復職するワーママ、仕事でオリンピックレベルを目指すのか?
どこまで本気で仕事をする?
復職するにあたって、どのように仕事と向き合うのかを日々考えている。2歳の突発的な癇癪によってすべてのおもちゃと洗濯物を散らかされた部屋の中、セミの合唱のように声を揃えて泣く0歳と2歳に力なく目をやりながら、『これまでのように仕事にフルコミットするのは難しいのかも』なんて思う。
どんな心構えで働いたらいいのだろうか。
今回の参考資料はこちら。
仕事の世界での評価基準がつらい
「やりたい仕事がある」と周りを引かせるほどゴォゴォ燃えながら仕事をしていたわたしも、妊娠や育児で否応なく優先順位が変わると、仕事にフルコミットできなくなった。
妊娠前のわたしの働きぶりから当然のように求められた、悪阻で吐きながらお客さんの元に向かうことも、妊娠中の不安定な体調で海外出張に行くことも、もうしたくない。仕事の世界で良いとされることができない自分が不甲斐なく感じてすごく苦しかった。仕事の世界での評価基準がどうにも自分に合わなくなってきていた。
これからまたそんな仕事の世界に戻るにあたって、きっとわたしに必要な言葉を見つけた。
社会の価値基準ではなく、自分の価値基準を複数つくっていく
社会ではNG、自分はOKを見つける。社会の価値基準ではなく、自分で価値基準を複数作っていく。
社会的には仕事にフルコミットするのが良い。(体調に関わりなく必要な業務をせよ)
社会的には仕事の要求に柔軟に応じられるのが良い。(求められたら際限なく残業せよ)
社会的には会社に利益をもたらすのが良い。(成果を上げよ、さもなくば…)
そんな社会の価値基準に縛られていた自分に気づいた。自分で価値基準を作る。それも一つではなく、複数つくる。
なんて自由で救いを感じる言葉だろう。
「エリート」という呪縛に囚われず、自分が好きなものを追求する
わたしを縛っていたのは社会の価値基準だけではない。
おもしろい仕事をするには、エリート街道をひた走り、仕事を選べる立場にならないと、という強迫観念があったわたしは、ひたすらにエリートに憧れた。エリートの呪縛を軽やかに脱ぎ捨てた女子高生のゆなさんの言葉が力強くて素敵なので紹介させていただきたい。
しかしこれも今思えばかなり受動的な選択で、この時点で私は海外大のことを「国内大の序列から抜け出すことができる、東大からの逃げだと思われずに済む魅力的な選択肢」くらいにしか思っていなかったように思います。
そのため「課外活動で結果を残して、名門海外大に進学する」という、惰性で東大を目指していた頃と変わらないエリート像に囚われていた私は、大学進学のために学生団体の設立やスタンフォード大学が提供するプログラムへの参加など、権威性のありそうな課外活動に手当たり次第取り組み始めたのでした。
<中略>
実績を重視することをやめて、ただただ自分が好きなものの探求に取り組むことにしました。
好きなものの探求に取り組む。自分はただただ好きなものを探求しているだろうか?長期的なリターンや将来性を計算してばっかりで頭でっかちな自分を自覚した。
もっと、短絡的におもしろいことに飛びついてもいい。
年を経るごとに差が広がる、バット振って当てにいっている人と全力で振っている人の違い
だいたい、おもしろいことに夢中になって全力でやっている人と、仕事だからと求められていることを的確にこなす人には大きな差がある。
キャリアに関わる音声配信の中でこんな発言があった
県大会でプレイするのか、オリンピックレベルなのか
ある程度の年齢になると、当てにいってる人と全力でやってる人の違いに気づいてくる。県大会は当てに行ってる人も歯食いしばってプレイできるけど、オリンピックレベルになると違う。
自分のことを言われているようでドキッとした。
当てに行ってしまうのはよくわかる。当てに行くとあてられるのよ。
でも、当てに行ってしまう自分を肯定できるようにもなった。育休中の転職活動はまさにそれで、0歳と2歳の子どもがいても働ける職場を探した。そこで働いたらもういつ死んでも幸せ、というのではないけど、次へのステップとしてはこれ以上は望めないほどいい条件の会社。
そんなところにすべりこめたのは、相手がほしい人材やキャラクターに見えるように、自分の出し方を調整したから。 当てに行ってこのレベルが今手に入るなら、数年全力の空振りしてわちゃわちゃして、全部失敗しても大丈夫だなと思えた。また当てに行けば、今よりはレベル落ちるだろうけど、まぁそれなりな仕事はできるだろう。
逆説的に、もう自由にやっていいかな、という気持ちになった。
こんなことをつらつら書いていたら、同じく働く女性からお返事をいただいた。
実例①爽やかな汗を流している、会社に命捧げている人にはなれない
入社して4年間、やれるところまでやって県大会レベルにはなれた。オリンピック強化選手の声かけももらった。なにかを犠牲にするとオリンピック選手も夢じゃないところにいる。
けどそもそも会社員という働き方が退屈になってきちまった。退屈というのは、周囲とアスリートたちに比べて『仕事に対して200%本気(しかも純粋)』になれないってかんじ。
200%本気の演技はできる。だけど、もうやれないなって思った。理由は、純度が高いアスリートたちが『お前もこっち側だろ!来いよ!』と爽やかな汗を流しながら笑顔で手招きしてくれる状況を目の当たりにして「いやぁ〜、やっぱ私、そこまでして会社に奉仕できないっすわ〜。」と思いましたとさ…。
周りとの温度差というところ、すごく共感しました。爽やかな汗を流してる皆さんは、たぶんすごく仕事を楽しんでいるんですよね。わたしは盲目的に『仕事での自己実現のために生きている』なんて思っていたので、爽やかな汗を自分が流している側だと思っていたのですが、第2子産休直前で「あれ?なんか違う…?」と思ってからどんなスタンスで働くか迷いが生まれています。
妊娠による健康状態や子育てっていう物理的な制約が生まれたので、『爽やかな汗』という幻想から引き戻された気がします。 働く目的は「おもしろいから」ですが、「おもしろい」を得るために必ずしも社会が決めた基準でのオリンピック大会を目指せなくてもいいのかも、と少し柔軟な視点も得られつつあります。
実例②オリンピック強化合宿に参加しながら、ちんちんのことばかり考えるというおもしろ人生
私はまだ会社のオリンピック強化合宿から抜け出せていません…
でもnoteに出会ったおかげで強化合宿受けながらちんちんのことばかり考えるというおもしろ人生になりましたわ。
私もこのままオリンピックを目指し続けるのか、真剣に考えてみますわ。 皆さんのお話が私の勇気になっていますわ。
オリンピック強化合宿とちんちんというワードの取り合わせが面白すぎて中身が頭に入ってきません。
それでも仕事でオリンピックを目指しても、目指さなくてもおもしろい人生になりそうな言葉に、わたしも勇気をもらいました。
仕事に自己実現、成長、やりがいといった意味を載せすぎていたところから、自分で好きに意味づけする時期に来たのかもしれない。仕事なんて、ひまつぶしでもいい。保育園に入るための理由でもいい。お金のためでももちろんいい。
おもしろいから、ならなおいい。
自分の価値基準をたくさんに見つけて育ててあげたい。
▼転職の話
▼お金の価値観について
▼もうちょっとで復職です・・
いいなと思ったら応援しよう!
こんなところまでお読みいただきありがとうございます!
なにか心が動きましたら、チップでお知らせいただけるととってもうれしいです。