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窓辺の小さな言霊使い②|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街【番外編】

こちらは『追憶のオリジン』のスピンオフとして描かれた、全5話の読み切りストーリーです。
本編はこちら→★

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これは、魔法でも命令でもない。だから救いも教えもない。ただあの子が気まぐれに残していったある春の物語。
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『窓辺の小さな言霊使い』②



その日、ぼくはカーテンを半分まで下げ、ベッドの上で涙を浮かべていた。
物思いにふけると、胸に何かが刺さるように痛み、涙に溺れてしまうのだ。

ぼくの居場所は、長屋の脇、半地下にある倉庫の一室だった。窓は、カーテンを少し下げれば大人の目線からは隠れる。
彼が小さな子どもだからこそ、ぼくに気づいたのだろう。

「ねえ、きみはそこで、なにをしているの?」

大きな目でこちらをじっと見つめて、その子は尋ねた。
髪も肌も白っぽくて、光に溶けてしまいそうだ。

「え……?き、君こそ、どこから来たんだ。一人なのか?」

「僕は……」
言いかけたその子は、はっと通りの向こうを振り返ると、「またくる」 と言い残して、走っていってしまった。

こんな場所に、あんなに小さな子が来るはずがない。 昼下がりの夢だと思った。


ところが翌日、その子は言葉通りに姿を現した。

「ねえ、なにをしているの?」

今度は階段に腰を下ろし、小さな窓に額をこすりつけるようにして尋ねてきた。
昼間から寝ている大人が珍しいのだろうか。

「昨日の子か。……休んでいるんだ」

「ぐあいがわるいの?」

「うん」

「癒やし魔法をうけにいかないの?」

「ぼくには効かないんだ。どうしようもない」

「どこがわるいの?」

「さあ……分からない」

「僕、診てもいい?」

「えっ?!」

何を言っているのだろう。こんな歩き出したばかりのような幼子が。

「はは、冗談だろう。本当だとしたら大変だ。そんなこと、してはいけないよ。
その額のバンダナの刺繍……君は『塔』の子どもだろう?早く帰りなさい。ぼくに関わってはいけない。もう、来るんじゃないよ」

ぼくは慌てて、一気にまくしたてた。それだけで、息が上がる。

「……じゃあ、聞くだけでいいよ」

そう言うと、その子は窓越しに片手をぼくの方へかざした。
そして、すうっと息を吸い込むと、小さくて赤い唇から言葉を発した。

「よくなぁれ!」

……何も、起こらない。
彼は不思議そうに、自分の手を見つめる。

「ねえ、僕の目を見て」

彼はもう一段階段を降り、ぼくと目線を合わせた。

「よくなーれ!」

やはり、何も起こらなかった。
ぼくはいたたまれなくなり、顔をそむけた。

「やめよう。
もし君が本物の使い手で、ぼくを治したとしても、ぼくは君に何も返せない。
帰りなさい」

そう言って、ぼくは窓とカーテンを閉めた。



翌日の昼下がり。あの子はまた一人で、とことことやってきた。
階段に座り込み、小さな指を窓枠に引っ掛けて、中を覗き込んでくる。

厄介なやつに目をつけられたものだ。

「……歌や踊りを見たことはある?」

「え?もちろん。子どもの頃は塔の周りにいたから、いつも聴いていたよ」

「今は?」

「ここから動けないんだ。毎日、決まったことをしている」

「誰か知ってるの?」

「ああ。ルームメイトがいるからね。彼らに世話になっているよ」

「しあわせ?」

「……ああ。幸せだよ。君は、違うのかい?」

「僕は……しあわせって、まだよく分からないんだ。
ねえ、もう一度、やらせてくれない?」

まっすぐな視線に、居心地が悪くソワソワした。

「な、何が欲しいんだ?!」

彼は首を横に振った。さらさらと白い髪が揺れて光る。

「何もいらない。僕のために、やらせてよ」

ビクッ、と身体が反応した。
体の中から熱が湧き出て、同時に冷や汗が背中を伝う。

こんな小さな子を相手に、ぼくは何をビクついているのだ。
けれど、これがこの街にいる代償なのか。こんな小さな子にまで……。

「き、君は塔の子どもだものね。ぼくはこの街に居させてもらうために、役に立つなら……そうさ、何でもするべきなんだ」

必死に平静を保ち、諦めと共に震えをこらえて両手を広げた。

「……さあ、どうぞ」
好きにするといい。

そんなぼくを見て、その子の瞳がキラリと光った。

「あ、そうか。君も、『治る』ってことが分からないんだね。それで止まっているんだ」

一瞬、息を忘れた。
(治る……?このぼくが?何のことだ?)

「また、塔のそばで暮らせばいいよ」

ぼくは混乱した。
年長になるにつれ、塔から離れて暮らすのがこの街の一般的なあり方だ。

「塔のそばなら、歌がたくさん聴けるよ」

この子はなぜ、ぼくに塔の恵みを受けさせたがるのだろう。
まさか、ここで役に立っていないのがバレて……。

「……そ、それは、塔からの『命令』か?!」

薄ら怖くなって、震えながら口をついた言葉。その瞬間、みずみずしい幼い顔が凍りついた。

「!!」

その顔は、ひどく傷ついたように歪み、大きなグレーの瞳が揺れていた。
その子は整った形の赤い唇をキュッと噛むと、パッと身を翻し、逃げ出すように階段を駆け上がっていった。


ぼくは薄暗い部屋に一人になり、ホッとしてベッドに横たわった。

(つづく)

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