は終了し、被告は釈放されるべきである。
マタイによる福音書の記録するままのものであったなら、裁判の開廷条件だけでなく、審理の進行も律法違反であったことになる。
最後に、大祭司が最高法院を宰領している点について少し触れたい。口伝律法ミシュナを読む限り、通常最高法院の長は律法に精通し、円満な人格と社会性の豊かな人物が務めることとされている。それは聖職者とは全くの別物である。
結論:政治的代表権(サドカイ派)と最高法院の変質
しかし明らかに福音書では大祭司が最高法院を仕切っている。これは当時の政治情勢の問題、歴史の問題であるらしい。ローマ支配下においては、民事・政治的な代表権を持っていたのは、ローマ任命の大祭司(サドカイ派)であり、最高法院を主導していたのも大祭司で、政治色の強いものであった。
律法に従った死刑判決を下しても、執行する権限はないので、この後ピラトに事案を送り、その認証を求めたという次第のようである。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
