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【小説・ヴィーナス症候群】(497)レールの上の人生

歳末商戦が本格化すると、ドレスブランド・Feliceは一年でいちばん忙しい。百貨店も式場も展示会も同時多発的に動き、専属の「トルソーさん」──生まれつき両腕のないヴィーナス児の女性たちで、ドレスを着用して立ち姿を示す専門職──たちも各地を飛び回ることになる。

武隈莉子もそのひとりだった。熊本出身の大柄なトルソーさんで、両肩には金属製の肩義手を装着し、必要に応じて仕事現場で外す。今日は土浦のデパートで行われるドレス展示会。朝早くから常磐線に揺られ、車窓に流れる冬枯れの田畑をぼんやり眺めていた。

土浦駅に降り立つと、人だかりができていた。テレビ局のカメラ、記者たちのメモ帳。その中心に、クリームとマルーンのツートーンに塗られた古い一両編成の気動車。筑波山の麓へ向かう“筑波参宮鉄道”の車両だ。

そして、その前で取材を受けていたのは、どこかで聞いたことのある名だった。

「私はもう庄戸正人じゃない。川村勉という電車……いや、内燃動車の運転士見習いにすぎないんだよ。見習いというには歳を取り過ぎたがね」

記者が驚いたように身を乗り出す。

「ショートショートの大家でいらっしゃったのに、文壇に未練はないんですか」

庄戸──かつて一世を風靡した作家は、穏やかに首を振った。

「無いね。せっかく辞めたんで、子供の頃になろうと思ってた運転士になることにしたんだ。この茨城の田舎の鉄道は、500万円払えば運転士にさせてくれるというのでね。こんな老いぼれなので、もう少し辞めるのが遅かったら、適性試験も合格できなかったんじゃないか」

「でもこんな田舎じゃ退屈じゃありませんか」

記者が軽い調子で聞くと、庄戸はむしろ嬉しそうに笑った。

「退屈してる暇なんかあるもんか。運転士は覚えることが多いんだ。こんなに勉強したのは東大の入試以来だ。敷かれたレールの上の人生というのも楽じゃない」

え……と莉子は思った。
もしかして、本当にあの「パート・アンドロイド」で作家を辞めた庄戸正人?(388
電車の運転士になったって噂は、トルコミでも流れていたけど……まさか本当だったなんて。

偏屈だと聞いたことはあったが、今の彼はむしろ晴れやかだった。
レールの上に自分で人生を敷き直した人間の、そんな清々しい横顔。

莉子は肩義手の付け根を軽く整え、今日の自分の職場──デパートの展示会場へと歩き出した。
冬の朝の駅の空気は澄んでいて、なんだか少しだけ背中を押されたような気がした。

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