【小説・ヴィーナス症候群】[722]ミイラ取りはミイラになれ
生まれつき両腕のないフリーの試着モデル、いわゆる「トルソーさん」である戸頭紬は、小田急線の中の人になっていた。
いつだったか行った「近未来技術博覧会」だかいうイベントで、紬はNEOLIMだかいう聞いたこともないようなベンチャーの義肢屋のブースで、キャンギャルみたいにレオタードを着せられて立っていた。(第365話)
それだけならまあいいとして、付けた義手が全く動かないハリボテだったのだ。
そればかりでなくショートショート作家の庄戸正人が来ていて、自分のハリボテの義手を見て「これはパート・アンドロイドだ!」とか言って後で炎上し、作家を引退する羽目になった。(第388話)
ちなみに作家を辞めてからは紬の実家の近くの筑波参宮線の運転士になったらしい。(第497話)
そのような案件だったので、ハリボテを肩にぶら下げてカメコの視線をケツに感じながら立っている間、ずっとこんな会社なんか滅びろ!と呪っていた。
しかし、終わってみるとNEOLIMのプロジェクトリーダーは平謝りだった。
「本当に申し訳ない!こんなはずじゃなかったんだ!」
たぶん悪い人ではないのだろう。
紬からは「ちゃんと義肢装具士とか義肢屋のイロハを分かってる人をスタッフに入れた方がいいですよ」とアドバイスした。
そして、この度めでたくその義肢の基本が分かる人が確保できたらしい。
それでリベンジさせてくれ、となったのだ。
あれほど潰れろと呪っていたのに、ミイラ取りはミイラになれ、ということなのかもしれない。まるでピラミッドに入るミイラ取りのように。
登戸駅を降りてしばらく歩くとそのビルはあった。約束の午後1時に間に合った。
そういえばNEOLIMの人は「ヒトサンマルマル」なんて言い方をしていた。午後1時と普通に言えばいいのに。
というかこの厳重な警備は何!?
「あの、トルソーで来ました、戸頭ですが・・・」
「ああ、はい、戸頭さん、お待ちしておりました」
そして研究室に招き入れられる。この設備は何?
ともかくもあのNEOLIMのレオタードに着替え、生活用の義手を外す。これで準備は万端。
髪を短く刈り込んだマッチョな体型の研究員が目を丸くする。
「いや、普段着でよかったですけど・・・」
「あ、え、そうでした?」
ともかくも、レオタードのままで仕事が始まる。
あの「ハリボテ」がまた装着される。

「義肢装具士を雇い入れたはいいんですけど、どうしても筋電パッドの開発が遅れましてね・・・」
「え?筋電パッドなんて京洛マテリアルから買ってくればいいじゃないですか。私の友達のトルソーがあそこでレースクイーンやってますよ」(第284話)
「京洛さんのことは知ってるんですが、デュアルユーズはさせてもらえな・・・いや、とにかく売ってもらえない事情があるんです」
そして淡々と筋電パッドの合わせ作業は続く。
入ってくる別の研究員もそうなのだが、髪を短く刈り込んでマッチョで、何より姿勢がいい。
つくばの研究所や土浦の国立先端医工学研究センターでみるような研究員と大違いだ。
その別の研究員とは「じゃその件はヒトロクフタゴーあたりにでも」などと話していた。
何かの番号らしいがよく分からない。
そして、筋電パッドの調整が終わる。
これまでのことが嘘のように腕が動き出したのだ!それもいつも付けている生活用の義手より軽い。
「おお、凄い!格闘技とかできそう!」
「安心しました。ところで紬さん・・・」
「はい?」
「守秘義務の遵守、お願いしますね」
鋭い目で言う。
「あ、はい・・・」
(……何よこの人たち)
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