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【掌編小説】モノクロ・メロンソーダ

それ以外は、すべてがいつもと変わらない光景だった。

窓側の席で文庫本を片手に難しい顔をしていたあきらが、こちらに気づいて手を上げる。
「ごめん……待った?」
「待ってないって言いたいとこだけど……すごい待った」
そう言っていたずらっぽく微笑んだ。

彰の姿だって、いつも通りだ。
ずっしりと質量のある肩。
少し浅黒い肌。
笑うと三日月のようになる目元。
すっと通った、小ぶりな鼻
そして唇の色は……

「やっぱり、変」
そう言うと、彰はふっと吹き出した。
「俺の顔が変だって?失礼だな」
「そうじゃなくて……」
私は言いよどんだ。

「なんだか、世界の見え方が、変なの……」
「ひょっとして、まだ寝ぼけてる?」

そうだ。今日も寝坊して、おめかしもそこそこに、走ってここまで来たのだ。起きてからまだ1時間も経ってない。だから、寝ぼけてる、というのは当たっている。

それにしても……。

考え込んでいると、あははっと声を上げて彰は笑った。

「いつものことだ。桃子さんは時間通りに来たためしがないんだから」
「そ……そうかな、ごめん」
「謝らなくていい、待ってる間、本が読めるからね。時間をプレゼントしてくれてるんだな、って思ってる」

いつくしむように手元の本を眺める彼の視線を追うと、すでにコーヒーが来ていた。砂糖もクリームも入れない、ブラックコーヒー。


ブラックコーヒーは、黒い。
いつものように……
だから、わからない。


それなら……


店員が席まで来ると同時に、私は言った。
「メロンクリームソーダ、ください」

彰が目を丸くした。
「へー。めずらしいね。いつもコーヒーなのに。そういう気分?」
「……試してみたいことが、あるの」
「試す?」


「そう……色を、見たい」
自分の声はちっとも響かずに、目の前で消えた。


「色といえばさ、今日のワンピース、秋っぽくていいね」
「え……」
「やっぱり桃子さんは、赤が似合うな」
「……わかるの?」


「わかるよ、俺には」


いつもと同じ、チェロのようなやわらいだ声を聞くと、急に大きな悲しみが襲ってきた。喉がつっかえて、涙が目に溢れていく。大粒の水玉になって、ぽとりぽとりとテーブルに落ちて、ワンピースにもこぼれてくる。何かしゃべろうと思っても、嗚咽が遮って、声がうまく出ない。


「どうしたの?具合悪い?」
気遣わしげに見つめられて、必死で声を絞り出す。
「…….そうかも……すごく重い病気かもしれない……どうしよう……」
「どうしたの?どこか痛むの?」
「あのね……痛いわけじゃないんだけど……」


信じてもらえるか、わからない。
でも、目の前の彰にどうしても、すがりつきたかった。



「色が……見えないの」


彰は、なぜか急に押し黙った。

「朝起きたら、ぜんぶ、白か黒か、濃い灰色か薄い灰色しかないの……お気に入りのワンピースも模様しか見えなくなってるし、歩いてても、木も葉っぱも、花壇に咲いていたお花も、お空も……その……彰さんの……唇も……」
彰は、「そっか」と言って、微笑んだ。ますます焦りが募る。
「どうしよう……なんか……病気なのかな……」


彰は静かに、首を横に振った。「大丈夫」と口にする。
「実は、俺も、そうなんだ」
「……え」
「一緒だよ。今日起きたら、周りがぜんぶ、白と黒になっててさ。濃さでしかわからなくなってた」
「そうなの?信じられない。なんで……そんなに、落ち着いてられるの?」

私は、彰が焦るところを見たことがない。私はこうして遅刻したり、物を無くしたり、予定外のことが起こるとかなり慌ててしまうのだが、彰はいつも落ち着いている。文庫本を片手に、慌てている私をからかう目線を送って、時々恥ずかしくなる。それでも、こういう大きな桜の木みたいな彰がいると、そこに寄りかかりたくなってしまうのだ。

彰がいないと、私はやっていけないかもしれない。
そう思うと、情けなくなって彰の顔を見られなくなった。

「ちょっとは焦ったさ」
「そうなの?」
私は顔を上げた。
「桃子さんほどじゃないけど。でも、桃子さんを待ちながら本を読んでたら、なんとなく落ち着いた。色なんて、本を読んでたら頭の中にたくさん出てくるし……コーヒーはいつもブラックだから、変わらないしな」
そう言って笑うと、コーヒーカップを口に運び、一口啜った。

「でも、さっき、桃子さんが入ってきたとき……」
彰が言いかけたその声と、店員の「お待たせしました」という声が重なった。


「メロンクリームソーダでございます」


その光景に、私は目を見張った。

「色……」

色だ。
メロンクリームソーダだけが、鮮やかで眩しいぐらいだ。

白。それも、少しやさしい白のバニラ。
真っ赤。バニラの上の、女の子の髪留めみたいなチェリー。
緑。しゅわしゅわと生きているみたいな、半透明のソーダ。

白と黒の濃淡しか見えなくなってしまった、この世界で。
メロンクリームソーダは、あまりにも色づいていた。

「どうして……これだけ……」
「これだけじゃないよ」
「え……」

めずらしく、彰が言いよどむ。
「その……桃子さんのワンピースも。俺には赤く見える。ちょっとくすんでて、なんだか紅葉みたいで……」

そう言われると照れくさくなってしまう。
「どうしてなのかしら……」
「思うんだけど……待ってたからじゃない?」
「待ってたから?」
「君はそのソーダを待っていた。俺は……」

一呼吸おいて、続けた。
「桃子さんを、待ってた」
そうして、やさしい目でこちらを見つめてきた。


「でも……そんなに慌てなくても、よかったんだよ?」


ごめ〜ん今起きた!遅れる!ちょっと適当なカフェ入っといて!🙏

(すでに入ってますので、ご安心を)

私は都内のカフェでドリップコーヒーのトールサイズを注文して、窓側の席に座った。蒼太そうたの家からここまでは約1時間だから、今起きたなら準備も含めて1時間半ぐらいかかるだろうか。いつものことだし、別に腹は立たない。むしろ、彼が遅れると踏んで読みたい本を何冊も持ってきたのだ。蒼太そうたは謝りながら来るだろうが、こっちは本を読む時間のプレゼントをされたようで、ラッキーだと思える。こんな時、本が好きで良かった。

本が好きなのは祖父譲りだ。祖父の家には壁一面に文庫本が並んでいて、行くたびに何か面白そうな本がないかと物色するのが常だった。祖父からの遺伝もあるし、こういう環境があるから本好きに育ったのだと思う。

今日も祖父の本棚から物色した本を持ってきた。

重みのある文庫本だ。きっと面白いに違いない。物語との出会いが、この紙の中に詰まっていると思うと、わくわくした。

パラパラと本をめくると、スッと何かがテーブルに落ちる音がした。

なんだろう、と思って拾う。
見ると、頭の中に電流が走り、心臓が高鳴った。

(写真だ……)

モノクロの、かなり古い写真。ずっとこの本に挟まれていたので、状態は良さそうだ。二人の人物……男女が写っている。

二人は向かい合わせでコーヒーとメロンクリームソーダを囲んでいる。男性は本を片手に女性の方をからかうように、そして愛おしむように見つめている。日に焼けていて、白黒写真でもかなりハンサムなのがわかる。向かいに座るワンピース姿の可愛らしい女性が見つめられて恥ずかしそうにしている。なんだか見ているとこちらがくすぐったくなってしまうような…..

間違いない。
この写真は……若き日の祖父と祖母だ。

本好きで、何事にも動じない、祖父。
どこかおっちょこちょいな、あわてんぼうの祖母。

祖父が亡くなって、その3ヶ月後。
あんなに元気だった祖母は、まるで慌ててついていくように、後を追った。

それが、半年前の話。
みんなに愛されていた祖父と祖母を立て続けに亡くした私たち親族は喪失から立ち直るのに、かなりの時間をかけなくてはならなかった。

今だって、立ち直れているわけじゃない。

もっと、おじいちゃんと本の話がしたかった。
かわいいおばあちゃんを、もっと見ていたかった。

それでも、この写真を見ると。
おじいちゃんは、ずっと、おばあちゃんを待ってたんじゃないかって思う。

写真は、モノクロだ。
でも、写真の中にいる二人には、色が見えていた。

バニラアイスの、白。
さくらんぼの、赤。
メロンソーダの、緑。

そして、おばあちゃん……桃子さんの、ワンピース。
桃子さんにも、彰さんの色が、見えていたに違いない。

私は、そっと写真を本のページに挟んだ。

そして、スマホを取り出してLINEを開く。

全然いいよ〜!ゆっくりおいで👍
その代わり、メロンクリームソーダ、おごってね🍈

(了)


読んでいただきありがとうございました!
#何の企画でも賞でもない小説を普段から書けるようにしておきたい 」の9作目です。(このタグはみなさん使っていただいて大丈夫なんですが、特に回収とかはしないので、マガジンは各自作っていただけたらと思います)

発想の源泉は、自分の短歌です。

短歌自体は歌人の暗がりさんの発信から作ったものでした。
素敵なお題もいただいた上に、たくさんのメロンソーダ短歌がある中で、暗がりさんより感想もいただけましてありがとうございます……!!

今までの「 #何の企画でも賞でもない小説を普段から書けるようにしておきたい 」小説も貼っておきます。分量は色々なのでご興味に合わせてぜひ読んでみてください🎵

◾️1作目

◾️2作目

◾️3作目

◾️4作目

◾️5作目(その後、藍空杯のお題に近かったので駆け込み応募)

◾️6作目

◾️7作目

◾️8作目

改めまして、いつも読んでいただきありがとうございます✨
スキ・コメント・シェア大歓迎です〜!
引き続きよろしくお願いします。

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亜麻布みゆ📕言の葉みゆフィーユ チップのご検討、ありがとうございます。 3歳児を育てつつ、スキマ時間に創作を続けています。 いただいたチップは、家事の時短や創作時間の確保に使わせていただき、より楽しい文章をお届けする力に変えていきます。応援が本当に励みになります。