水の種類が多すぎる
7月9日は「泣く日」。うちの猫は泣かないかわりに、泣く人間をずっと見ている。



7月9日は「泣く日」だという。な(7)く(9)の語呂合わせで、制定したのは全米感涙協会。名前は全米だが、日本の団体らしい。まずそこで少し笑ってしまった。
猫は感情で涙を流さない、という話を聞いたことがある。猫の涙は目の保護や不調のためのもので、悲しくて泣くことは基本ないという。諸説あるかもしれないので断言はしないが、少なくともうちの猫が泣いているところは見たことがない。
一方の私は、今日だけで二回泣いた。
一回目は玉ねぎである。夕方、台所で玉ねぎを刻んでいた。包丁を入れて三秒ほどで、鼻の奥がツンとくる。そこからはもう駄目で、視界がにじんで、まな板の上の玉ねぎが白い塊にしか見えなくなった。袖で目元をぬぐいながら刻む。悲しいことはひとつもない。それなのに、涙だけは本気で出る。
ふと足元を見ると、猫がいた。座布団で寝ていたはずなのに、いつの間にか来て、床からじっとこちらを見上げている。心配、というより検品の目だった。その水はどれですか、と聞かれている気がした。
「玉ねぎがしみるのよ」と説明したが、通じていなかったと思う。悲しくないのに目から水が出る生き物は、猫から見ればたぶん故障している。
二回目は、その猫のせいである。椅子に座ったら、よいしょ、という感じで膝に乗ってきた。あたたかくて、ずっしり重い。その重みを見下ろしていたら、心配してくれたのかと思えてきて、また目の奥があやしくなった。玉ねぎの涙が引いたばかりの目である。水の在庫は、まだあったらしい。
泣く日だからと言って泣いたわけではない。玉ねぎと猫のせいである。ただ、悲しい涙は一滴もなかったので、記念日の趣旨には、わりと合っていたのかもしれない。
猫は膝の上で目を閉じていた。増えた水のことは、もう見ていなかった。
*漫画は新宇佐美式六号で描きました。
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