見出し画像

【小説・ヴィーナス症候群】(388)ショートショート界の大御所作家がとった選択

第1章 沈黙の出版界

国民的SF作家・庄戸正人が帝都新聞に寄せたショートショートで、生まれつき両腕のない「ヴィーナス児」の女性を「パート・アンドロイド」と形容した。(365
庄戸は未来社会を描く比喩のつもりだったが、当事者からは「機械扱いされた」と強い反発が起こり、学校現場でのトラブルを契機に抗議が全国に広がった。(370

そして雄弁社ホールでの記者会見は紛糾し、作家本人が「表現の自由」を盾に強弁したことで、むしろ孤立が深まった。(378

翌朝、帝都新聞の編集局は緊張に包まれていた。
「社会面はどうする?」
「昨日の記事に続けるか?」
「いや……今日は小さな囲み程度にとどめよう」

会議室の空気は重かった。社説で扱った責任感は残っているものの、これ以上火に油を注ぐことを恐れていた。

他の出版社でも同じ光景が広がっていた。編集者たちは電話口で「うちの雑誌では触れない」と互いに確認し合い、文壇の重鎮たちは「コメントは控えさせてもらう」と口を閉ざした。

――長年、国民的作家と呼ばれてきた庄戸正人を、誰も庇おうとしなかった。

第2章 ネットの狂騒

一方で、インターネットは熱狂に満ちていた。

「庄戸先生は言論の殉教者だ!」
「未来を描いた作家を弾圧するのか!」

表自界隈の活動家たちはハッシュタグを拡散し、彼の過去の著作を引っ張り出しては「時代を先取りしていた」と賛美した。彼の似顔絵をSNSのアイコンに掲げる者も現れた。

だが、庄戸にとってそれは屈辱だった。

〈自分はそんな狭い界隈の偶像に過ぎないのか〉
〈殉教者と呼ばれるために半世紀書いてきたのではない〉

騒々しい賛辞の声は、彼の心をさらに追い詰めていった。

第3章 孤独な書斎

夜の帳が降りた書斎。机の上には未完成の原稿が散乱していたが、ペン先は宙に浮いたまま動かなかった。

本棚には自らの著作がぎっしり並んでいる。若き日の希望、国民的作家としての誇り、積み重ねてきた栄光の証――しかし今、その背表紙の一つ一つが彼を嘲笑うかのように見えた。

「……誰も、何も言ってはくれんのか」

電話は鳴らない。編集者も友人も沈黙を決め込んだ。聞こえてくるのはSNSの雑音ばかり。

やがて、彼は深く息を吐き、新しい原稿用紙を取り出した。震える手で文字を刻む。

――私は本日をもって、すべての執筆活動を終える。
――表現者としての役目はここまでだ。

それは怒号ではなく、静かな「断筆宣言」であった。

第4章 発表と受け止め

翌日、雄弁社は公式サイトに簡潔な文章を掲げた。

「庄戸正人氏は当面の執筆活動を終了する意向を表明されました」

ニュースは瞬く間に全国を駆け巡った。文壇の仲間からは「一つの時代が終わった」との嘆息が漏れ、長年のライバルは「寂しい限りだ」と短くコメントした。

帝都新聞も小さく報じ、解説欄には「表現の自由をめぐる騒動が、国民的作家を沈黙させた」と冷静な文字が並んだ。

コルチカムの会では、守実徹事務局長が記者団に答えた。
「我々が強いたのではありません。ご本人がご自身の意思で決断されたのです」

その声音には、勝利の誇りよりもむしろ沈痛な響きがあった。

第5章 静かな幕引き

表自界隈は最後の大騒ぎを見せた。

「言論の殺害だ!」
「国家による弾圧だ!」

派手なプラカードを掲げて集会を開いたが、通行人は足を止めることもなく通り過ぎていった。

社会全体は、ただ静かに幕引きを受け入れたのだ。

庄戸の書斎には、一枚の原稿用紙が残されていた。殴り書きの断筆宣言。それは、栄光と孤独を併せ持った一人の作家の終焉を示す遺言のようであった。

そしてその日の夕刻。
神田にあるコルチカムの会・本部の事務所では、ようやく片づけが終わっていた。積み上がった新聞記事のコピー、全国から届いたメールや電話の記録、急ごしらえで作った声明文の下書き……机の上は嵐が去った後のようだった。

守実徹事務局長は椅子に深くもたれ、眼鏡を外して目頭を押さえた。
「……長かったな。まさか断筆まで行くとは思わなかった」

隣で階上つばさも机に突っ伏すようにして、ぐったりとした声を漏らした。
「うちらが強いたわけじゃないですけどね……」

守実はしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。
「そうだ。あくまでご本人の決断だ。そういうことにしておこう」

事務所の窓の外では、神田の街に秋の夜風が吹いていた。喧騒の余韻が遠ざかり、二人の吐息だけが静かに響いていた。


#AI小説 #小説 #ヴィーナス児 #ヴィーナス症候群 #近未来小説
#階上つばさ #コルチカムの会 #庄戸正人

いいなと思ったら応援しよう!