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古田割徹とレジ袋(3.2千文字)

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古田割徹とレジ袋

v2.3

【注釈】本記事/本稿はフィクションであり、実在の人物・団体・権利とは一切関係がありません。たとえ、記述の中に実在のものと同じ名前が出てくることがあっても、それらはすべて作者のインナースペース的投影、あるいは別の世界線の出来事、あるいはこの世界線であったとしても作者専属の守護霊の発言として表現されたものです。つまり、すべての文章には(と作者専属の守護霊が言っている)が省略されているものとします。したがって、断じて、現実の人物・団体・権利を侵害するものではなく、断じて、誹謗中傷や名誉毀損を意図するものでもなく、断じて、読者の心の平穏を乱すものでもなく、断じて、宇宙の調和を揺るがすものでもありません。よって、本コンテンツの無断複製・転載は固くお断りするとともに、そして当然に、作者は自由に内容を変更できるものとします。

1. 古田割徹

古田割徹は、こだわりとおる、と読む。彼は軽度のADHD傾向と、生活上はかなり重く出るASD特性を持っている。制度上は大きな支援の対象にはならず、健常者として生活する側に置かれている。そういう説明は、書類の上では平らに見える。しかし、朝のコンビニや、ごみの日や、仮眠の前後には、もう少し妙な形であらわれる。

古田割の注意は、道を一本まっすぐ進むというより、途中で何かの影に引っかかりながら進む。いま重要なものを落とし、どうでもよさそうな映像だけを拾ってくることがある。本人もそれを知っている。知っているが、知っているから防げるとは限らない。その朝、古田割はコンビニでバナナとキャラメルとキャメル14mgを買った。

2. レジ袋

店員は不愛想だった。不愛想といっても、何かをされたわけではない。声が小さく、表情が動かず、朝のレジの向こうに、乾いた空気が一枚立っているような感じだった。古田割は腹が立ちそうだったので、見なかったことにした。そういうことは、見なかったことにしたほうが早い。

買い物は終わった。朝はそのまま次の場面へ進んだ。次に確かにあるのは、古田割が家に帰ったという事実だった。帰宅すると、無性に眠くなった。眠気は、説明もなくやってきて、部屋のブレーカーを落とすように体を暗くする。古田割は少しだけ横になった。少しだけ、という言葉は、眠気に対してはたいてい負ける。

目が覚めると、レジ袋がなかった。

古田割はまず車を見に行った。買い物をしたあと家に帰ったのだから、車にあるのかもしれない。筋はそれなりに通っていた。しかし、助手席にも、足元にも、後部座席にも、ドアポケットにも、シートの隙間にもなかった。車は、何も知らない顔をしていた。

ではコンビニか。レジに置きっぱなしで帰ってきたのか。そんなことがあるだろうか。いや、ないとは言えない。古田割には、そういうことがある。コンビニに入って、商品を取って、店員の顔を見ないようにして、会計したことは覚えている。家にも帰っている。問題は、白い袋がそのあいだのどこで朝から抜け落ちたのかだった。

ただ、ひとつだけ変な映像が残っていた。今日はごみの日だった。冷蔵庫の前のゴミ箱に、大型のゴミ袋を広げた記憶がある。探しているのはレジ袋なのに、戻ってくるのはゴミ袋だった。記憶はときどき、頼んだものと違うものを配達する。

3. 現場検証

古田割は、自分を責める気にはならなかった。またこれか、と思っただけだった。キャメルは、この前もなくしたばかりだった。メンソールをかばんのポケットに入れていたら、ファスナーが開きっぱなしで、ライターと一緒にどこかへ行った。タバコとライターは、二人で出ていった。古田割に断りもなく。

昔なら、自分を責めていた。なぜ閉めなかったのか。なぜ確認しなかったのか。なぜ毎回そうなのか。そういう声が頭の中で勝手に始まった。けれども、最近はその声も少し古びている。自分にASDとADHDの傾向があると知ってから、失敗の置き場所が変わった。困ることは困る。なくなるものはなくなる。ただ、それを全部、自分の努力不足のせいにしなくてもよくなった。

それでも、今回はほしかったものがないのがだめだった。食べたいものも、吸いたいものも、袋ごと消えていた。古田割は、レジに置き忘れていないかだけでも確かめたくなった。いてもたってもいられなくなり、もう一度コンビニへ行った。

店員は、さっきと同じ店員だった。古田割は言った。さっきバナナとキャラメルとキャメルを買ったんだけど、覚えてるよね。レジにレジ袋、置き忘れてなかった。ないよね。それが袋がなくなっちゃったんだよ。かばんには入ってないの。いや、朝はかばん持ってきてなかったよ。そんなことあるか。ないよな。車にはなかった。言いながら、自分でも何を確認しているのか、少しわからなくなった。

店員は笑った。冷たい笑いではなかった。そういうこともあるんですね、という笑いだった。レジに袋はなかった。古田割はもう一度、同じ商品を買った。千五百円くらいの買い物が、三千円くらいになった。勉強賃だと思うしかなかった。店員は、今度はしっかりかばんに入れないとね、と言って、商品をかばんに入れてくれた。古田割は、意外といい奴だった、と思った。

4. 冷凍庫

家に戻って、古田割は買い直したバナナを食べた。少し落ち着いた。それでも、最初の袋はまだ、部屋のどこかで黄色い顔をしていた。

冷蔵庫かもしれない、と古田割は思った。何も考えずに冷蔵庫に放り込んだのかもしれない。彼にはその方向の前科があった。

十年くらい前、家族にアイスクリームを買って帰ったことがある。家の鍵を開け、手にはアイスクリームの入ったレジ袋があった。そのとき古田割は、鍵とアイスをひとつ所に固めたほうがいいような気がした。鍵だけを別に置くと忘れる。だったら、いま手に持っている袋に入れればいい。その瞬間には、ちゃんと筋が通っていた。

彼は鍵をレジ袋に入れた。そして、そのまま冷凍庫に入れた。翌朝、鍵がなかった。鍵がない。鍵がない。まただよこれ。もう出社の時間なのにどうするんだ。そう思いながら探していると、ふっとレジ袋のイメージがよぎった。まさか、と思って冷凍庫を開けると、すっかり冷えた鍵があった。アイスクリームと一緒に保存された鍵は、朝の小さな化石みたいだった。

当時の古田割は、まだ自分を責める癖が強かった。冷えた鍵を見つけたあと、出社の道すがら、自分で自分の身体を痛めつけるようなことをしながら歩いた記憶がある。反省というより、処罰だった。忘れたぶんだけ痛くしておけば、何かが釣り合うような気がしていた。それから長い時間がたったが、特性は何ひとつ別人にならなかった。鍵は相変わらず消え、袋は相変わらずどこかへ行き、注意は相変わらず勝手な方角へ歩いた。自分を罰しても、忘れ物の神様は一枚の領収書も切ってくれなかった。まったく骨折り損のくたびれもうけだった。

その記憶が、今朝の白い袋と重なった。袋。鍵。冷凍庫。朝。出社。自責。けれども、今回の引っかかりは冷蔵庫ではなかった。

5. ゴミ袋

古田割は、もう一度、今朝の感触に戻った。大型のゴミ袋。冷蔵庫の前のゴミ箱。ビニール袋を広げた記憶。帰宅直後の動作。そのあたりだけが、朝の端に少し残っていた。

彼は冷蔵庫ではなく、ゴミ箱の周辺を見た。そこにあった。ゴミ袋を仮置きしている紙袋の中に、朝のレジ袋が、どっかりと鎮座していた。もう、いったい何が何袋なのかわからなくなった。

隠れていたのではなかった。普通にそこにあった。普通にそこにあるものが、古田割の世界からは消えていた。物は、見えないから消えるのではない。見えていても、用件として戻ってこなければ消える。手に持って帰ってきた袋は、ごみの日の動作に巻き込まれ、紙袋の中で静かに朝を続けていた。

中身は無事だった。バナナはひと房がふた房になり、そのうち一本はもう古田割の腹の中にあった。キャラメルも、キャメル14mgも増えた。朝の買い物は、在庫になった。

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