【小説・ヴィーナス症候群】(365)パート・アンドロイド
フリーの「トルソーさん」として仕事をしている戸頭紬に、次の依頼が舞い込んだ。依頼主はNeoLimという、聞き慣れないベンチャー系の義肢メーカーだった。
曰く「近未来技術博覧会に出展したい。そのために最新の義手を着用して、キャンペーンギャルとしてブースに立ってほしい」という。
——義肢メーカー?
今どきの義肢メーカーなら、開発段階から「トルソーさん」を依頼し、実際に肩の筋肉に電極を合わせて義手の精度を検証しているものだ。特にヴィーナス児向けの筋電義手なら尚更である。なぜなら、筋電義手で最も大切なのは肩の部分の「筋電パッド」をどれだけ正確に合わせられるかだからだ。紬自身、各義肢メーカーのそのような案件に呼ばれたことは何度もある。サイセイのような大きな所だと、専属のトルソーさんがいるような所だってある。
だが、このNeoLimという会社で「トルソーさん」が働いているという話は聞いたことがない。展示会の現場にも、今まで一度も出てきたことがなかったはずだ。
——まあ、取って食われるわけではないし。
そう自分に言い聞かせて、紬は依頼を受けることにした。
迎えた当日。指定された控室で衣装を見せられて、紬は思わず絶句した。
「……え、レオタード?」
キャンペーンギャル、という言葉は聞いていた。だが、まさか銀色のハイレグレオタードとは思わなかった。今どきまだそんな恰好をさせるのか、と呆れつつも、相場より多めに提示されたギャラは衣装込みの条件なのだろうと納得するしかなかった。
問題は義手だ。
試着してすぐに、紬の予感は的中した。心配していた通り、筋電のパッド部分がまったく合わないのだ。
普通なら、義肢メーカーのベテラン技師が専用の測定機器を使い、数時間かけて肩の筋肉の反応を調整する。それをやって初めて、筋電義手はまともに動く。
それを省略して「はいどうぞ」と持ってこられて、動くはずがない。
若いスタッフが自信満々に訊いてくる。
「どうですか?」
「……いや、“どうですか”じゃないですよ」
紬はニコリともせず答えた。
「パッドの部分の筋電の合わせをやってなかったら、動くわけないじゃないですか。そんな基礎的なことも分からなかったんですか?」
スタッフは気まずそうに口をつぐむ。
紬は少しだけ声を和らげた。
「……真面目な話、義肢メーカーで基礎的なことを修行してから、この業界に参入した方がいいんじゃないかしら」
結局、動かない重いハリボテを何時間も肩からぶら下げたまま、プロとしてニコニコとブースの前に立ち続けることになった。
それが「トルソーさん」という仕事なのだから。
NeoLimのブースの正面に立ち、紬は微笑みを絶やさず、義手を見せるように軽く広げて観客へとアピールした。中身は全く動かないハリボテなのに、外から見ればきらびやかな未来の装具。肩にずしりと食い込む重みも、プロとして気取られぬように立ち続ける。

周囲を見渡せば、どのブースも同じように派手だ。
隣では蛍光色のボディスーツを着たモデルが、空飛ぶ自動車のプロトタイプに腰掛けて観客を煽っている。
その向こうでは、ミニスカートのエプロン姿のコンパニオンが「スマートキッチンロボ」のデモをしながら、出来たばかりの料理を観客に配っている。
さらに奥のスクリーンでは、ホログラムのドレスが色とりどりに切り替わり、モデルが手を振るたびに形が変わっていった。
——どこのブースも、風邪ひきそうな格好ばかりだな。
おっぱいを出して、背中を出して、脚線美をさらけ出して……一体ここは技術博なのか、それともショーガールの見本市なのか。
カメラを抱えたカメコたちも、未来の技術を見に来たのか、女のケツを撮りに来たのか、判別がつかない。ストロボの閃光に照らされながら、紬は自嘲めいた笑みをこぼした。
そのときだった。
テレビクルーを引き連れた一団が、NeoLimのブースの前で立ち止まった。紬は思わず息をのむ。あの顔には見覚えがある。ベストセラー作家にして、今や国民的な知名度を持つ男——庄戸正人だ。
観客からどよめきと笑いが漏れた。カメラマンのレンズが一斉に紬を狙う。
彼は、銀色のレオタード姿で義手を掲げる紬をじっと見つめ、満足げにうなずいた。
「ほう! これが未来の技術か……!」
そしてカメラの前で、声高に言い放った。
「もはやアンドロイドだ。パート・アンドロイドとでも言うべきか! SF作家として、創作意欲が無限に湧いてくる!」
——あの……人をアンドロイド呼ばわりしないで欲しいんですけど。
紬は心の中でぼやき、無表情の笑顔を崩さぬまま立ち尽くした。
——というか、あれ、オンエアされるんだろうか。
#AI小説 #小説 #ヴィーナス児 #ヴィーナス症候群 #近未来小説
#戸頭紬 #庄戸正人
