馬は嘘をつかない。第23回「買えたのに、買わなかった一口」
※シリーズ目次(第1回〜最新)はこちら
※第1回:1983年、ミスターシービーの衝撃
https://note.com/masudaya01/n/n8beb00becc52
第20回「牧場ツアーという名の分岐点」
https://note.com/masudaya01/n/nfa73d69e87a4
第21回|1998年、ユニオンで夢を買った頃 — サンデーサイレンス/ブライアンズタイムの時代
https://note.com/masudaya01/n/nc8fdd5a2d153
第22回|1999年、持ち込み馬に夢を見た頃(デヒアとコジーン)
https://note.com/masudaya01/n/n50f1f607b769
第23回「買えたのに、買わなかった一口」
https://note.com/masudaya01/n/n162c624d6e55
第24回|番外編|ラーイ産駒 ジュビラントソングの記憶
https://note.com/masudaya01/n/nb9ebbcab140c
第25回「クロニカという一日(2005年・持ち込み馬の夢)
https://note.com/masudaya01/n/n49a5756bd5ab
※本稿は特定の個人・団体を批判する意図はなく、当時の個人的体験と印象を記録したものです。
1999年秋。
それまで当歳馬の販売を行っていなかったヒダカブリーダーズユニオンが、
「スペシャルペガサス」と称して、数頭の良血当歳馬をラインナップした。
その中にいたのが、サスペンスクイーン99。
父はトニービン。
――とうとう俺も、三強種牡馬のオーナーになったわけである(笑)。
この募集は500口という少額設定だった。
ユニオンの長年の経験から、
「すぐに満口にはならないだろう」と高を括り、とりあえず1/500だけ購入した。
正直に言えば、破格の募集馬だったので、最初から5口を買う勇気はなかった。
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