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新月の独白

属性や記号を一度、すべて脇に置く。誰かの盾でもなく、誰かの鏡でもない、ただ一人の脆弱な男として。私は、私自身へと向かう途上にある。

I'm on the way to myself.


何をしている人か

深夜の帷の中で、ギターの生音を刻み、暗闇のスクリーンに言葉を走らせている。
現在は主に、映画の「剥き出しの表現」に魂を削り、ロングフォームのレビューを綴る日々。

好きなこと

時代もジャンルも問わず、音楽、映画、読書、詩作。或いは、それらを通して自分自身の深淵と対話すること。
飾られたエンターテイメントや、わかりやすい整合性よりも、人間の業が丸出しになった表現を好む。映画を観ることは、私にとって娯楽ではなく、もう一つの生を生き直す作業に近い。

noteを始めた理由

世間のラベリング、属性や記号に縛られない、個の独白を置く場所を探して。

朔 -saku-とは何者か

30数年前のあの夜、泣き叫ぶ末っ子のためにミルクの温度を測り始めた、10歳の少年の生き残りである。ギター片手に義務教育のレールを捨て、家族の命を守ることを自らの意思で引き受けた。世間はそれをヤングケアラーと呼ぶらしいが、私にとってはそれが「私」という存在の、最も純粋な始まりだった。

何を信じているか

完璧なヒーローの仮面よりも、指先に残るタコの硬さと、暗闇のなかでスクリーンを見つめる意志。
人は何かができるから、役に立つから居ていいのではない。ただ、代替不可能な「私」、そして「あなた」としてそこに在ること。その重みを信じている。映画のなかの名もなき登場人物たちに、時折その真実を見る。

何故、今ここで書くのか

誰かとの鏡合わせの執着や、自己正当化の泥沼を脱ぎ捨て、ただ一人の男として呼吸するため。
キルケゴールを読了しようが、どれほどヘヴィな名画の深淵に溺れようが、最後は本を閉じ、スクリーンを消し、ギターを手に取る。アンプは繋がない。近所迷惑で苦情が来たら大変だから。

これから何を綴るのか

数百、数千の物語の海を泳ぎ、社会制度の檻の中でもがく日々も、アンプを通さないギターの生音も。すべてを「美学」としてではなく、生身の記録として置いていく。(分かり易いとは言っていない。大体いつも長文になる)

どこへ向かっているか

I'm on the way to myself.(私自身へと向かう途上にある)


社会が、今の私の現状を指して、犠牲者と呼びたければ、勝手に呼べばいい。
私は世界にお釣りを求めるほど、自分を安売りしてはいない。あの夜、泥にまみれて守り抜いた命の重みが、今の私の唯一の報酬であり、誰にも奪えない盾なのだから。
浮世離れしているだとか、映画のレビューが偏執的だとか、好きに言えばいい。全部褒め言葉だと思っている。(アホだから)
新月(朔)は、光らない。 だが、闇の中に確かに在る。
私はまた、深夜の帷の中で、独り静かにギターを弾き始める。アンプは繋がない。マンション追い出されたらヤベーから。


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