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祖父・志賀直哉の足跡をたどる関西旅①

現代アートのコレクターであり、「小説の神様」と呼ばれる志賀直哉のお孫さんでもある山田裕さんの収集生活や思い入れのある作品、祖父である志賀との思い出話などについてご紹介するこの連載。
第三回目は、山田さんのお母様の生家でもある奈良・志賀直哉旧居を紹介してくださいました。

もくじ
・こだわりのなさがこだわり!? 奈良・志賀直哉旧居
・子どもたちや来客への思いが表れた優しい設計
<付録・旧居近辺のおすすめランチ、カフェ、散歩道>

<取材協力>
学校法人奈良学園

こだわりのなさがこだわり!? 奈良・志賀直哉旧居


志賀直哉は生涯で23回も引っ越しをした「引っ越し魔」としても知られています。奈良には1925年(大正14年)に京都山科から幸町に移り、1929年(昭和4年)に高畑町に移り住みました。代表作『暗夜行路』などを執筆したこの旧居は戦後進駐軍に接収されていましたが、現在は学校法人奈良学園がセミナーハウス志賀直哉旧居として完全復元し、見学もできるようになりました。


 旧居がある高畑町は、春日大社の社家町(しゃけまち)があり、土塀で囲まれた屋敷に、神主職や禰宜(ねぎ)と呼ばれる神職が暮らしていました。春日山の原始林に接し、新薬師寺や白毫(びゃくごう)寺からも近い歴史と文化の香り漂う屋敷町は、風光明媚な環境。

 あたりにしっくりとなじむたたずまいの旧居は、なんと志賀直哉自身が設計したもの。この家には約9年間住んでおり、大変お気に入りだったと思われます。

 すさまじくおしゃれでモダンな志賀直哉旧居を、山田さんと、奈良学園セミナーハウス志賀直哉旧居の大原荘司さんに案内していただきました。

奈良学園セミナーハウス志賀直哉旧居の大原さん(左)と山田さん。

旧居の二階建て部分は客間と書斎が配置され、平屋建て部分は家族の生活かつ来客をもてなす空間として設計されています。旧居は庭に囲まれるように設計されていますが、訪問者は中に入るとその奥行きの深さにびっくりしたようです。

二階建て部分は数寄屋造り。京都の裏千家の専属の数寄屋大工の手で造られています。
平屋建て部分は玄関側からは見えない設計。

 母家の中心にある食堂とサンルームは、家族の憩いの場所であり、多くの芸術家が集った空間でした。
白壁の天井はアールデコ調で、サンルームへと続く扉は上海風、床は中国風。赤松を使った長押しや、壁にはめ込まれた大きな牛皮張りのソファーなど、アクの強いパーツやアイテムのオンパレードなのですが、それらが見事に調和しながらレトロモダンな雰囲気を作り出しています

 このような建築物が約100年前に作られていたのは驚きですし、小説だけにとどまらない志賀のセンスの素晴らしさを感じます。

大原さんによれば、食堂のテーブルは奈良学園で復元したもの。
照明は民芸風でオリジナルのものです。
壁にはめこまれた皮張りのソファ。和風の壁面にも不思議とマッチ!

 キッチンは当時としては珍しく床があり、大原さんは「東京風」と表現しています。ガス台とシンクにそれぞれ棚もついたいわゆるシステムキッチン造り付けの氷を入れて使う冷蔵庫や、キッチンからも隣の食堂からも扉を開けられる棚があり、かなり機能的な造りです。

氷を入れて使う冷蔵庫。当時は週に2、3回氷屋が補充に来たと想像されます。

 夫人の部屋は、南向きの一番いい部屋を提供されています。入り口にはつくばいがあります。大原さんによれば、戦後進駐軍が接収した際、つくばいがここにある意味がわからなかったようで、しばらく外に埋められていました。

現在は掘り起こされて復元されているつくばい。

 志賀の設計は専門的な教育を受けたわけでなく独学だったそうですが、自らの感性に忠実に、国やジャンルにこだわらず、好きな設備やインテリアを絶妙に配置しながら統一感を生み出している空間は見事です
白樺や赤松など自然のままの枝の形を生かした柱や長押しも各所に見られ、ふと森林の気配を感じられるような、野趣あふれる造作にも心惹かれました。

 この旧居の設計をした志賀について大原さんは、「こだわりがあるようで実はこだわりがなかったのでは」山田さんは「こだわりがないところがこだわりだった、言い換えれば、全てにおいて確実にこだわっていた」と表現されていたのも面白かったです。

子どもたちや来客への思いが表れた優しい設計


 志賀直哉は妻との間に2男6女をもうけましたが、うち長男と長女が幼くして亡くなったこともあり、6人の子どもたちに大きな愛情をかけていました。 この旧居では五女の田鶴子さんと六女の貴美子さんが生まれており、五女の田鶴子さんが山田さんのお母様にあたります。

旧居の洗面台のパネルには、田鶴子さんが手を洗う様子が。

 旧居の設計には、子どもたちへの思いも随所に表れています。志賀の居室に接する踏み込みの壁の下部は格子状になっていて、隣の勉強部屋にいる子どものプライバシーを大切にしつつも、子どもたちの気配はちゃんと感じられるようになっています

勉強は子どもたちの自主性に任せつつ、見守るという志賀の教育への姿勢が伺える設計。

 子ども部屋は床がコルク製で、元気よく遊んでも衝撃が吸収される設計。高く格子状の天井は勉強を促すためのデザインなのだそうです。

子ども部屋。すぐ庭に出て遊べることも、子どもたちは嬉しかったでしょう。


前列右が田鶴子さん。

 さらに庭にはなんと、小さな子ども用のプールも。子どもたちがここでキャッキャいいながら水遊びをしていた様子が思い浮かぶようです。

プールもレンガ造りでおしゃれ! 渋い茶庭にもとけこむデザイン。

旧居はひっきりなしに訪れたという来客にも配慮した造りです。
 前出した食堂には10人以上が囲める大きなテーブルが。食堂とつながるサンルームにはガラス張りの天窓があり、床は特注の瓦(磚)が敷かれ、ヨーロッパのアンティーク風の三つ葉の机も印象的です。

おしゃれで和める雰囲気の室内、目の前に渋い庭、見上げればこの天窓。最高のサロン!


志賀がしていた「自宅に芸術家を招いて語り合う」ということを、
今、孫の山田さんもされていて、あらそえない血を感じます。


 ここで志賀はさまざまな芸術家や文人らとアートや人生について語り合い、麻雀や囲碁、トランプなども楽しんでいたことから、「高畑サロン」と呼ばれるようになったそうです

 旧居の庭は生駒石を使った茶庭スタイル。門のほうへ回ると池があり、二階の客間からも眺められる設計は、志賀のおもてなしの心が表れています。
客間からは若草山の景色も楽しめ、小林多喜二らもここに泊まりました。

田鶴子さんを題材にした随筆「池の縁」は、旧居とそこで暮らす志賀の様子が感じられる作品。なにげない娘とのやりとりに、とってもハートがあたたまります。おすすめ。

 書斎はそこに行くまでに茶室を経由するつくり。窓からの絶景が楽しめ、暗夜行路もここで書かれたそうです。

絶景を眺めながらの創作! とっても憧れます。

 ちなみに志賀は、奈良の前は京都の山科、その前は千葉県の我孫子に住んでいました。その我孫子では最近「暗夜行路」の草稿も発見されています。

 去る2023年10月には、山田さんと、我孫子市白樺文学館の学芸員・稲村隆さんが志賀直哉旧居を訪れ、奈良学園公開文化講座が開催されました。

<奈良学園公開文化講座「稲村雑談 番外編」>
山田裕・稲村隆「孫が語る志賀直哉像」 前編
山田裕・稲村隆「孫が語る志賀直哉像」 
後編(アフタートーク)

 後編の最後には、奈良で志賀と親しく交流していた写真家・入江泰吉が登場します。この講座からの流れで、今年2月には入江泰吉旧居での「入江泰吉を語り継ぐ」というトークイベントに山田さんが登壇しました
次の回ではその模様をルポしたいと思います!

<付録・旧居近辺のおすすめランチ、カフェ、散歩道>

 志賀直哉旧居の最寄駅は近鉄奈良ですが、駅から歩いて旧居に辿り着くまでの間には、ランチやお茶が楽しめる素敵なお店や散歩道があります。
 今回、山田さんは菊水楼の中の「うな菊」でランチしました。

うな菊は、三条通りに面し、興福寺、奈良公園、奈良ホテルに近い場所にあります。
「入り口からお店までが遠いんです」
「鰻重は関東風でフワフワで美味しかった」と山田さん。

 うな菊の入っている菊水楼から春日大社へ続く道を、大社の手前から下の禰宜道(ささやきの小径)に進み、高畑にある旧居に向かうのが山田さんの定番です。

うな菊の入っている菊水楼入り口。向こうに春日大社への入り口が見えます。
「ささやきの小径は祖父や母が子供の頃歩いた時から変わっておらず、特にお気に入りで、
奈良に来るたび歩くのを楽しみにしています」

旧居の隣にあるガーデンカフェ「たかばたけ茶論(さろん)」でお茶するのも楽しい。

たかばたけ茶論は、芸術家が集い「高畑サロン」と呼ばれた志賀直哉旧居のように
「新しい文化が奈良に根付いてほしい」との思いでオープンしたそう。
洋画家の中村一雄夫妻が営んでいます。


2024年はJR東海のCM「いざいざ奈良」に鈴木亮平さんの出演で「春日大社」と共に
「志賀直哉旧居」と「たかばたけ茶論」が紹介されていました。

以上、祖父・志賀直哉の足跡をたどる関西旅①でした!
 次回もどうぞお楽しみに。

編集協力:最華鷹市

<山田さんのほかの記事>
現代アートコレクター山田裕さん①
現代アートコレクター山田裕さん②
祖父・志賀直哉の足跡をたどる関西旅②
祖父・志賀直哉の足跡をたどる関西旅③
山田家と杉並区・荻外荘公園
『プラチナファミリー』出演とその舞台裏!
『暗夜行路』が、再び我孫子で開かれた日

※山田さんのプロフィールや活動についてはこちらの動画でも詳しく解説されています。気になる方はぜひ!
「稲村雑談 特別版 ②華麗なる一族!!山田家とは?!」

・山田裕(やまだゆう)さんプロフィール:1951年東京都杉並区生まれ、自由が丘在住。母方の祖父は志賀直哉、父方の曾祖父は大久保利通の甥で鉱山学者の山田直矢。学習院大学理学部物理学科卒業。総合エンジニアリング会社日揮を経て、日揮・実吉奨学会を退職後、志賀直哉についての発信をしながら、現代アートを収集。志賀ゆかりの地である千葉県我孫子市の白樺文学館に遺品を約4000点寄贈している。


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