窓辺の小さな言霊使い④|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街【番外編】
こちらは『追憶のオリジン』のスピンオフとして描かれた、全5話の読み切りストーリーです。
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これは、魔法でも命令でもない。だから救いも教えもない。ただあの子が気まぐれに残していったある春の物語。
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『窓辺の小さな言霊使い』④
あれから、また来るだろうかとレイを待つ自分がいた。
郊外のこの部屋は静かだ。街の喧騒も、教会の鐘の音も、窓を閉めれば届かない。
けれども同時に、この静寂は「お前はもう誰の役にも立っていない」という事実を、突きつけてくるようだった。
「鐘の音がうるさいから、同期のドリーたちと一緒に引っ越すよ」そう言って、ここへ来たはずだった。
ドリーは、「お前はここにいていい、俺が守ってやる」と快活に笑っていた。その言葉に救われたはずだった。
けれど、それはいつしか、お互いにとって別のものに形を変えていた。
ドリーはぼくを追い出さない。それは彼の誠実さであり、誇りだからだ。
ぼくもここを出ない。ここを出てしまえば本当に、居場所も価値もない塊になってしまうから。
ドリーの優しさにすがって、震える手で一つでも多くの部品を組み立てるしかないのだ。
ルームメイトたちは毎朝、仕事に出ていく。ぼくは長屋の雑用を少しして、内職を少しする。けれど、ぼくがこなせる雑用は、もうほとんど残されていなかった。新しい人が増えるたび、ぼくが差し出せる役割は、ひとつ、またひとつと減っていった。
先に片づけを済まされ、「今日はいいよ」と言われる朝。休めと言われるたび、次は何を返せばいいのか分からなくなり、ぼくは落ち着かなくなった。
あの頃のように「奉仕」すれば繋ぎ止められるのだろうか。いや、そうではないことを塔で教わったはずだ。
気づけば、逃げるように半地下のこの部屋にいた。
そう、ここへは望んで来たのだ。水汲みもパン焼きも、今のぼくにはできない。ならば、部屋を明け渡すのは当然だ。そのうえ食事まで運んでもらっている。ぼくはなんて幸せ者なのだろう。
けれど、レイの言葉が耳の奥で鳴り止まない。
――君は、治るってことが分からないんだ。
いや、塔になんて今さら行けるはずがない。すでに去った場所だ。それに、人の往来が多く、鐘が響き、光の集まる場所なんて……。
ベッドの上で悪寒に身を縮める。
ぼくはここで、自立してやっていけている。身体は弱いけれど、気分のいい日は掃除もできる。長屋から出られなくても、ここにはまだ居場所がある。
今度レイが来たら、そう言ってやろう、そう思った。
だが、彼はもう二度と来なかった。
小さな窓は、ただの窓に戻った。
――それが、ぼくの幸せだ。
――けれど、それで本当によいのだろうか。
*
ある日の夕方、食事を運んできたドリーに、自分でも思いがけない言葉が口を出た。
「……引っ越そうと思うんだ。塔のそばに」
何を言っているんだ、ぼくは。そんなつもりはないくせに。
けれど、ドリーの顔がホッと緩んだのを、ぼくは見てしまった。
その瞬間、体中の血が逆流するように口に集まり、早口でしゃべっていた。
「さ、最近は長屋の雑用もできてないし、いつまでも世話になってばかりで悪いから……。塔のそばなら、じ、自分で納品もできるだろうし」
彼は何も言わなかった。
以前なら、「何言ってるんだ、ここにいろ」と笑ったはずだ。
けれど今、その顔には隠しきれない陰りが混じっていた。
新しい同居人は若くて健康で、街に立派に貢献できる「役に立つ」者たちばかりだ。彼らが朝、賑やかに仕事へ出かけるたび、この半地下の部屋は沼の底に沈んでいくようだった。
「ま、まだ先だけどさ…。もう少しだけ世話になるよ。ごめんな。これまでありがとう」
言ってしまった…。もう取り返しがつかない。汗を握りながら恐る恐るドリーを見た。
彼の目はきまり悪そうに泳いでいた。
「……お前がそう決めたんなら、俺は止めないよ。水汲みもパン焼きも、新しい奴らがやるし……お前も、その、気が楽だろ。うん…はは、は」
その瞬間、ぼくの身体がジン、と嫌な痛みを発し、思わず腹部を抱えた。
「……困ったことがあれば、言えよ」
部屋の隅を見つめたままそれだけ言うと、彼は部屋を出ていった。
静かになった半地下でぼくは、腹を抱えたまま、小さな窓を見上げた。
ドリーは強い人間だ。 快活で、力持ちで、優しく、誰からも頼られ、それは間違いない。
でも、強さとは……なんだっけな。
ぼくは、あの子が自分にかけた、あの馬鹿げた言葉の響きを、ぼんやりと思い出していた。
(つづく)
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