古田割徹の三十分(3.5千文字)

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古田割徹の三十分
v3.6
【注釈】本記事/本稿はフィクションであり、実在の人物・団体・権利とは一切関係がありません。たとえ、記述の中に実在のものと同じ名前が出てくることがあっても、それらはすべて作者のインナースペース的投影、あるいは別の世界線の出来事、あるいはこの世界線であったとしても作者専属の守護霊の発言として表現されたものです。つまり、すべての文章には(と作者専属の守護霊が言っている)が省略されているものとします。したがって、断じて、現実の人物・団体・権利を侵害するものではなく、断じて、誹謗中傷や名誉毀損を意図するものでもなく、断じて、読者の心の平穏を乱すものでもなく、断じて、宇宙の調和を揺るがすものでもありません。よって、本コンテンツの無断複製・転載は固くお断りするとともに、そして当然に、作者は自由に内容を変更できるものとします。
1. 古田割徹
古田割徹は、こだわりとおる、と読む。彼は軽度のADHD傾向と、生活上はかなり重く出るASD特性を持っている。制度上は大きな支援の対象にはならず、健常者として生活する側に置かれている。だが、朝の生活にはいつも独特の引っかかりがある。昨日の夜にはあったはずの予定が、朝になると頭の表面から消えている。今日やることを思い出すにはTODOリストがいる。TODOリストは、古田割にとってすでに朝の道具であり、同時に小さな沼でもあった。抜けがないように最後まで仕上げるまで、肝心の行動は岸辺で靴を脱いだまま待っている。自治会の書類も、回覧板も、会費も、赤十字の募金も、リストの向こう側にきれいに並んでいる。そこへ渡る橋だけが、まだ鉛筆の先で作られている。
古田割は、朝にグルジェフ・ワークのSittingを実践している。Attention、つまり注意力を自己の重要なツールとして扱い、身体感覚をたどる。足の裏、脚、腹、胸、肩、腕、顔へと注意を置いていく。散っていたものを、身体の側へ戻していく。
ADHDという名前の中には、Attention-Deficitという言葉がある。注意が逸れやすい古田割が、Attentionを補う訓練をしている。その一致を、彼はある種の皮肉として受け取りながらも、神の恩寵だと考えていた。欠けやすいものが、そのまま祈りと訓練の入口になっている。
それでも、朝の彼はすぐに別のものへ吸い寄せられる。AIプロンプトのような、強く面白いものが目の前にあると、注意はそちらへ流れていく。自治会の書類は開かれない。回覧板も出ない。会費も赤十字の募金も集まらない。
2. 名前と会話
古田割は、人の名前を覚えるのが苦手だった。組の世帯名も思い出せない。顔や家の位置や、なんとなくの雰囲気は残ることがある。けれど、名前だけを取り出そうとすると、輪郭がにじむ。
会話にも似たところがある。友人から「おまえ、基本的に人の話をきいてないな」と言われることがある。古田割も反論しにくい。何回も聞いているはずの話を、数ヶ月後になってようやく「あ、そういうことだったのか」と理解することがあるからだ。
ただ、古田割は会話の全体を俯瞰することについては得意だった。会話の空気や、その場がどちらへ向かっているかは見えている。その代わり、細部が抜ける。声は入っているし、相づちも打っている。だが網の目が粗い。会話は彼の中で、穴の開いたチーズのように残る。抜け落ちた穴の縁に、あとから別の記憶が引っかかることがある。遅れてきた理解が、妙に鮮明なこともある。
3. 自治会の紙
今年、古田割は自治会の組長になった。会費の徴収がある。赤十字の募金を預かる役目もある。回覧板も始めなければならない。どれも今月中に動かす必要がある。
組の世帯名はGoogle Documentに残っているはずだった。だが、それを見る気が起こらない。回覧板には手書きで名前を書かなければならない。名前を間違えたくない。印刷すればいい。PDFにして、コンビニ印刷の準備をすればいい。そう考えると、少し道ができる。だが、Google Documentを開くところ、PDFにするところ、印刷へ持っていくところ、そのひとつひとつに小さな段差がある。
昔なら、焦りが彼を動かした。すぐにやらないと自分がダメな人間になる。人に迷惑をかける。そういう強迫観念が燃料になった。だが、その燃料は彼を削った。だから彼は、「なるようになるさ」でやり過ごすことを覚えた。自分を殴って動かす方法から離れたあと、彼の行動は以前よりも天候に近いものとして見えてきた。晴れる日があり、曇る日があり、急に風向きが変わる日がある。安定した装置に作り替えるより、その都度の気配を読むほうが、彼には合っていた。
その眺め方には、カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』に出てくるビリー・ピルグリムの影がある。時間を一直線に所有できない人間の、少し離れたまなざしである。
4. 五月中旬
五月中旬になって、締切感が増えた。今週やろう、と古田割は考えた。リモート勤務なので時間の融通はきく。組の世帯はみな一般家庭だったはずだ。
以前、出社していたころは、休日か、定時後すぐに帰宅できた日の六時から七時くらいに徴収へ回っていた。夕飯の支度の邪魔にならないか気にしながら、家々を訪ねた記憶が戻ってきた。
それなら、五時半すぐに行けばうまくいくのではないか。そう予想した。
月曜日は歯医者だった。火曜日はAIを触っていて時間が経過した。水曜日、今日こそと思ってGoogle Documentを開いた。組の世帯名がそこにあった。PDF出力もした。コンビニ印刷の準備もできた。そこまで進めたうえで、今日は手書きで行こうと思った。
そのとき、息子が「IPPOさんです」と言った。IPPOは、古田割の三十代の息子が通っている美術教室の名前である。今日はその教室の日だった。
古田割は、今日も機会を逸したかと自嘲しながら、息子を送迎した。帰宅したら六時だった。まだ間に合うか。そう思ったとき、せっかく出てきたやる気がまだ残っていることに気づいた。
彼はその残り火を使った。集金を始めた。三十分で終わった。
5. 三十分の前
三十分の集金に入るまで、古田割はいくつもの小さな段差を越えていた。今日やることを思い出し、書類を開き、世帯名を確認し、手書きで行くと決め、訪問時間を選び、中断後に今日を終わり扱いにしなかった。
今回は条件がそろった。五月中旬の締切感があり、過去の成功記憶が戻り、五時半という時間帯が見えた。Google Documentを開き、PDFを出し、印刷の準備をし、手書きで行く暫定判断もできた。IPPOへの送迎で中断されても、六時に再判定できた。
古田割の行動は、命令よりも条件に近い。条件がそろうと動く。条件が欠けると止まる。止まっている間にも、内部では記憶や遠慮や抵抗や準備が少しずつ位置を変えている。
Sittingで身体へ注意を置く訓練は、この生活と離れていない。注意が逸れるから、その動きを見る。身体から離れるから、身体を探す。こだわりに巻き取られるから、こだわりが動き出す瞬間を見ようとする。朝に座ることは、彼にとって、出かける前に自分の所在を確かめる小さな点検だった。
6. 暫定で動く
自治会の仕事は、流れが動けば半分進む。名前が不格好な手書きでも、回覧板が回れば進む。初回が暫定でも、次回から印刷すればよい。会費徴収も、行ける時間に行き、会えなかった家は後日にする。そのくらいの幅があった方が、仕事は前へ進む。小さな用事には、小さな川のような進み方がある。
古田割は、きれいに整えてから始めたい。名前を間違えたくない。夕飯の支度を邪魔したくない。そうした抵抗はどれも理解できるし、理解できる抵抗ほど残りやすい。だから、PDFを出し、印刷の道を作り、そのうえで今日は手書きで行くという暫定の技術が必要になる。今日を進めるために、準備の一部を未来へ送る。
三十分で自治会の集金は終わった。世界は何も言わなかった。玄関の外には夕方の空気があり、古田割はそこを歩き、家へ戻った。彼の中には、自分を責める声より少し小さい、けれど扱いやすい達成感が残っていた。
朝になると、古田割は座る。足の裏から順番に、自分がどこへ置き忘れられているかを見ていく。名前は紙に預ければいい。会話はあとから戻ってくることもある。こだわりは、ときどき強い犬のように彼を引っぱる。だから彼は、まず座る。三十分の仕事に出ていく前に、三十分では済まない自分を、少しだけ迎えに行く。
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