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母から敬語が届いた日

母からのLINEが、急に敬語になった。
「楓さんへ」から始まっていた。
何かあったのかと思って、スーパーの駐車場で足が止まった。


母世代のLINEには、独特の作法がある。

まず改行がない。句読点の代わりに空白が入る。用件がひとつしかないのに、なぜか前置きが三行つく。スタンプは画面の三分の一を占める大きさのやつで、しかも文脈と関係ない犬が踊っている。

うちの母も、だいたいそうだ。だから、たまに文体が整うと、こわい。

先日、名前から始まる長文が来た。「◯◯さんへ」。読む前に、指が冷たくなった。改まった書き出しというのは、たいてい改まった用件のためにある。病院とか、親戚とか、そういう類の。

スクロールした。そうめん。みょうが。線香。氷。
買い物リストだった。

拍子抜けというより、腹が立った。腹が立ってから、自分が何を想像していたのかに気づいて、そのことのほうに参った。私はどうやら、母から連絡が来るたびに、少しだけ身構えているらしい。

母は公民館のスマホ教室に通っている。老眼鏡をなくして電話をかけてきた人が、今では文章の書き方を習っている。相手の名前から書きなさい、と教わったそうだ。教わったことは、使いたくなる。それはわかる。私も新しい言葉を覚えた日は、その日のうちに三回くらい使う。

ただ、娘に敬語を使うのはやめてほしい。
そう言ったら、「習うたけん」と返ってきた。それで終わりだった。

帰りの車の中で、もう一度その長文を開いた。
最後の一行だけ、書式が崩れていた。

暑いけん、気いつけてこんね。

そこだけ空白がない。そこだけ改行されている。教室で習った形が、最後で保たなくなっている。たぶん、本文を打ち終わったあとに、思い出して足したのだと思う。

母は昔から、用件を先に言う人だった。電話でも、切る前に「あ、そういえば」が必ずある。私はずっと、あれが本題だと思っていた。

でも、そうめんも線香も氷も、盆には要る。用件は用件で、ちゃんと大事なのである。母は必要なことを、必要な順に並べただけだ。

後ろの一行を本題だと思いたがっているのは、たぶん私のほうだ。

で、結局、私はその一行にだけ返信した。
「はーい」

三文字だった。習ったことは何も使っていない。


*漫画は新宇佐美式六号で描きました。

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