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祖父・志賀直哉の足跡をたどる関西旅③

現代アートのコレクターであり、「小説の神様」と呼ばれる志賀直哉のお孫さんでもある山田裕さんの収集生活や思い入れのある作品、祖父である志賀との思い出話などについてご紹介するこの連載。

第五回目は、もともと志賀が所有しており現在は大阪市立東洋陶磁美術館所蔵の「白磁壺」について、SNSでも話題となった驚きのエピソードをご紹介します!

もくじ
・破損したことが信じられないほど見事な修復
・祖父のはからい?偶然訪れた取材のタイミング
・文化芸術の神様が宿る!? 白磁壺に会いに行こう

取材協力:大阪市立東洋陶磁美術館

破損したことが信じられないほど見事な修復


観音院での志賀直哉。床の間に破損する前の白磁壺があります。


数年前にSNSで話題となっている大阪市立東洋陶磁美術館所蔵の白磁壺。訳あって粉々になった状態から修復され、トップの写真のように何の損傷もなかった状態になったということで「修復師すごすぎ!」「難解なパズルのよう」などとバズったものです。

前回の記事では志賀直哉と交流のあった写真家・入江泰吉についてご紹介しましたが、実はこの壺はもともと、志賀が、彼と入江泰吉の仲を取り持った東大寺の住職、上司海雲師に贈ったものでした。

山田さんは前々からこの白磁壺が見たくて、これまでの記事でもご紹介した入江泰吉旧居でのイベントや、志賀直哉旧居の取材のあと、大阪に足を運びました。

山田さんが学芸員の方にたずねたところによれば、この壺は東大寺塔頭観音院に飾られていたのですが、寺に入った泥棒が、この壺を盗み出そうとしたところ見つかって追い詰められ、石畳にたたきつけたため粉々に破損してしまったのだそうです。

その後、白磁壺は破片の状態のまま同館に寄贈されました。美術館では凄腕の修復師にお願いをして、半年余りかけて現在の姿にまで修復され、1998年9月の常設展示で修復後初めて一般に公開されました。


見事なまでに粉々な状態から‥
経年変化を残した自然な風合いに修復!

修復された壺は表面に薄く白い修復の痕の線が入っています。
初代館長が修復に至るまでの物語が分かるよう、あえてよく見たら分かる程度に修復の跡を一部残してほしいとリクエストしたのだそうですが、それすらも目立たないほど完全な姿に見えますね。

山田さんも「話には聞いていましたが、その修復の完璧さに改めて驚きました。僕にはあえて残したという痕跡もわかりませんでした。全くさらの状態に見えます!」とうなるほどの状態だったようです。

祖父のはからい?偶然訪れた取材のタイミング


さらに驚くことに、今回、白磁壺の破損や修復について山田さんが取材できたのは意図的なことではなく、偶然のタイミングによるものでした。

令和6年4月にリニューアルオープンした大阪市立東洋陶磁美術館。

「美術館には僕が行くことはとくに知らせておらず、入り口で『志賀直哉の壺はどこですか?』とたずねて場所をマップで教えてもらい、他の作品も見ながら白磁壺を見て、そのまま帰ろうとしたんです。

出口で「いかがでしたか」と聞かれたので、『信じられないぐらいきれいに修復されていて驚きました』と感想を伝え、その中で『実はこの壺は私の祖父が上司さんに差し上げたもので‥』とお話したところ、学芸課長代理の方と、学芸員の方にお話を伺うことができたんです。このきっかけがなければお話しを伺うこともなく、ただ壺を見て帰っちゃうところでした」

なんという素敵な引き寄せ! 所有者であった祖父・志賀直哉が、孫の山田さんに愛用品の壺についてもっと知って欲しくて、取り持ってくれたのかもしれませんね。

文化芸術の神様が宿る!? 白磁壺に会いに行こう


なお大阪市立東洋陶磁美術館では、リニューアル前には前述の志賀直哉とこわれる前の壺の写真と粉々になった壺の写真が一つになったパネルを説明とともに展示してあったのですが、リニューアル後は肖像権などを懸念し展示を控えていたそうです。学芸員さんにそのことを聞いた山田さんがオッケーを出し、志賀直哉と壺の写真、粉々になった写真も飾られることになりました。

今回、山田さんのはたらきかけもあり、解説文の右隣の写真が再び置かれるようになりました。

「小説の神様」志賀直哉から、多くの文化人と交流した上司海雲師へと渡り、いったんは粉々になったものの、素晴らしい腕を持つ修復師の方の手によって、みごとに蘇った白磁壺には、なんだか「文化芸術の神様」が宿っているようにも感じられます。

二人の文化人に愛され、おそらく彼らと交流した多くの芸術家たちも魅了したと思われる白磁壺。

ご興味のある方は、ぜひ実物を見にいってみてください。 
ちなみに大阪市立東洋陶磁美術館で11月24日まで開催中の特別展「CELADON―東アジアの青磁のきらめき」と同時開催のコレクション展でも白磁壺を見ることができますので、この機会にぜひ!

3回にわたってご紹介した「志賀直哉の足跡をたどる関西の旅」では、志賀直哉が暮らしの隅々にまで自身の審美眼をゆきわたらせていた様子や、人とのご縁をとても大切にしていたことが感じられました。
小説にとどまらないセンスの素晴らしさにあらためて畏敬の念を覚えるとともに、人間としての温かさを感じ、親しみが湧きました。

以上、祖父・志賀直哉の足跡をたどる関西旅③でした!
次回もどうぞお楽しみに。

編集協力:最華鷹市

<山田さんのこれまでの記事>
現代アートコレクター山田裕さん①
現代アートコレクター山田裕さん②
祖父・志賀直哉の足跡をたどる関西旅①
祖父・志賀直哉の足跡をたどる関西旅②
山田家と杉並区・荻外荘公園
『プラチナファミリー』出演とその舞台裏!
『暗夜行路』が、再び我孫子で開かれた日

※山田さんのプロフィールや活動についてはこちらの動画でも詳しく解説されています。気になる方はぜひ!
「稲村雑談特別版②華麗なる一族!!山田家とは?!」
稲村雑談番外編山田裕・稲村隆「孫が語る志賀直哉像」(前編)
稲村雑談番外編山田裕・稲村隆「孫が語る志賀直哉像」(後編)

・山田裕(やまだゆう)さんプロフィール:1951年東京都杉並区生まれ、自由が丘在住。母方の祖父は志賀直哉、父方の曾祖父は大久保利通の甥で鉱山学者の山田直矢。学習院大学理学部物理学科卒業。総合エンジニアリング会社日揮を経て、日揮・実吉奨学会を退職後、志賀直哉についての発信をしながら、現代アートを収集。志賀ゆかりの地である千葉県我孫子市の白樺文学館に遺品を寄贈している。


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