山田家と杉並区・荻外荘公園
現代アートのコレクターであり、「小説の神様」と呼ばれる志賀直哉のお孫さんでもある山田裕さんの収集生活や思い入れのある作品、祖父である志賀との思い出話などについてご紹介するこの連載。
第六回目は、東京都杉並区荻窪にある荻外荘(てきがいそう)公園にまつわるお話です。7月16日にオープンした、隈研吾建築都市設計事務所による「展示棟」でも話題になったこの公園は、もともとは山田さんの父方の曾祖父・山田直矢が購入した土地も含まれ、山田さんもこの地に住んでいました。展示棟には親戚である志賀直哉に関連する資料も陳列されています。
もくじ
・荻外荘(てきがいそう)とは?
・「山田別荘」と「山田邸大グラウンド」
・山田家と志賀家両家のスタートもこの地から
・建築家・伊東忠太と谷口吉郎との不思議なご縁
・隈研吾設計の展示棟にはショップやカフェも
荻外荘(てきがいそう)とは?
JR荻窪駅南側の住宅街にある建物「荻外荘」は、大正天皇の侍医である入澤達吉の別荘でした。その後、戦前に内閣総理大臣を3度務めた政治家・近衞文麿が住み、昭和12年(1937年)の第一次内閣期から昭和20年(1945年)に亡くなるまでをここで過ごしました。近衛は富士山まで一望できるこの場所にほれ込み、入澤を口説き落として移り住んだといわれています。
2016(平成28)年に国の史跡として指定されるとともに、約10年に渡る復元整備を経て、令和6年(2024年)に「荻外荘公園」という形で保存されることになりました。
「山田別荘」と「山田邸大グラウンド」
今回、荻外荘の隣にオープンした「荻外荘展示棟」がある場所は、山田裕さんの曽祖父で、鉱山学者で実業家の山田直矢が明治末期に購入した広大な土地の一部です。山田直矢は、隣に住んでいた入澤のすすめでこの土地を購入し別荘としたそうです。
当時、別荘内には昭和初期には珍しかった2面のテニスコートや、「山田邸大グラウンド」と呼ばれた運動場があり、親戚が集合してのレクリエーションを楽しんでいたといいます。

その実吉家の親族内雑誌「椎の実」には、
山田邸大グラウンドでの運動会の様子が記載されています(下)。

親族の雑誌をつくる実吉家もスケールがビッグです。
山田家と志賀家両家のスタートもこの地から
山田直矢の孫で、総合エンジニアリング会社「日揮」の社長・会長を勤めた伸雄さんは志賀直哉の五女・田鶴子さんと結婚しますが、2人のお見合いと結婚式もこの山田別荘で行われました。

三角屋根の家は地域のランドマーク的存在でした(佐藤秀工務店設計施工)。
その後、この土地にあった多くの別荘は他の人の手に渡りましたが、山田家の別荘だった土地の一部は今も残っています。山田別荘の後に伸雄さんが建てた家には、その長男で4代目である山田さんも暮らしていました。
「先祖から受け継いだこの土地を杉並区が保存してくださったのは大変嬉しいことです。荻外荘展示棟のプロジェクトに関わることで、今まであまり意識していなかった先祖のことや家系のことを調べたり、学ぶ機会になったこともとても良かった」と山田さん。

現代アートコレクターとしての今へのつながりも感じられる素敵なセンス。
建築家・伊東忠太と谷口吉郎との不思議なご縁
山田直矢の孫・伸雄さんと志賀直哉の娘・田鶴子さんの結婚により、家族となった山田家と志賀家は、師弟関係である建築家・伊藤忠太と谷口吉郎とも、のちに不思議なご縁で結ばれることになります。
築地本願寺などで知られる建築家・伊東忠太は日本を代表する建築家です。
1925年(大正14年)、伊東が教授を務める東京帝国大学工学部建築学科に谷口吉郎が入学したことで二人は出会いました。大学での指導のほか、伊東の推薦で谷口が大使館建築のためドイツに渡るなど、関わりはとても深かったといいます。
そして、のちに伊東は荻外荘の設計を、谷口は志賀直哉が72歳に移り住み終の住処となった渋谷区常盤松町の自邸の設計を手がけることになります。
山田さんも祖父の志賀をたずねてよく遊びに行ったという常盤松の家には、玄関前から室内に至るまで、耐火性にすぐれた大谷石がふんだんに用いられていました。

「昭和住宅史」(新建築社刊・昭和52年発行)より。
1971年(昭和46年)に志賀直哉が亡くなると、その遺言により葬儀の祭壇は谷口に設計が託されましたが、その祭壇にも大谷石が使用されました。


『図書 1971年12月号 岩波書店』より(山田さん私物)

そして葬儀後、大谷石は、五女・田鶴子さんが住む荻窪の山田伸雄邸に引き取られ、庭の敷石として利用されていました。
この大谷石は山田邸解体の際に大切に保存され、杉並区に提供したことから、現在、志賀直哉ゆかりの大谷石として荻外荘展示棟で公開されています。
隈研吾設計の展示棟にはショップやカフェも
荻外荘展示棟の設計は、新国立競技場なども手掛けた隈研吾建築都市設計事務所が担当しています。
やわらかく浮かぶ多角形の屋根が特徴の建物は、敷地内にもともとあった庭や大木を生かして設計されており、内側からも豊かな緑の景観が楽しめます。

地域の景観にもしっくりとなじむ、低層階の建物です。
7月16日の落成式には山田さんも出席し、テープカットに参加されました。式において、隈さんは「杉並には宝が眠っています。展示棟については、その宝をつないで新たなコミュニティの文化を発信するという、これからの、世界のいろいろな公共建築、まちづくり、まちおこしの、ひとつのモデルになるものができたと思っています」とコメントしました。

落成式には杉並区在住のエッセイスト・甲斐みのりさんも出席。
建築物や旅にくわしい甲斐さんは全国の志賀直哉のゆかりの地にも詳しく、実際に足も運んでおり、山田さんとのお話も盛り上がったそうです。
落成式の後も、さえ子さん宅で甲斐さんや関係者の方々、山田さんとの歓談がありました。
「荻外荘展示棟は、虎屋のグループ会社である虎玄(こげん)さんが管理運営しており、1階のカフェにも期待です。ここでは杉並区ゆかりのお茶やスイーツなどを楽しみながら、荻外荘グッズを購入することができます」と山田さん。
2階の展示スペースでは、荻外荘や近衞文麿に関する資料のほか、実業家や政治家、文化人など様々な著名人が過ごした荻窪の文化についても紹介。
常設展では山田さんの曽祖父・実業家山田直矢を中心に、山田別荘の歴史や山田家の家系紹介、前述の志賀直哉の葬儀の祭壇で使われた大谷石の展示などもされています。



山田伸雄と志賀田鶴子の結婚に関する写真。
11月3日まではこけら落としとして特別展「近衞家 荻窪でのくらし」も開催中。
どちらも入場無料ですので、ぜひ足を運んでみてください!
荻外荘公園・公式サイト
編集協力:最華鷹市
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※山田さんのプロフィールや活動についてはこちらの動画でも詳しく解説されています。気になる方はぜひ!
「稲村雑談特別版②華麗なる一族!!山田家とは?!」
稲村雑談番外編山田裕・稲村隆「孫が語る志賀直哉像」(前編)
稲村雑談番外編山田裕・稲村隆「孫が語る志賀直哉像」(後編)
阿川佐和子 × 山田裕対談 MC 稲村隆
・山田裕(やまだゆう)さんプロフィール:1951年東京都杉並区生まれ、自由が丘在住。母方の祖父は志賀直哉、父方の曾祖父は大久保利通の甥で鉱山学者の山田直矢。学習院大学理学部物理学科卒業。総合エンジニアリング会社日揮を経て、日揮・実吉奨学会を退職後、志賀直哉についての発信をしながら、現代アートを収集。志賀家、山田家に関わる遺品を、志賀ゆかりの地である千葉県我孫子市の白樺文学館と杉並区立郷土博物館に寄贈している。
