ミシュナ『Peah』の法理体系 第8回:revai(植樹4年目の果実)を巡る法理――Beit ShammaiとBeit Hillelによるbiur及び「神の所有権」・「農夫の所有権」に関する論争
*本稿では、口伝律法ミシュナ第1部『Zeraim』の『Peah(ペアー篇)』第7章6節を網羅的に解析し、植樹4年目の聖なる実り(revai)に適用される法理体系を扱う。
レビ記19章および申命記26章のトーラ記述を基礎に、買い戻しの時の「5分の1の割り増し」義務、および3年小サイクルの終わりに執行される「biur(聖別資産の精算・除去)」の義務について、Beit Shammai(シャマイ学派)とBeit Hillel(ヒレル学派)の先鋭的な法理対立を浮き彫りにする。
更にrevaiから貧者の取り分(peah, shichchah, peret, oleilot)を分与すべきか否かをめぐる「神の所有権」と「農夫の所有権」の物権的解釈の境界線、およびぶどうとオリーブの圧搾(加工)に伴う換金・法的同等性の原則について、古典的註釈書Melechet Shlomo等の知見を踏まえ、手加減なしの専門性で論理構造を解明する。
前回までの振り返り:第7章3節〜4節(peretとoleilotの定義)
前回は、ミシュナ「Peah(ペアー篇)」第7章3節〜4節に基づき、ぶどう畑における窮民救済法である「peret(ペレト:落ちた実)」と「oleilot(オレロット:未成熟な房)」の定義と帰属について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】peret(ぶどうの落ちた実)の定義と義務(7章3節)
トーラ(レビ記19章10節)に基づき、収穫中に房から分離した果粒は「peret」として貧しい人のものになる。
①偶発性の原則
通常の作業中に房から分離した粒が対象である。ただし、房を切った際に葉に絡まって落ちたといった偶発事によるものは、peretには該当せず、所有者のものとなる。
②「かご」による遮断の禁止
収穫中に果粒が地面に落ちないよう、房の下に「かご」を置いて受ける行為は、貧しい人から盗むものであると厳しく戒められている。
【2】oleilot(未成熟な房)の形態学的定義(7章4節)
「oleilot」は、成熟した房に対して「未成熟なもの」を指す。ミシュナはその定義を以下の2つの形態学的指標によって厳密に定めている。
①肩
主軸の枝から出た小さな房が、密集して重なり合っている構造。
②ペンダント
主軸の先端に直接実っている果粒。
所有権の境界線として、「肩」と「ペンダント」の両方を欠いているもののみがoleilotであり、貧しい人のものになる。
どちらか一方でも備わっている場合は、所有者のものとなる。
形状の判断に疑いがある場合は、貧しい人のものとする救貧優先の原則が適用される。
【3】「つなぎ目」と収穫の判断
成熟した房と同じ枝からoleilotが生じている「つなぎ目」のケースについても規定がある。
中世の註釈家Ravadによれば、成熟した房と一緒に切り取るのであれば所有者のものになるが、別々に切る場合はoleilotとして貧しい人のものになる。
これらの規定は、ぶどうの房の細かな構造(肩やペンダント)を客観的な指標とすることで、主観的な判断を排除し、農夫と貧しい人の間の権利関係を明確に定めようとする律法の実務的な側面を表している。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Peah』の法理体系 第7回:ぶどう畑の窮民救済法――収穫の偶発性(peret:ペレト)と形態的未成熟(oleilot:オレロット)をめぐる境界線
https://note.com/mishnah/n/nb83459e41934
ミシュナ「Peah」7章6節の条文と歴史的背景:revai(植樹4年目の果実)の定義
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Peah」7章6節から引用する。
4年目のぶどう畑について、―Beit Shammaiは言う、「それは5分の1の割り増し分の掟に従わないし、biurにも従わない。」しかしBeit Hillelは言う、「それはこれらの掟に従う。」
以前の記事で学んだことだが、復習するべきことが幾つかある。植樹してから3年間は、その木の実を食べてはならない。4年目に実るものは聖なるものとしてエルサレムに運び、そこで消費する。4年目の実りはrevaiと呼ばれる。
もしも遠方に住んでいる等の事情で実りを運ぶことが難しいなら、硬貨に換えて、エルサレムで食べ物を買い、消費する。
この掟はレビ記19章23節で書かれている。
23あなたたちが入ろうとしている土地で、果樹を植えるときは、その実は無割礼のものと見なさねばならない。それは三年の間、無割礼のものであるから、それを食べてはならない。 24四年目にすべての実は聖なるものとなり、主への賛美の献げ物となる。
revaiに関する掟はmaaser sheniの掟から多くの点で準用されている。revaiについて不確かな方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉maaser・sheni(マアセル・シェニ:第2の10分の1)とorlah(オルラー)の法理:ミシュナ『Maaser Sheni』及び『Orlah』に基づく聖性と換金規定
https://note.com/mishnah/n/nd25baa5802b0
農業暦と聖別資産の精算:biur(ビウール)の法理構造
もう1つ、「biur(ビウール:maaserなどの精算・除去)」についても確認を要する。イスラエルの暦は7年サイクルで回っているが、実際には「3年 + 3年 + 1年」である。7年目以外のどの年も、基本的に同じものを祭司、レビ人、貧しい人に取り分けるが、3年サイクルで変わる項目がある。その内訳は以下の通りである。
1年目(maaser sheni)+ 2年目(maaser sheni)+ 3年目(maaser ani)
同じように4年目から6年目まで行う。
4年目(maaser sheni)+ 5年目(maaser sheni)+ 6年目(maaser ani)
つまり1年目、2年目はmaaser sheniを納めるが、3年目はmaaser aniを納める。それを4~6年目に繰り返して安息年を迎えることになる。
そこで、4年目と7年目には、それぞれ「1~3年目」、「4~6年目」の小サイクルを終えているタイミングになるので、納め忘れている分を精算しなくてはならない。
トーラには次のように書かれている。
12十分の一の納期である三年目ごとに、収穫物の十分の一を全部納め終わり、レビ人、寄留者、孤児、寡婦に施し、彼らが町の中でそれを食べて満ち足りたとき、 13あなたの神、主の前で次のように言いなさい。「わたしは、聖なる献げ物を残らず家から取り出し、すべてあなたが命じられた戒めに従って、レビ人、寄留者、孤児、寡婦に施し、あなたの戒めからはずれたり、それを忘れたりしませんでした。 ・・・(中略)・・・ 15天にあるあなたの聖なる住まいから見下ろして、あなたの民イスラエルを祝福し、あなたが先祖に誓われたとおりに、わたしたちに授けられた地、乳と蜜の流れる土地を祝福してください。
納め忘れている分を納め、あるいは廃棄し、このように宣言するのである。
この納め忘れている分を取り出すことをbiur(ビウール:maaserなどの精算・除去)と呼ぶ。不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。
◉maaser・ani(貧者の十分の一)とbiur(除去)の法理:ミシュナ『Maaser Sheni』5章に基づく聖別資産の所有権放棄規定
https://note.com/mishnah/n/n0208297455fd
割り増し金(5分の1)とbiur義務をめぐる両学派の対立
前置きが長くなったが、以上を前提に「Peah」7章6節を再掲する。
4年目のぶどう畑について、―Beit Shammaiは言う、「それは5分の1の割り増し分の掟に従わないし、biurにも従わない。」しかしBeit Hillelは言う、「それはこれらの掟に従う。」
植樹して4年目のぶどう畑(revai)について、換金したものを買い戻す時の5分の1の割増分及びbiurの義務はどうなるのか、Beit ShammaiとBeit Hillelで見解が分かれている。
【Beit Shammaiの見解】
revaiに関して、買い戻すとしても5分の1の割増分の必要はないとする。4年目以前には全く収穫していないのだから、maasrotにも関係なく、biurの対象にならない。
biurの発動するのは第4年と第7年の過越祭の前日であるが、その日が来ても、revaiは家に保管しておくことが出来る。その後にエルサレムに実物を運んでも、換金して持ち込んでも構わない。
【Beit Hillelの見解】
revaiに関して、買い戻すなら5分の1の割増分を支払わなくてはならないとする。
revaiはそもそもエルサレムで消費するべき分であるのだから、そのまま家に保管していることも出来ない。この意味でbiurの対象になり、家に残っているものは廃棄しなくてはならない。
続きもrevaiについて扱っている。
revaiにおける窮民救済義務の成否と所有権論争(神の所有権 vs 農夫の所有権)
Beit Shammaiは言う、「それはperet、oleilotの掟に従うし、貧しい人は自分の為に贖う。」しかしBeit Hillelは言う、「全ては圧搾機に行くことになる。」
revaiから貧しい人の為の分を取り分けるべきか否か、この問題でもBeit ShammaiとBeit Hillelの見解は分かれている。
【Beit Shammaiの見解】
revaiについても原則通り、peah、shichchahを残し、peretとoleilotも分けるべきである。
貧しい人はそれをエルサレムに運んで消費するか、換金してエルサレムで作物を買い、消費するかしなくてはならない。
【Beit Hillelの見解】
Beit Hillelはmaaser sheniに関して、農夫の所有物ではなく、神によって所有されていると考える。同様に、revaiについても農夫の所有物ではなく、神によって所有されていると考える。
貧しい人の為に取り分けるのは、農夫がその所有者である物だけである。
従ってこの場合、peah、shichchah、peret、oleilotとして分けるべきものも、全て圧搾して潰され、エルサレムに運ばれる。または換金される。
物権の同一性:ぶどう・オリーブにおける加工(圧搾)の法的解釈
ところで、ここでBeit Hillelが「全ては所有者のものとなる」とは言わず、「全ては圧搾機に行くことになる」という言い方をしている点が注目される。
通常の果実に関しては、贖う前にジュースにしてはならない。果実とジュースは同等ではないとされている。
しかしぶどうとオリーブは別であり、それらを潰したものであるぶどう酒と油は、それぞれぶどうとオリーブと同等とされている。
ミシュナの古典的注釈書であるMelechet Shlomo(メレヘト・シュロモ)によると、ぶどうで持って行くよりも、むしろぶどう酒で持って行く方が望ましいとさえ言われている。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Peah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n2d88667d1089
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
