窓辺の小さな言霊使い③|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街【番外編】
※今週は本編の代わりに、こちらのシリーズを投稿しています。
こちらは『追憶のオリジン』のスピンオフとして描かれた、全5話の読み切りストーリーです。
本編はこちら→★
𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃
これは、魔法でも命令でもない。だから救いも教えもない。ただあの子が気まぐれに残していったある春の物語。
𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃 𓈒 𓂃
『窓辺の小さな言霊使い』③
なぜか分からないが、小さな子どもを傷つけてしまったらしい。
後味の悪い思いを抱えながら、また数日が過ぎた。
もう二度と来ないだろう。そう思っていたのに、あの子はひょっこりと顔を出した。
いつも額に巻かれていた、塔の刺繍が入ったバンダナは、今日はつけていなかった。
「僕の名前、『塔』じゃなくて、レイだよ」
「あ、ああ。ぼくは……、ジーだ。
こんな所にいたら、みんな探しているだろう?」
「いいんだ。僕は、じっけん中だから」
「実験……なんの?」
「『しあわせ』だよ」
彼は真剣な顔で言った。
「ジーは、しあわせだと言ったね。それは何?」
「そりゃ……ここにいられること、仕事があること、だよ」
「僕のデータと少しちがう。
それで僕は、ジーは病気が治ったらしあわせだろうと仮定した。でも、ジーは『治る』を知らないし、僕は『しあわせ』が分からない」
「ぼくは、病気じゃない。ただ身体が弱いだけだ」
「強くなったらしあわせ?」
「……まあ、そうだね」
「よし。――強くなぁーれ!」
「…フッ」
思わず吹き出してしまった。
「わ、笑ったのか?」
「……いや、何も起こらないからさ。
本当に魔法なんて使えるのか?しかも、こんなに小さいのに言霊魔法?
いずれにしろよかった、何か起きたら大変だ。早く帰りなさい!」
シッシッ、と手で払い布団をかぶる。
「どこか、強くなってない?」
振り返るとレイは窓枠から身を乗り出してきた。
反射的に避けるようにのけぞる。
こんな純粋なものに近づいたら、汚れたぼくは溶かされてしまいそうだ。
「そういう『強い』じゃないよ。そんなすぐになれるわけないだろう」
この距離に、動悸がして冷や汗が出てくる。
そんなぼくをよそに、レイはブツブツと独り言を始めた。
「ふむ。ジーは『治る』じゃなくて『弱い』。僕の『強い』とジーの『強い』は違う。だから、僕の言霊魔法が発動しないんだ。
ということは……それで……」
どんどん早口になっていく。
その内容は、ぼくには全く理解できなかった。
「あっ、あ!僕、つい考えすぎちゃうんだ。はちまき…制御……とまれ!あっ、まっ……」
レイはバンダナのあった額を、慌てて抑えた。
その瞬間、ぷつりと糸が切れたように彼はボーッと立ち尽くした。
そのまま、来た道をふらふらと戻っていく。
(まさか……自分の言葉で、自分の思考を止めたのか?まさか、な)
ぼくはため息をついた。
(それにしても、変な子だ。危なっかしくて見ていられない)
気がつけば、埃をかぶったコートを手に取っていた。
のろのろと半地下の扉を開ける。その瞬間、外の光が刃物のように目に突き刺さった。
「うっ……」
こみ上げる吐き気。
こめかみを金槌で叩かれるような頭痛。
(役立たずのぼくが、何の権利があって太陽の下を歩いているんだ)
猛烈なめまいの中、フードを目深に被り、襟を立てて口元を隠す。
自分の存在を消すように壁に沿い、日陰を選んで通りに出た。あの危なっかしい小さな後ろ姿を視線で追う。
大通りまで出ると、どこからか塔のローブを着た大人たちが血相を変えて駆けてくるのが見えた。
彼らはレイを抱き上げ、まるで壊れ物でも扱うように大切に連れ去っていく。
「まったく、人騒がせな幼児だ」
そう言葉を吐き捨てても、激しい動悸はなかなか収まらなかった。
「治る」を知らないぼくと、
「しあわせ」を知らないあの子、か。
(つづく)
◯本編はこちら
◯設定・サイドストーリーはこちら
いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んでくれてありがとう♡