60歳からのピアノ。子に夢を託した母が、自分で夢を叶えるまで
母は小さいころ、ピアノが習いたかった。
何回もお願いをして、ようやく通わせてもらった近所のピアノ教室は、たったの1回で辞めることになった。祖母がお金に厳しく、クリスマス献金の10円をしぶられて、続けることができなかったからだ。
その後悔と悔しさがずっとあったから、母は娘のわたしにピアノを習わせてあげようと思った。
忘れらない自分の夢を娘に託す
小さいうちにはじめた方が良いからと、3歳からピアノ教室に連れていかれた。
ところが娘はピアノにかけらも興味を示さない。毎日15分の練習も嫌がり、3歳から習い始めたピアノは5歳になる前にやめた。ようやく両手で簡単な曲が弾けるようになったころだった。
その後ずっと、母からはピアノを辞めたことを責められた。
「お母さんはこんなにやりたくて、それでもできなかったのに」
子ども心に思った。
「じゃあお母さんが習えば」
家にはピアノがあり、バイエルをはじめとしたピアノ教本がたくさんあった。今にして思えば、母は子どものころやりたくてもできなかった自分を救ってあげたくて、わたしにピアノを習わせていたのだろう。
母がピアノを習うことも、弾くこともなかった。
長らく置物になっていたピアノは、わたしが実家を出ると同時に処分された。
60歳を過ぎて、母はピアノを習い始めた
仕事を辞めて、心境の変化か母はピアノを習い始めた。
キーボードを買い、毎日練習をしていた。通っていたピアノ教室では毎年発表会があり、老いも若きも、上手も下手も、みんなグランドピアノで演奏する。グランドピアノの打鍵の重さに慣れたいからと、気が付いたら母はアップライトピアノも買っていた。
年を取って始めたから、もちろん指はなかなか動かない。それでも少しずつレベルアップして、楽しんでいる。
先日実家に帰った時に母の伴奏で3歳の息子が『おもちゃのちゃちゃちゃ』を歌っていた。孫と一緒にピアノを楽しむことができて母はうれしそうにしていた。
自分の夢を叶えること、それは幻想を壊すこと
ピアノを習うなんて大人になったら簡単なのに、なぜ自分で習わずに子どもに夢を託したのだろう。
長年の後悔をそのままにするのは、幻想を壊したくないからかもしれない。
小さいころからピアノを習い、とても上手になる未来
合唱コンクールで伴奏を担当する未来
初見で流行の曲を弾く未来
そんな未来がもう来ないことを直視するのが怖いから、自分でやらずに無限の可能性があると思える子どもに託すのかもしれない。
自分の子と母が楽しそうにしている光景を見て、母はわたしに夢を託すのをあきらめて、自分で叶えたんだなとホッとした。
子どもに夢を託すより、自分で叶えなはれ。
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