note3ヶ月で消える人には、共通点がある。スキの数が教えてくれた残酷な話。
noteを始めたばかりの頃、たいていの人は同じことをする。
フォローを増やす。タイムラインの記事に、スキをたくさん打つ。そして、スキをもらう。
これは、間違っていない。むしろ正しい。誰もが通る道だし、最初はそれでいい。通知が鳴って、タイムラインに人がいて、「ひとりじゃない」と思える。その実感が、続けるための燃料になる。
問題は、その先だ。
数は増える。でも、返しきれなくなる。
正直に、自分の数字を出す。
私は1日に8〜10記事を書く。1記事につくスキは、多くて20。たいていは5。渾身を込めた1本でも、3のことがある。
なのに、週でならすと700を超える。1日およそ100スキ。

📊 数字のからくり 合計だけ見れば立派だ。でも中身はこう。1本あたりは3とか5。たくさん書いているから、合計だけが膨らんでいる。「もらったスキの数」と「1本に届く熱量」は、まったく別の話だ。
そして、その100スキをぜんぶ「お返し」しようとすると——noteのスキには、1時間あたりの上限がある。律儀に返そうとしたら、1時間ずっと、スキのボタンを押し続けることになる。
読者が記事を読むスピードより、流れてくる記事の数のほうが、ずっと多い。追いつけるわけがない。
これが、人を折る。
ちょっとサボる。すると、スキが返ってこなくなる。
「お返し目的」で押されていたスキは、お返しが途切れた瞬間に、消える。だから維持しようとして、また押し続ける。終わらない。管理に潰される。そして——辞めていく。

1〜3ヶ月で消えていく人の大半は、文章が下手だからじゃない。この「スキの維持」に、心を折られるからだ。
じゃあ、誰が残るのか。
週に一度でも、執念でアクセスを上げにいく人。そして何より——「書くこと」そのものに重きを置いている人。数字を目的にしていないから、消耗戦に最初から乗っていない。だから、折れない。
逆に、消えていくのは。
努力せずに、結果だけ欲しい人
スキもフォロワーも山ほど欲しいのに、自分からはスキを打てない人
AIに書かせた記事を「自分のすごい作品」だと思い込んでいる人
投じる労力と、求める見返りが、釣り合っていない。だから現実にぶつかった瞬間、ぽきっと折れる。
残酷だけど、これが「3ヶ月の壁」の正体だと思う。「フォロワーを増やすこと」を目的にした人から、順に消えていく。

私は、それを自分の数字で確かめた。
今年の1月、義理のスキを完全にやめた。通知を見て、記事を読まずに返しに回る——あれを、全部やめた。
最初の2〜3週間は、不安だった。通知が静かになって、自分の記事が誰にも刺さっていない気がした。
でも、数字は落ちなかった。
ビューは変わらない。スキ率は、週も月も、ぴったり 9.1% で一致した。義理をやめる前の年間スキ率は13.5%。その差、約4.4ポイント。
📊 4.4ポイントの正体 この差こそ、「義理のスキが底上げしていた分」だった。9.1%は、読んだ10人に1人が、義理じゃなく、心が動いてスキを押した数字。──数字を捨てても、書く力が残っていれば、数字は壊れない。むしろ、純度が上がる。
(補足すると、5月からはまた少しずつ、スキやコメントを返している。でもそれは「義理」じゃない。読んで、心が動いたから返している。義務じゃなく、好奇心から。やめたのは「義務としての反応」で、続けているのは「その人の言葉に向き合う時間」だ。その違いだけ。)
ここまで読んで、胸が痛んだ人へ。
たぶん、いる。「自分からスキを打つのが、苦手な人」。
本当は交流したい。でも消耗戦は、もう無理。スキの管理で、心が折れそう。
その人を、私は突き放したくない。だって——消耗戦で折れる人ほど、本当は「書くこと」の側にいる人だから。スキを打つのが下手なだけで、書く気持ちは本物なんだ。
だから、作っている。
スキの数を追わなくていい。義理で返し続けなくていい。限られた時間と、限られたスキを、「本当に向き合うべき相手」にだけ、まっすぐ向けるための道具を。
その話は、次の記事で。



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