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イエスを裁いた『最高法院』への道(5回目):旧約聖書の裏に隠れている71人判事の法廷①

*イスラエルの「最高法院(大サンヘドリン)」へ続く道は、旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナの緻密な法理によって編み上げられている。本稿では、全イスラエルの裁判制度を網羅し、その構造を解明する。

 各町に置かれた「3人判事の法廷」から、死刑を司る「23人判事の法廷」の設置基準(人口120人説と230人説の相違)、そして神殿の丘から順番に配置されたエルサレム独自の法廷の序列。最高法院はその中でも司法制度の頂点に位置する。

 更に国家の命運を左右する問題について、最高法院のみ判断が許された管轄事項を具体的に列挙。今回は部族の裁き、23人判事による法廷の設置、背教の町の判定についても解説する。

 イスラエルの全ての法廷を扱ってきた本稿だが、いよいよ最高法院について説明する。


最高法院のルーツ:モーセが選んだ「70人」と「霊」の継承


 最高法院について話すには、まずは旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)から次の箇所を引用しなくてはならない。

 主はモーセに言われた。
 「イスラエルの長老たちのうちから、あなたが、民の長老およびその役人として認めうる者を七十人集め、臨在の幕屋に連れて来てあなたの傍らに立たせなさい。わたしはそこに降って、あなたと語ろう。そして、あなたに授けてある霊の一部を取って、彼らに授ける。そうすれば、彼らは民の重荷をあなたと共に負うことができるようになり、あなたひとりで負うことはなくなる。

(民11:16~17)

 前の記事でも書いたが、この箇所の流れを確認すると、モーセはこの時まで1人で民の間を裁き、イスラエルの民の不平や不満を1人で背負っていた。民は「水がない。肉がない」その他生活上の問題をモーセ1人にぶつけていたのである。そこでモーセが神に「自分の任務は重すぎます。耐えられないので、むしろ私の命を奪って下さい」とお願いしていたのであった。

 これに対して神は「それならあなたが重役を担うに相応しいと考える70人を選びなさい。わたしはあなたに与えた霊の一部を彼らにも与える」という趣旨のことをお答えになる。

 それが上記引用の民数記11章16~17節の箇所であり、イスラエルにおける最初で最高の法廷になる。元々神の前に立っていたモーセに加え、70人が新たに選ばれたのだから、それは71人で構成しなくてはならない。

 これが後代の最高法院の原型とされる。

 以上の内容は口伝律法ミシュナ「Sanhedrin(サンヘドリン)」1章6節にそのまま書かれている。

 大サンヘドリンは71人の判事で構成される。下位は23人である。どこに71人という人数に根拠があるのだろうか?なぜなら次のように書かれている。「民の長老およびその役人として認めうる者を七十人集め、臨在の幕屋に連れて来てあなたの傍らに立たせなさい」(民11:16)。そしてモーセは彼らを束ねた者である。そこで71人になる。

(Sanhedrin 1:6)

 次に、最高法院のイスラエルの位置付けについて、申命記17章を確認する。

 あなたの町で、流血、もめ事、傷害などの訴えを裁くのが極めて難しいならば、直ちにあなたの神、主が選ばれる場所に上り、レビ人である祭司およびその時、任に就いている裁判人のもとに行って尋ねなさい。彼らが判決を告げるであろう。あなたは、彼らが主の選ばれる場所から告げる判決に従い、彼らの指示するとおりに忠実に実行しなければならない。あなたは彼らの示す指示と下す判決に従い、彼らが告げる言葉に背いて、右にも左にもそれてはならない。あなたの神、主に仕えてそこに立つ祭司あるいは裁判人を無視して、勝手にふるまう者があれば、その者を死刑に処し、イスラエルの中から悪を取り除かねばならない。民は皆、これを聞くと、恐れを抱き、もはや勝手にふるまうことはないであろう。

(申17:8~12)

 イスラエルにおいては前回までの記事で扱った通り、3人判事の法廷、23人判事の法廷があった。3人判事の法廷は全ての町や村に置かれ、借金や相続などの金銭問題、窃盗、傷害などの賠償問題、妻の貞節や名誉に関する事案を扱っていたものである。

地方法廷の設置基準:人口120人と230人の分かれ道


 23人の法廷は前回の記事で見た通り、死刑に関わる事案を扱う。そこでは見なかったが、この人数の法廷について、ミシュナでは次のように語っている。

 サンヘドリン(23人判事の法廷)を設置するには、町の中に何人の人口を要するのか?120人である。ラビ・ネヘミヤは言う。230人。10人の役人に倣って。

(Sanhedrin 1:6)

 ここでは23人の法廷を設置すべき、2つの基準が示されている。

 1つは120人の人口があれば設置するというものである。もう1つのラビ・ネヘミヤの説は230人の人口が基準とする。ラビ・ネヘミヤはトーラの次の箇所を根拠にしている。

 あなたは、民全員の中から、神を畏れる有能な人で、不正な利得を憎み、信頼に値する人物を選び、千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長として民の上に立てなさい。

(出18:21)

 役人を任命する最小単位は、「十人隊長」、つまり10人の上に1人とする。従って23人の判事を任命するには「23×10 = 230人」いなくてはならないと考えるのである。

 これに対して「120人に1人」は実際の法廷運用を考えて算出したものである。こちらが正当な見解(halachah;ハラハー)とされている。

 以上を前提にもう一度申命記17章8節を確認する。

 あなたの町で、流血、もめ事、傷害などの訴えを裁くのが極めて難しいならば、直ちにあなたの神、主が選ばれる場所に上り・・

(再掲申17:8)

 これら地方の3人法廷、23人法廷で裁判が難しい事案は、「主が選ばれる場所」エルサレムに上って審理を仰ぐようにと言っている。

エルサレムの三段階法廷:神殿に置かれた「切り石の間」


 そこで「彼らが主の選ばれる場所から告げる判決に従い、彼らの指示するとおりに忠実に実行しなければならない。あなたは彼らの示す指示と下す判決に従い、彼らが告げる言葉に背いて、右にも左にもそれてはならない。あなたの神、主に仕えてそこに立つ祭司あるいは裁判人を無視して、勝手にふるまう者があれば、その者を死刑に処」(再掲申17:8~12)するべきとされている。

 エルサレムの上級審の判決は絶対であることを言明している。しかしエルサレムの法廷は1つではない。2つの23人法廷があり、1つの71人法廷がある。

 その内、1番目の23人法廷は神殿の丘の入口、2番目の23人法廷は神殿の敷地にある「女性の庭」、71人の最高法院は聖所に近い「切り石の間(Lishkat HaGazit:リシュカット・ハガジット)」に置かれていた。

 これらについては既に詳細に解説しているので、下のリンクから参考にして欲しい。

◉イエスを裁いた最高法院における裁判について(上)――神殿の「Lishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット:切り石の間)」と座席禁止規定の矛盾

◉イエスを裁いた最高法院における裁判について(下)―ミシュナ『Beitzah(ベイツァー)』『Sanhedrin(サンヘドリン)』が暴く「三つの不法」と夜間裁判

 以上をまとめると、

  1. 3人判事の法廷:全ての町や村に配置。

  2. 23人判事の法廷:120人以上の人口のある町。また、エルサレムの神殿の丘、神殿敷地内の女性の庭に1つずつ設置。

  3. 71人判事の法廷:聖所に近い「切り石の間(Lishkat HaGazit;リシュカット・ハガジット)」に設置。最高権威。

 となる。

最高法院の専権事項:国家の命運を左右する7つの裁き


 最高法院の専権事項については、ミシュナ「Sanhedrin」1章5節に書かれている。

 部族、偽預言者、大祭司は71人の法廷以外で裁いてはならない。任意の戦争は71人の法廷の賛同を得なくてはならない。エルサレムの町又は神殿の敷地の拡張は71人の法廷の賛同を得なくてはならない。部族のサンヘドリン は71人の法廷によって任命される。背教の町は71人の法廷によって裁かれる。聖地と他国の境界線の町は背教の町として指定されない。3つの町が指定されることもない。1つか2つである。

(Sanhedrin 1:5)

 これはミシュナの本文にしては珍しく分かりやすい内容になっている。最高法院の専権事項は次のように整理される。

  1. 部族の裁き

  2. 偽預言者の裁き

  3. 大祭司の裁判

  4. 任意聖戦の決定

  5. エルサレムや神殿の拡張

  6. 小サンヘドリンの設置

  7. 背教の町の判定

 本文の順番に挙げるとこの通りになるが、内容で以下のように分類出来る。

【部族に関わる裁判】
・部族の裁き(申17:8~12)
・小サンヘドリンの設置(申16:18)
・背教の町の判定(申13:13~16)

【祭司・預言者の裁判】
・大祭司の裁判(レビ4:3)
・偽預言者の訴追(申18:20~22)

【その他】
・任意聖戦の決定(民27:21)
・エルサレムや神殿の拡張(出25:9、ネヘ12:31~43)

 この内、一番最初の「部族の裁き」については既に確認した。地方の法廷で裁くのが難しい事案は、「あなたの神、主が選ばれる場所に上り」(申17:8)、裁定を仰ぐというものである。

 次の「小サンヘドリンの設置」については、トーラに次のように書かれている。

 あなたの神、主が部族ごとに与えられるすべての町に、裁判人と役人を置き、正しい裁きをもって民を裁かせなさい。

(申16:18)

 この判断を最高法院が下すことになる。

「背教の町」のジレンマ:集団処罰を回避するミシュナの知恵


 「背教の町の判定」については、以下のように書かれている。

 あなたの神、主があなたに与えて住まわせるどこかの町のうわさとして、あなたの中からならず者が現れて、「お前たちの知らなかった他の神々に従い、これに仕えようではないか」と言って、その町の住民を迷わせているということを聞いたならば、それを尋ね、探り、よく問いたださねばならない。それが確かな事実であり、そのようないとうべきことがあなたたちの中で行われたのであれば、その町の住民を剣にかけて殺し、町もそこにあるすべてのものも滅ぼし尽くし、家畜も剣にかけねばならない。分捕り品をすべて広場の中央に集め、分捕り品もろとも町全体を焼き払い、あなたの神、主に対する完全に燃やし尽くす献げ物としなければならない。その町はとこしえに廃虚の丘となって、再び建てられることはない。

(申13:13~16)

 この町を具体的にどのように裁くのかは、口伝律法ミシュナ「Sanhedrin」1章6節に書かれている。

 背教の町は来るべき世において分を持たない。次のように書かれている。「あなたの中からならず者が現れ・・・その町の住民を迷わせているということを聞いたならば」(申13:14)。彼らは首を切られることはない、以下の場合以外は。つまり惑わす者がその町の出身、その部族の出身でないなら。町の大多数の者が迷わないなら、成人の男によって惑わされるのでないなら。もしも女や子供によって迷ったなら、少数の者だけが迷ったなら、惑わす者が町の出身でないなら、彼らは個人として扱われる。

(Sanhedrin 1:6)

 まず最初に「背教の町は来るべき世において分を持たない」とある。背教の町の住民は、メシア時代の恵みを得ないことを言っている。 

 その後、背教の町として判定される条件が列挙されている。まとめると次のようになる。

①惑わす者が「その町の出身」であること
 外部の人間(他民族や他部族)に唆された場合は、町全体の罪にはならない。

②「成人の男」による扇動であること:
 律法上責任能力があるとされる成人男子が主導した場合のみ、その結果が問われる。女や子供の場合、「一時的な混乱や誘惑」によると解釈される。

③「町全体の大多数(過半数)」が迷うこと:
 少数のグループだけであれば、それは町の問題ではなく、個人の逸脱として処理される。

 最高法院ではこれらの条件を満たしているのか審理することになる。もしも満たしていると判断されるなら、町の住民は「首を切られる」ことになる。

 ただし、この箇所は町への刑罰法規を定めたというよりも、町への虐殺に近い過酷な刑罰を回避しようとする知恵であったともされている。

 今回はここまでとし、次回残った最高法院の管轄事項を扱うことにする。


(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるためのご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

【シリーズ目次】ミシュナ『Sanhedrin』法理研究

https://note.com/mishnah/n/n8cf87c1bb399


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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