泡が三割で一番おいしいなら、十割にすればいい
八月四日はビヤホールの日です。
一八九九年のこの日、東京・銀座に日本で最初のビヤホールが開店しました。今日でちょうど百二十七年になります。
記念すべき日なので、うちの執事が本式で注いでくれました。途中まではとてもいい話だったのですが、私が余計なことを閃きました。



ビールは、液体が七、泡が三がいいとされています。
執事はそのとおりに注いでくれました。一度目は高いところから泡を立てて、落ち着くのを待って、二度目、三度目と静かに足していく。グラスの表面にゆっくり水滴が浮いてきて、その時間が地味に長い。待っているあいだ、私はずっとグラスを見ていました。
一口飲んで、思いました。やっぱり泡のところが一番いい。
冷たさが最初に来るのは液体のほうなのに、口の中で残るのは泡の感じです。ふわっとして、細かくて、飲んだあとに舌の上でしばらく消えていく。あの部分が一番おいしい。
一番おいしいものが三割しかないというのは、どう考えてもおかしい。
というわけで十割にしてもらいました。
グラスを持った瞬間に、まず軽いんです。ビールのジョッキの、あの手首にずしっと来る感じがまったくない。中身が入っているのに空みたいな重さで、持ち上げた腕がスカッと上がってしまう。
飲むと、口の中でぱちぱち消えて、何も残りません。もう一口。やっぱり何も残らない。おいしいとかおいしくないとかの前に、飲んだ実感がない。
そうしているあいだにグラスの中の白い山はどんどん沈んでいって、最後に底に指一本ぶんの液体が残りました。
減った、というのが正直な感想でした。増やしたはずなのに減っている。
泡は、液体の上に乗っているから泡なのだそうです。
言われてみればそのとおりで、泡というのはそれ自体が独立して存在しているものではなくて、下に液体があってはじめて成り立っている。三割を十割にしたのではなくて、七割のほうを消してしまっていたわけです。
百二十七年前の銀座で、最初の一杯を飲んだ人がいます。その人がどんなふうに飲んだのかは知りませんが、泡から飲んだんじゃないかな、と思います。あれは順番として、そうなるようにできている。
二杯目は、私が言う前から冷えていました。
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