窓辺の小さな言霊使い①|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街【番外編】
こちらは『追憶のオリジン』のスピンオフとして描かれた、全5話の読み切りストーリーです。
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これは、魔法でも命令でもない。だから救いも教えもない。ただあの子が気まぐれに残していったある春の物語。
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『窓辺の小さな言霊使い』①
ぼくは、弱かった。
どこが、と聞かれても分からない。
でも、なぜみんなが毎日起きてあんなに走れるのか、楽しそうに、嬉しそうに笑えるのか。ぼくには分からなかった。
ぼくは小さな頃から、いつも余り物を食べていた。
それでも身に余るくらいだ。だって、ぼくは役立たずだから。
それなのに、住まわせてもらって、食べさせてもらって、面倒をみてもらう。
本当に贅沢で、しあわせなことなんだ。
*
幼い頃、この街は氷山の災害が断続的に続いていて、混乱のなかにあった。ぼくは物心つく頃から、世話をしてくれる大人が望むことには何でも応えていた。
あの頃はまだ、身体が動いたから。
生きるために、それが必要だったんだ。
ぼくの身体は、ぼくだけのものではない。
目線が送られるたび、体が冷えていく。
ぼくを「いい子だね」「素敵だよ」と肯定する言葉は、どこか不穏な苦痛を伴って響く。
その言葉の代償に、ぼくは「安全」と「居場所」をもらう。
なのになぜか、それらはぼくの世界をぐにゃりとひしゃげさせ、大きく揺さぶるのだ。
あの場所しかなかったし、食べさせてもらっていた。
しあわせなはずなのに、ぼくは素直に感謝ができない、ダメな子どもだった。
それからしばらくして、塔の長屋に保護されて暮らすようになった。
霧が晴れたある日の空を見て、ぼくの心はどこまでも遠くへ駆けていける気がした。
みんなと一緒に路地を抜け、大通りを胸を張って歩く。教会塔の上まで螺旋階段を登る。あそこには図書室があるはずだ。
あの窓から街を眺めたら、どんなに素晴らしいだろう。本を借りて、裏の公園で読む。そこで得た知識で、人々の役に立つんだ。
けれど、その自由な心を引き留めるのは、汚く濁った塊のようなぼくの肉体だった。
美しいものを目の当たりにするほど、激しい吐き気がこみ上げる。手足は鉛に変わり、頭の中では誰かが鐘を叩くみたいに、キンキンと痛みが騒ぎだす。
その頃からだ、何をしても「弱いぼく」になったのは。
何もできないぼく。
裏切られる期待は、周囲を混乱させる。ガッカリするのはぼく自身だけではない。
ぼくはどんどん弱く、動けなくなっていった。
いつしか長屋のみんなは、ぼくだけを置き去りにして大人になっていった。
仕事を任せられ、頼もしく街を守るようになる。たくさんの人の中で協力し、生き生きと活動する。
それはもう、ぼくには叶わないことだった。
汚れたぼくは、自室の隅で小さな部品を一つ組み立てる。
普通の人は、これを一日に三百個組み立てるらしい。ぼくは一つ作ると横にならなければいけないから、一日に十個ほど。それでも、ぼくに回してくれる仕事がある。
ぼくにはこの、与えられた義務の時間しかない。
だけど同時に、不安な時や指先に力が入らない時、この冷たい金属に触れていると、ぼくは「ぼく」でいられる気がした。
この時間は、誰もぼくに触れない。 誰もぼくに期待しない。
そのわずかなやりがいだけが、ぼくを今に繋ぎ止めてくれるものだった。
この存在のもどかしさに、何をされても何も言えない。
それでもここまで生き延びてしまったのは、弱いなんて嘘だったのだろうか。
うまく育たなかったぼくには、世界に返せる物が何もない。
ぼくの存在する意味は、一体なんだろう。
*
ある日、ぼくの部屋の小さな窓から、春風みたいにふわりと、幼い子どもが声をかけた。
「ねえ、なにをしているの?」
薄い色の髪にグレーの瞳。額には布を巻いている。 ぷくぷくとした白くきめの細い肌に、小さな体。三つか四つくらいだろうか。
窓辺を覗き込む、無垢な顔。
それが、幼いレイとの出会いだった。
(つづく)
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